Box.36 変化
『ちょっと強くひっぱたいてみてくれない?』
月曜の朝から変なことを言われた。
なんで?私の彼氏はそんな趣味なんだろうか。知らなかった。でも彼はちょっと変わった体質だから、DVでも働こうものなら、全部自分に返ってくるんだ。だから。
「そんな事できないよ」
「他の男子にやってもらえば?」
『それじゃ意味ないんだって』
確かに。彼をひっぱたいて、後でどうにか取り繕う事が出来るのは私か、かなちゃんぐらいだ。
「かなちゃんに頼んだら?」
『僕はリブにひっぱたいてほしいんだって!』
『ぷーっ』
…大声で変なこと言うから、プリヤが馬鹿ウケしてるじゃない。
「…後で、ね」そっと耳打ちする。
しょうがないなぁ。彼氏の趣味に付き合うのも彼女の仕事だよね。
一応何かあったのかと気にして見てみたけど、今日の体育という名のぶつかり稽古では、なんとなくいつも通りに見える。この一年でヒカルの―Trash Box―は意識的にオフできるようになった。戦ってる最中に、土台や取っ手みたいな消さなくてもいいものまで消してしまうことがなくなった。でも意識してオフスイッチを押し続けないといけないみたいで、少しタイムラグがある。
今日の訓練のテーマはバリアのon offの加速みたい。ルカが打突するポイントに合わせてバリアを局所だけ解除する。ルカはルカで、バリアが発動しない速度での打突を心がけてるみたい。要はお互いダメージを負わないような演舞みたいなものだ。でもルカのそれって完全に対ヒカル用の技術じゃない?
『リブ、私たちもやろうよ?』
アヤが誘ってきた。
『いいよ』
私も強くなってるけど、この1年で戦闘力という意味で一番伸びたのはアヤだ。—Resonance—がこんなに、身体能力向上に相性がいいとは思わなかった。
『いっくよー』
チャージを終え、突っ込んでくるアヤ。
…速い。まず神経の刺激伝導を自分の能力で加速できる、これが反則。更に範囲は狭いけど通常の—Resonance—も同時に展開出来るようになっているから、こちらの行動への反応速度も爆速だ。さすがにAI解析は間に合ってないと思うから、見た瞬間に自分の反応につなげている。
「…殴り合いでは負けちゃうね」
いったん距離を取る。—Particle—を開放する。うーん、遠隔操作で手数を増やしても、全部反応して軌道を見切られる。いつかのタローと同じだ。そしてこの攻撃の弱点は、間合いを詰められると対処がしにくいこと……と、思うでしょ?
『もらったー!』距離を一気に詰めるアヤ。
「…あまいよ?」
私が再生できることを忘れている。自分の体ごと貫いて問題ないのだから、間合いの狭さなんて関係ない。
自分の体に向かって攻撃を収束させる。
『ちょ、ちょちょちょ、っと』慌てて私から離れるアヤ。
私に刺さったナイフは、立ちどころに粒子化して、今できたばかりの傷を埋めていく。
『まさか、自分の服を穴だらけにするとは思わなかったわ』
…確かに言われてみれば、背中からお腹にかけて、大きな穴が開いてしまった。
「なら、こうすれば負けないから」
髪を羽に再構成する。ちょうど服の背中に開いた穴から翼を出せた。全身を粒子化すれば空は飛べるけど、それだと頭まで分解しないといけないから、記憶のことを考えると危ない。
そこで私の考えた解決策は単純。翼を生やして飛ぶことだ。
『ちょっと、逃げないでよ』
「私はここからでも攻撃できるからね」
羽を作るのに材料がいっぱいいるから、髪を長くしとかないといけないんだけど、ヒカルはきっと髪が長い方が好きだから、大丈夫。
空を飛ぶ天使みたいな子と、稲妻を操る神様みたいな子。リブと編音が対峙すると、まるで絵画みたいだ。
「…びっくり人間の博覧会みたいね」
『あんなの反則です』
『まぁ前線は、あの子らに任せるしかないよ』
『私たちはあの子らのサポートに徹するのが良策。それとは別に自衛の能力は使えないと、ね』
『私なんか、何したら強くなるんでしょう?』
