Box.39 後ろの正面カナエさん
旅館にチェックインして、仲居さんに部屋まで案内された。
『おお〜すごいです』プリヤが感嘆の声を上げる。
「絶景ね」
高台にある温泉宿から見渡す眺望は、麓へ連なる温泉街のあちこちから立ち上る湯気と相まって幻想的な風景だ。
浴衣に着替えて、座卓に座る。部屋に据え付けられたマッサージチェアで久遠先輩は激しく揺れている。
『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ〜』
『あのうるさいのは放っておくけど』
司さんの説明が始まった。
『さて、今回の任務は基本的に旅館で待機になります』
「やったー。待機!温泉行き放題」
柄にもなくテンションが上がる。温泉は私がこの任務を断らなかった理由でもある。
『でも連絡がつくようには、常にしといてよ』
『何の待機かって本題だけど、最近の箱庭のドクトリンは知ってる?』
「…Factor災害の監視ですね?」
まぁタダで美味しい思いができるわけでもないのも分かっている。箱庭の人間としての仕事がある。
『そ。箱庭はこの一年、Factor災害へ可能な限りの事前対処に取り組むことに、方針転換した』
主に巧の尽力で、異能者の全数把握が着々と進んでいるのもある。その中で、今まで箱庭が把握していた以上にヤバい野良能力者が、結構な数でいることが分かってきた。そういった強力な異能者が何らかの理由で亡くなりそうな場合、予め災害抑止のためにその地域に詰めておくのだ。
『基準はまだないけど、概ねAランク以上の能力の場合は、警戒態勢をとることになってるようね』
『プリちゃん、Aランク以上ってどのくらいいるか知ってる?』
『えっと…ランクって変動しますよね。それを考えてもSSSが10人ほど、SSが30人、Sが50人くらいですから…Aは…200人くらいですか?』
『いい勘してるね。それも―Fortune―の効果?』
『あ、いえ、…はい。毎日自分にかけてるので』
「そもそも日本には5000人くらいの異能者がいると推測されてるの。それも私達ぐらいの世代が異様に多くて、半分以上は10代が占めているわ」
「殆どが若い世代、ってことになるから、せいぜい一週間に一人くらい異能者が亡くなる計算ね。そのうち警戒すべきAランク以上が10%ぐらい」
『そそ。だから月に一回あるかどうか、ってぐらいで警戒任務が来る。君達の学年には最近開示されたと聞いてるけど。よく知ってるね』
『それは、うちの学年に情報をぬす…モゴモゴ』
私は慌てて、後ろからプリヤの口を塞いだ。何、告げ口してんのよ。
『まぁまぁ。君らの学年の事情は知ってるよ。編音がオイタよくしてる事も。昔から私の能力でな~んでも分かるから。箱庭も私に情報統制かけれないの知ってるしね』
この理不尽の極みみたいな能力なら、実際そうなんだろう。
『だから巧くんが調べていることも知ってるし、ヒカル君のこともよく知ってるわ。一度お手合わせしてみたいくらいね』
「残念ながら、彼はむやみに誰かと試合とかしないと思いますよ、司さん?」
『そうなの?強い子と試合したりするのは、インスピレーションになるんだけどなぁ』
『確かに好戦的な方ではないですね』
『そうなんだ?へー』
意外そうな反応ね。ヒカル君本人は知らないのかな。データを見ただけ…?
『ちなみに君達自身のランクはご存知?』
「私はBかCですかね」
『私もそのくらいって思います』
『カナエは正解。Bランク。プリちゃんはA+だよ』
+は各ランクの上位。つまりランクアップ候補だ。
『え、そんなに上なんですか?』
『概念系能力ってポテンシャル高いから』
『私もそうだからね。多分、今回私と組ませたのって、プリちゃんの教育も兼ねてんだと思うの』
「じゃあこの人は?」
久遠先輩は背中のマッサージが終わって、ひっくり返って今度は前側のマッサージをしている。なんだこの人?
