Box.37 あの口づけをしたのは私
「んー、ってことは、リブのムチがマトモに顎に入って気を失ったって?」
『避けてて見えてなかったんですけど、そうみたいですわ』
『マイカちゃん、どうしよ?ヒカル死んじゃうの?』
学校の保健室。常駐の校医は出払ってて、ここにいる医者は私だけだったから、呼び出されてしまった。私、一体いくつの仕事を兼任させられてるんだろう?
ルカがヒカルを担いで慌てて戻ってきた時にはびっくりした。たぶん脳震盪なんだけど、担いできちゃダメでしょ。そっと運ばないと…って言っても、しょうがないか。ヒカルのタフさに期待するしかないわね。
「どうかなぁ?」死にはしないと思うけど。
『そんなぁ…助けてよ。お願い』
『ヒカル、死なないで〜』
泣いてる可愛い娘をいじるのは、ゾクゾクするほど楽しいのだけど、ちょっと調べないとねぇ。ヒカルのバリアは自由落下程度のスピードでも勝手に発動する。自分が失神するほどの衝撃を見過ごすとは思えない。まずは確かめるか…。徐ろに病室に飾ってあった模造花を手に取る。
『?』
そのまま、眠ってるヒカルに向かって、思い切り振り下ろした。
『!?』
花はヒカルに当たろうかというところで、音もなく消滅した。…そう。普通だとこうなる。
「今の通り、オートバリアは動いてるから、少なくとも体と能力は正常に動作してるわよ」
造花の切れ端を見せながら言う。
ってことは、バリアが動かなかったのは、今までのルールとは違う要素だ。
「意識が無くても発動するはずのバリアが、今回起動しなかった、ってことね」
改めてヒカルの顔、体を見回す。口から血が出ている。顎を打ったんだ。口の中が切れてるのだろう。ん?…ふと思いついた。
ポケットの中のハンカチを手に取る。
ヒカルの口周りの血を拭く。
ルカの手を握り、ハンカチを巻き付ける。
そのままルカの腕を握ってヒカルに振り下ろす。
バチッ!!
『ちょいおい、アホか!何してくれんねん!この先公!』
「…暴言は許したげるから、ルカ、腕ある?」
『お、おう。腕も指も全部あるわ。何やったんや、今の?』
「血…というかヒカルの細胞か何かのせいかな?」
目を潤ませながら、無言で見つめていた娘に聞いてみる。
「リブ、あんたがヒカルの血をなめたって言ってたの、一ヶ月以上前よね?」
『…そのくらいだと思う』
「さすがに一ヶ月も影響するとは思えないんだけど…あんた昨日のお泊りで、ヒカルの何かを取り込むようなこと、した?」
『ぶーーっ!』ルカは吹出してしまった。
リブは赤面している。分かりやすいな。
『え、えっと…した、ような…してないような』
「詮索しないけど、それが原因かもね」
…ふむ。これは貴重なデータだ。ヒカルの血でも何でも仲間に塗るなり、飲ませるなりしたら、ヒカルに帯同するチーム全体が、バリアの影響を受けなくなるかもしれない。これは安全面で部隊を格段に運用しやすくなる。
『う、ゲホゲホ、うーん』
『あ、ヒカル起きた!』
「飛びついちゃダメよー原則安静だから」
『…何?起きた、よ』『…頭くらくらするけど』
受け答えの反応はできてるみたいね。
「どうせ動かないほうがいいし、もう少し寝ててもいいわよ。吐き気はない?」
『ないです。すいません。そうします』
ルカがハンカチを解き、ムチのようにヒカルの方に振り下ろした。またバチッと静電気のような音が出たが、ハンカチは無事だった。
『これ、手に巻かなくてもよかったんちゃいます?』
「…そうかもね」
血のついたハンカチの内側がどうなるか見たかったのよ。
『…先生、ハンカチ返しますわ』
『目ぇ、覚めたんなら授業戻りますよ』
「はーい。ありがと。午後には戻るって叶に言っといて」
『あぃあぃ』
ルカは部屋を出ていった。目が覚めるまで着いていてあげるなんて、ホントいいやつよね、あいつ。
…さて。邪魔ものと言っては悪いけど、ルカもいなくなったことだし。
「これで話しやすくなったでしょ。リブ、昨日は一体何したの?」
『…キス』『ほんと一瞬だけ』
ほぉぉぉ。うちの娘が、ついに一線を越えたか、と嬉しくなった。
「お、やるじゃん」「まうすとぅまうすぅ?」
『…うん。でもほんの一瞬、2秒くらい』
「…2秒?そんなもんで影響でるの?…そりゃかなり感染力の強目のウイルスね」
『ウイルスって言わないで!』
「何時くらいの話?」
『……帰り際』
「帰り際…あれ?その時、私見てなかったの?」
『…こっそり』
「ひゅー。油断も隙もない」
…キス程度の接触で24時間以上有効なわけ?なんか思ったより、すごい長時間持続する印象ね。
はて、ホントにキスだけが原因なのかしら?
「取り敢えず、今夜は赤飯ねー」
『…恥ずかしいから、やめて。なんなの、その習慣?』
「何って、日本の習慣?」
『マイカちゃん、ハーフじゃん』
「インドだと、プディング的なもの作るわ。そっちにする?」
『いや、そもそもキスしたからお祝い、っていうのが恥ずかしいの!』
「えー娘の成長を祝いたいのに」
『もういいから!』
「でも、今度からヒカルと訓練なり特訓なり、なんかするとき、そのリブの心当たりだったこと、毎回したほうがいいわ」
「効果時間も知りたいから、ま、い、か、い、ね」
『…え?』
「何分したか、とか、やった時間も記録しといて」
『…えぇ?』『…何分もしないよ…』
「まぁまぁ。あと、色々先に進んだら、その時にも教えてね」
『…言うわけないでしょ』
…何で彼女とその母親みたいな人が、キスとかの話をずっとしてるんだろう。寝れるわけないじゃないか。かといって起きて行って「分かりました」って言うのも多分違う。
『聞こえた?ヒカル?』
…起きてるのバレてるし。
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