「私からすると、勝率半分の試合に全部勝てるようにできるあなたの能力は、宇宙の法則をゆがめているように見えるけど?」
『スポーツで例えると、勝率5割でも優勝しちゃう感じ』
『なるほど。お相撲で8勝7敗でも優勝しちゃう感じですね』
「そう言われると、むちゃくちゃね」
「あんたの性格だと難しいかもだけと、確率半分の勝負を押し付ける戦略的なズルさが必要なのかもね」
『梓さんは何か秘策あるんですか?』
『んー、武道の知識とかは全部頭に入っているから、それを上手くアウトプットすることかな』
『ほら、なんか本読むだけで強くなったキャラクター、昔の漫画にいたじゃない?<もっと読み込む必要がある>とかって言って』
「わかんないよ、それじゃ」
『その漫画、多分人間食べないと強くなれないやつです』
『人間、食べてたっけ?』
…趣味で、完全記憶人間と張り合ってる。
私の場合は格闘技術はもちろん必要だけど、地味な筋トレが必要だ。自分の容量をかさ増しすることが―Transfer―のキャパシティを増やすことにつながるから。太るのが手っ取り早いけど、女子としては、それは嫌だ。
『相手の思考を傍受できるのだから、格闘技に向いた素養だと思わないか?』
タローさんに以前言われてたのデス。―Conection―の強制的な思考の接続能力。対面すれば相手の攻撃動作や意図なんか筒抜けデス。反射で動くルカとは距離を置けば済む話デス。要は相手に思考させる距離、中距離からボウガンとか槍とかを使って対処する術を身に着けマスか。九節鞭とかいいかも知れまセン。
「ハヤトくん、組手しませんか?」
『楊くんと組手って初めてだね』
ハヤト君、実験に付き合ってもらいますよ。思考を接続します。
―Connectioおおおおぉぉん??ちょっと待ってくだサイ?なんデスかこの思考?意味がわからないんデスけど。え、エ、多重人格??いつもの表面に出る人格と、中の人がまるで別人です。
『余の深淵を覗く輩は、誰だ?』
……へ?なんでバレるんデスか?
ぎゃー。あっという間にやられまシタ。これはちょっと計算外デス。
『深淵を覗く時、深淵も君を覗いているのさ』
ハヤト君、あなたの中どうなってるんデスか?
訓練時間が終わる頃、ルカが珍しく僕を褒めてくれた。
『大分サマになってきたやん?』
「でももっと早くオンオフできないと、ね」
褒めてくれたけど、ルカの普段の動きからすると、8割位の動きについていくのがやっとだった感じだ。
「今だと急いでオフすると、全身無防備になっちゃうから」
『前から大和にヒカルをぶん投げてもらうのが、最強やと思いよるけど、掴むとこにバリアが出んようにせな、使えんのぅ』
そのくらいだったら、投げられてから展開したらいいけど、そんな爆弾みたいな運用はされたくないなぁ。
チャイムが鳴り、出口に向かう僕らを追いかけるように、リブが向こうから近づいてくる。編音と決着がつかなかったのかな?ちょっと不機嫌そうだ。
『リブ、服ボロボロやんけ?中見えるで?』
『ま、大したもん見れへんけどな!』
『〜〜〜っ!?』
真っ赤になったリブが腕をムチにして振り抜いて来る。あっさり避けるルカ。そのままムチは僕の下顎を打ち抜いた。
「…え?」一瞬何が起こったのか分からなかった。確かにリブに引っ叩いて、とは言った。でもこんなに強く、とは思ってなかったし、やっぱり「消えない」って思いながら僕は意識を失った。
『え、え、えぇ!?ヒカル、大丈夫!?…ヒカルぅぅ〜』
設定メモ
Resonance解説
何話だったかな。忘れましたが。帯電して雷を打ってました。要は電気が本質の能力です。普段はそれで自分の体をWi-Fiルーター代りにしていろんな機械と通信をつないでいます。その他、他人に情報伝達したりできます。
普段周りに放電してるのをため込む方向にシフトすると、攻撃に電撃を使えたり、刺激伝達を早めたりできます。
編音自身はデータセンターの上に住んでる変わり者です。通信が早いらしくて、ゲーマーに向いてるんだとか。