『あ、それはね。私の彼氏だから』
…ん?
………え?プリヤと顔を見合わす。
『『ええええええぇぇぁええ!?』』
「ウソ、でしょ?」
『だって元気と旅行なんて、なかなかいけないもの』
と、頬に両手を当てながら体をくねくねさせる司さん。…あ、これマジだわ。えー、マッサージチェアの脚入れるところに、逆立ちして腕突っ込んでる人と?
『私、箱庭の守護神なんて言われてるから、なかなか外にいけないのよ』
『リブはこないだネズミーランドに行ってたのに!』
…溜まってるなぁ。そうか、リブは15歳になってないから、まだ自由に動けるのね。
『あ、忘れるとこだった。対象者はね…Aランク能力―Digest―、今はこの麓の病院に入院してる』
『ダイジェスト?要約ですか?』
『間違ってないけど、今回は<消化>っす。食べ物とかの』
久遠先輩が、ここに来て初めてまともに口を開いた。
『あら、元気さすが〜。賢い〜』
久遠先輩の頭を抱きしめながら撫で回す司さん。恋をすると、人って変わるのね…。
『司も恩寵使えばどうとでもなるっしょ?』
『それだと話し合い終わったら、内容忘れちゃうから意味ないよ』
『あぁ、そう言われたらそうっすねー』
『聞いた話だと、末期癌なんだそうだ。まだまだ若いのに可哀想だよね』
資料によると、53歳男性。独身。元々グルメ関係の配信業をしてたらしい。
『食べるの大好きな能力なのに、能力使うと薬が効果なくなるんだってさ。だから最近は何も食べれてないんだって』
『ま、この週末で亡くなるかどうかは、分からないから、今日から2泊。月曜の朝までの観察が私たちの担当ね』
『でも、せめて安らかな最期であることを祈ってあげよう』
『この事前ミーティングって毎回なんか、しんみりするよね』
『仕方ないっす。何だかその人の人生に思いを馳せてしまうんすよ』
あら、なかなか殊勝なこと言うじゃない。
『…じゃ、一旦解散。温泉いってきていいよ。私達は後でいいから』
「はーい。じゃあプリヤ行こっか」
『了解です!今日のために、昨日はお風呂キャンセルしときました!』
「…急いで行くわよ」
そうだった。トイレ代りに川に入るのがへっちゃらな女だった。…念入りに体を洗わせないと。
『ごゆっくり〜』
「はーい。ありがとうございます」
温泉は午前中のせいか私達だけで、他の客は誰もいなかった。
『わーい、貸し切りです〜』
扉を開けて湯船に飛び込む勢いのプリヤの腕を慌てて掴む。
「体を洗いなさい!」
パーテーションの後ろからちゃんと洗えてるか、見張ることにした。…普段サリーの中だから気づいてなかったけど、スタイルいいわね、こいつ。
『後ろに立たれてると、背後霊みたいですよ。カナエさん』
うるさい。せっかくの温泉を汚されたくないのよ。
その後もプリヤは水風呂に飛び込んで、冷たさに飛び上がったり、電気風呂でおぼれかけたり、サウナで水をまき散らしたり、散々だった。後で一人でまた来よう。
…でも、いいお湯だった。結局長湯してしまった。安っぽいコーヒー牛乳が、風呂上がりの身体に染み渡る。
「お待たせしました〜」「あれ?」
部屋に戻ると、久遠先輩が倒れている。後ろに―Ghost―でも漏れているんじゃないかと思うくらい、生気がない。椅子に座った司さんは楽しそうだ。
『お、お疲れ。楽しんできたかい?』
『私達は部屋付きの温泉にしたよ』
…のぼせたのね。きっとそうだわ。
『お二人は一緒にお風呂には…もごもご』
また慌てて後ろからプリヤの口を塞いだ。
「こういうのは、触れちゃだめ。そっとしておくの」
タイトルはカムイさんのパクリ、もといオマージュです。
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