Box.34 Additional time
『ねぇヒカル、今日マイカちゃん帰らないんだって』
マイカさんからの電話を切ったリブは、そう僕に告げた。
ヘリで箱庭に帰り着いた後、巧が言った。『ちょっとうっかりしてたよ。箱庭ってひょっとしてホテルとかないのかな?』巧は普段ここに住んでいないから、泊まるとこがないらしい。編音さんは『いやー今日は疲れたね。またどっかで埋め合わせはしようね。お疲れー』って白々しく言って、そそくさと二人でどこかに消えてしまった。二人がどこに行くのかは聞かないことにした。聞くのは野暮というものだ。
…そして今、僕は野暮になろうとしている。
命題、どうやってリブを大人しく家に返すのか。
マイカさんが帰らない理由はさっきの事故のせいだろう。現在19時過ぎ。これからルカたちと遊びに行くなんてのは不自然だ。家でルドの世話がある、なんて言っても、リブは喜んで着いてくるだろう。
「取りあえず、作るの面倒だし、晩ご飯食べに行こうか?」
ここでお腹いっぱいになって、眠くなってもらおう。
『わーい、どこ行く?ラーメン?カレー?お蕎麦もいいなぁ』
「その白い服、汚れるよ?」
『またヒカルに綺麗にしてもらうから良いよ』
…しまった。着替えがないことも言い訳にできたのに先に潰された。
「箱庭の中にそんなにおしゃれなトコないよね」
『おしゃれかどうかじゃなくて、ヒカルと行くのが大事なの!』
『んーじゃあラーメンにしよう!』
…1時間後。僕がラーメン一杯食べる間に、五杯を平らげたリブを見て、僕の想定が甘かったことを痛感する。分かっていたはずなのに。六杯目を注文しようとしたところで、今まで疑問に思ってたことを聞いた。
「リブってよく食べるよね」
『うん。食べるの大好き』
「太らないの?」
リブはスープの中に箸を落とした。
『…太った?』
「いやいやいやいや、全然。むしろなんでそんなに食べてるのに痩せてるの、って思うぐらいで」
『ヒカルがそっちが好きなら太れるよ?』
ほら、と差し出してきた手がふた周りほど大きくなって、また元に戻った。
『普段は特に意識してない、自然な体型だけど、身長伸ばしたりもできるから、言ってね?』
「…言わないよ。僕より背が高くなったらなんとなく困る」
『ヒカル、何センチ?』
「こないだ170超えてた」
『私は止まっちゃった。普通にしてたら162』
『背が止まったら太りやすくなるかもね。気をつけよ。あ、やったことないけど、胸だけ大きくしたりもできるのかな』にまーっと笑うリブ。
『そういうのがいい?』
「…知らないよ!」
結局、リブは追加注文はせず、僕たちは店を出た。…概ね計画通り。リブはニンニクたっぷりラーメンを5倍も食べている。女子的には今日は帰る一択になるはずだ。でも「ラーメン食べたから無理だよね、帰ろうか?」っていうのは冷たい気がする。軽く誘うけど、断られるように持っていこう。
「えっと…家帰っても一人なんでしょ。今日、ウチ来る?」
『え、いいの?絶対、家まで送られると思ってた』
僕はそのつもりだよ。
「いいよ。女の子1人にするのも違う気がするし。なんなら、泊まっていく?」
って言っても、正直言ってリブの身に心配なんて無用だし、泊まりは流石に無理と思うだろう。
『えっと…どうしよっかな。それならラーメンにするんじゃなかったかな…』
口元を抑えるリブ。そうそう、その調子。ニンニク美味しいよね。仕方ないよ。
だけど、しばらく考えたリブから来た返事は、思っていたのと違っていた。
『うん、じゃあ今日泊めてもらうね。…よろしくお願いします』
…はて。
『うん、じゃあ今日泊めてもらうね。…よろしくお願いします』だ…!?
