Box.35 僕は幸せものだ
朝。目が覚めると目の前にリブがいた。正確に言えば、いるんだと思った。目を開けても寝息と一緒に揺れる白いシャツしか視界に入らない。だんだん自分の状況がわかってきた。…リブにしっかりと頭を抱きしめられている。
昨日は風呂からリビングに戻ったら、リブがソファで寝落ちしていた。仕方ないからベッドに運んだけど、起きてくる様子もなかった。特にやることもないから、僕もベッドの隅で寝たんだった。
少しだけそのままじっとしてみる。白い髪が一束目の前を流れている。そのまま上を見上げる。すぅすぅと寝息を立てている女の子。僕の好きな子は控えめに言っても可愛い。この子と付き合ってる、というのは今も現実感がない。
自分の好きな人に好かれている、僕は幸せものだ。もし、2年前の自分にこのことを伝えても、信じてもらえる自信はない。
「…取られたくないな」
別にそんな心配になることがあったわけではないけど、無性にそんな思いに駆られることがある。取られないためにはどうしたらいいかな。そうだ…朝ご飯を作ろう。胃袋を満たすのは難しそうだけど、掴むことは出来るかも知れない。
もぞもぞとリブの腕から脱出してリビングに向かう。起こさないように腕を振りほどくのは大変だった。
何か作れるようなものあったかな。考えながら冷蔵庫を覗く。パン、卵、ベーコン…。まぁ何とかなるだろう。
卵を6個溶き、ミルクと砂糖を入れかき混ぜる。ひたひたに食パンを浸す。バターを敷いたフライパンではじんわりと焼き上げる。カリカリのベーコンも焼いていく。いい匂いがキッキンに広がる。
僕は朝はコーヒーだけど、リブはどうするんだろう。冷蔵庫にあったありったけの食パンを使い切って、山盛りのフレンチトーストが出来上がった。そろそろ起こそうかと思ったら、リブが起きてきた。
『おはよう、ヒカル。いい匂いだね』
「おはよう。朝ごはん適当に作ったけど、食べるでしょ?」
『食べる!…あ、昨日寝ちゃってた。ゴメンね』
「疲れてたんだよ」「リブは朝、何飲むの?」
『マイカちゃんがコーヒー飲むから、私も一緒に飲んでる』『でも砂糖多めで』
トーストにはハチミツか、ジャムぐらいしかかけるものはないなぁ。インスタントのコーヒーを淹れてテーブルに並べていく。あのリブのマグカップが見当たらない。どこに置いたかな。
「昨日は寝れた?」
『うん』『一回起きたけど』
って言って赤くなるリブ。
『ヒカル、狭くなかった?』
「あー眠れてたよ。…大丈夫」
って言って、さっきのことを思い出して今度はこっちが赤くなる。
「さぁたべよ、たべよ」
ごまかすようにリブを食卓に促す。
『わーい。いっただっきまーす!』
パクパクパクパク。
『おいしー。バターがよく効いてる』
『ジャム付けてもいいけど、そのままでもおいしいよ』
…リブが食べているところはいつも見てて楽しいけど、自分が作ったものだと、さらに嬉しい。
『あー美味しかった!』
リブの頭より大きかった、積み上げたトーストが消えてなくなり、どうやらご満足いただけたようだ。ちょうど食べ終わってコーヒーを飲んでいる頃に、リブの保護者から電話がかかってきた。
『あ、おはようヒカルー、リブそこにいる?』
「…」リブの方へ振り返る。いるけど、いると言っていいのだろうか?
そんな逡巡なんてお構いなしに、マイカさんは続ける。
『リブのスマホが充電切れてるんじゃない?繋がらなくてさ。ヒカルの家に昼前に迎えに行くから、って言っといて』
「…はい、伝えときます」
誤魔化すのはあきらめた。
『…ヒカル?』
「…はい」…さすがに怒られるんだろう。
『…昨晩は、お楽しみでしたか~?』
「な、な、…何言ってん…ですか!?」
予想外の一言に吹き出しそうになった。
『冗談よ。でも梓づてに来月には私まで筒抜けになってるからねー。いろいろと、お気をつけあれ~』
「…分かってますよ」
11時。マイカさんが迎えに来た。
『ヒカル、この子預かってくれてありがとうね』
『紳士なヒカルくんに年頃の娘を預けても、何もなかったみたいだったし、これからも私がいない時は預かってもらおうかな?』
…マジ?
『え、いいの?』
「いや、程々に…」
『えー』
『じゃー帰るわね、ヒカル』
別れ際、マイカさんが後ろを向いた瞬間、リブの優しい感触が唇に触れた。一瞬だった。
けど、鼻腔に残るリブの髪の香りが、確かにその瞬間はあったのだと伝えてきた。
『じゃーね、ヒカル。…ごちそうさまでした!』
「…うん、また明日」
洗面所に行って、火照った顔を洗う。鏡台の下にリブのマグカップと、そこに刺さった真新しい歯ブラシ。朝、コーヒーを入れるときにマグカップがないと思った。カップを回収して、歯ブラシは立てておいた。
洗面台に白い長い髪の毛が1本落ちていた。ドライヤーを使ったときに飛んで行ったんだろう。髪の毛をつまんで、Trash Boxで消そうとする。
「あれ?」
リブの髪の毛はうまく消せなかった。
面白いイラスト(2枚目)を作ってくれたので、描写が引っ張られる、というか引っ張られてみる。一瞬のキスシーンって絵としての表現は難しいですね。一枚目に出力されたイラストはそれはもう、濃厚なものでした。笑