そこから家に帰りつくまでの記憶はあいまいだ。近くのコンビニに寄って買い物をして、寮の部屋に着いたらしいことは後日レシートでわかった。
「ただいま」
家につく頃には、幸い大分頭は冷えていた。思ってたのとは違うが、結局のところ僕がどうするか、という問題だと思ったからだ。
『ルド、お邪魔します。へー、かなちゃん家と同じ感じなんだね』寮の作りはどの部屋も同じらしい。
さっそくルドを抱きあげ、ソファに座るリブ。
「お風呂にする?」
『ヒカル、気が早い〜』
「先に言っとくけど、そんな気はないよ」
釘は刺しておく。
『……うん。…ありがと』
僕から言うのも違うのかもしれないけど。
『じゃあ洗濯機とドライヤー貸してね』
リブはお風呂へ行った。よし。今のうちに全力で部屋の掃除だ。―Trash Box―部屋の隅々まで汚れも埃もその他諸々も、全部消しされ。
「…ふう」
服を脱いで、洗濯機を回す。…乾くまで1時間。お湯を張りながら体を洗って、湯船につかる。この入浴剤、かなちゃんちと同じ香りだと気付く。なんだかモヤッとしたけど気の所為だ。今はそれどころではない。
…ヤバい。彼氏のウチに来てしまった。しかもお泊まり。予想外にトントン拍子に進んでしまった。ヒカルの家で裸になっている自分に段々恥ずかしくなってきて、湯船でブクブクと泡を作る。
このまま帰るって言ったら、がっかりするかな。彼は優しいからきっと怒らないよね。そんな風に考えてた気持ちを見透かされたように、ヒカルの声が響く。
『ごめん、適当に着替え置いとくから使ってくれていいよ』
…
……
…よし、覚悟は決まった。頭に巻いたバスタオルを取って、私は頭をわしわしと洗った。
次はニンニク臭の処理だ。このままにしておくのはきっとまずい。でも私には考えがある。
「ヒカル、こっち来ちゃだめだよ!」今からここは危険地帯になる。
『行かないよ!』遠くから返事がした。
「—Particle—」
体内のニンニク臭を粒子化して抽出。…取り敢えず湯船に沈めよう。気泡を浴槽に沈め、かき混ぜる。溢れた泡がはじける。……うん、これを身にまとっていたらと思うとぞっとする。次からラーメンは止めとこう。後は換気扇に期待するしかない。
バスタオルをまとって、洗面所にあった、新品の歯ブラシを拝借して念入りに歯を磨き、ドライヤーでゆっくりと髪を乾かしていると、ちょうど洗濯機の乾燥が終わった。肌着を身に着け、置かれていた着替えをみる。白のTシャツとショートパンツ。当たり前だけど、ヒカルのやつだよね。
浴室の臭いもすんすんと嗅いでみる。…こっちも大丈夫そうだ。
服を着てリビングに戻る。ヒカルは慌てた感じで後ろを向いてしまった。…もう、君が持ってきたんでしょ?
『僕もお風呂行ってくるね』
ヒカル逃げちゃった。
一人になった。ソファで横たわって天井を見る。一人になってバタバタが落ち着いたと思ったら、むしろ冷静になってそわそわしてきた。
はぁ…私はヒカルと、どうなりたいんだろう。
昔の私が考えてた通り、私は死ぬまでヒカルと一緒にいたい。一緒にいないと私が死ねないのだから、私が死ぬまで一緒にいるんだけど、そんな理由は関係ない。私がヒカルと一緒にいたいんだ。
じゃあずっと一緒にいるんだったら、ヒカルと結婚するのかな。子供もできるのかな。やっぱり男の子と女の子両方がいいな。お父さんがお母さんを殺しちゃったら、子供はやっぱり怒るんだろうな。
能力って遺伝するのかな?私の子供が私と同じ能力だったら、可哀想だよね。またヒカルを見つけないといけなくなる。
そんな事を考えてたら、いつの間にか眠ってしまってた。気が付いたらヒカルの部屋のベッドの上だった。ここまで運んでくれてたみたい。隣でヒカルが寝ている。顔が近い。
念のためもう一回歯を磨いておこう。虫歯にはならないけど、近くでニンニクの臭いをさせるのはよくない。ゴソゴソと起きて洗面所に向かう。途中のリビングのテーブルの上に私のマグカップがあった。出してくれてたんだ。
歯を磨き終わった歯ブラシは、念入りに念入りに洗ってマグカップに立てておいた。
ヒカルを起こさないようにベッドに戻る。やっぱり顔が近い。どうしようか迷ったけど、今日のところはおでこにキスで我慢しよう。
今日はここまで。…おやすみヒカル。




