Box.28 No.9
『二発目の分の質問はあるか?』どこからか持ってきたタオルで手を拭きながら、タローさんは問う。
『ヒカル?』
「…はい」僕は一つ、息を整えた。一番聞きたかったことを聞こう。
「リブと、多分タローさん達が一年前……何と戦っていたのか、教えてください」
『……いいだろう。約束だ』タローさんの表情は変わらない。これは今までずっとはぐらかされてきた質問だ。少し間を置いてから、続けた。
『まず、大前提だが…』
『Factorという名の、異能覚醒因子をばら撒く存在がいる』
「因子を、ばら撒く……?」
…Factor、確かSSSランク能力の一角だ。
『一部の異能者に…何らかの形でFactorの因子を刻まれて覚醒した者がいる。恐らくお前達の学年の中にもいるだろう』
『お前たちの世代だけ、異能者の数の比率が異様に多い。それ以外の世代のおよそ100倍の数だ』
『確証はないが、Factorが活動していたと思われる時期と、異能者が異常に出現している世代が一致している』
そう。通常10万人に一人とされる能力者が、僕らの世代を中心に約十年間、千人に一人の比率になっていた。十数年前に異能者管理施設として箱庭が作られたのも、激増した異能者の管理が理由だった。ただここ数年、異能者の出現頻度は落ち着いており、それが箱庭の予算配分に影響してしまっている、と聞いている。…矛盾はない。
『問題は、それだけではない』
タローさんの声が低くなる。
『異能者が更に因子を刻まれた場合、その異能者が亡くなる時に、能力が暴走する。そしてFactor自身も例外ではなかった。彼も死の瀬戸際で因子を世界中に無秩序にばら撒く存在として、暴走した。それを食い止めたのが、No.00 At-Randomだった』
『結果、彼の身体にはFactorの因子が刻まれ、Factor自身を除けば、史上初のSingularity能力の暴走が懸念される事態になった』
「つまり…1年前、暴走したAt-Randomと対峙した?」
『そうだ。今から4年前のFactor討伐、その際に昏睡状態になった彼が亡くなったのが、お前の言う1年前の6月。そして彼の始末を私たちが行った』
「燐先生が来たのもそれが理由だったんですね」
『あぁ。…あいつの能力が無ければ、世界は滅んでいたかもしれなかった。そのくらいAt-Randomの能力は強い。そしてその最中でリブはマイカを庇って、能力を酷使し記憶障害を起こした』
『それが真相だ』
ヤバい何かがあったとは思っていたけど、知らないうちに、世界がどうにかなりそうになってたなんて。
「…理解、しました。でももう解決した話、なんですよね?」
『いや、まだだ』
『箱庭の奥深く、Factorは今も封印されている』
は?
「…なんでそんなもの、始末をつけずに置いてるんですか?」
『…触れないのだ』
タローさんは初めて、僅かに目を伏せた。
『例えるなら、高濃度放射能物質の処理に近い。我々異能者は彼に触れたら、人として死ねなくなるのだ。そのリスクをAt-Randomは一人で抱え込んだ。そして人としては、死ねなかった』
『Factorの暴走は、Factorの死後4年を経てなお、止まっていない。今も因子を吐き出し続けている』
『だから我々はずっと、Factorを真に倒せる能力者を探しているのだ』
『No.9の消失能力は、私達の希望になると思っている。お前は、自分がそうなり得ると思うか?』
背筋が冷たくなった。
「……分かりました」
『よし。次、リブは何かあるか?』
リブは少し俯いてから、顔を上げた。
『私は……Factorのせいで生まれたの?』
『………』
タローさんが初めて、はっきりと口をつぐんだ。
『……正直に言うと、分からんのだ』
『因子を刻まれたかどうかは傍目には区別がつかない。因子を刻まれた時に、高熱が出ることもあるが風邪でも引いたと、気付かれない』
『…そう』
『Factor…あいつのせいで…』
リブはそれ以上聞かなかった。
訓練所からの帰り道、いつもより遅くなったから、人工太陽の夕陽が長く影を伸ばしていた。なんとなくバスに乗る気にはならず、リブは隣で、静かに歩いている。二人とも無言だった。
「大丈夫?」
『……うん。まぁ』リブは小さく笑った。
『ちょっと思うことはあったけど…』
『それより、ヒカルの方こそ大丈夫?なんかタローの期待、重かったよね』
「重かったけど……不思議と、納得もしてる。僕が箱庭に来た理由が分かった気がして」
タローさんの話だと、Factorの被害は被害者が死ぬ時に起こる。なら、僕がやらないと、不死と目されている君がやることになる。…なら、これは僕がやる仕事だ。
誤魔化すように続けた。
「つくづく9番に縁があるなって、思ったけどね。僕の誕生日と同じ数字なんだ」
『…9月9日だよね』
「知ってたんだ」
『…知ってたよ』
リブが立ち止まって、僕を見る。
『……今年は、お祝いしたげよっか?』
夕日に照らされるリブの顔は、逆光でよく見えない。
「……え、あ、うん。…空けとく」
意外すぎて思わず、「空けとく」なんて言ってしまった。予定なんてないのに。
『良かった。何するか、考えとくね』
「…うん」
僕は前を向いて歩き出す。リブが隣に並んできた。日差しのせいか頬が赤らんで見える気がした。
9番の椅子までは、まだまだ。
14歳の誕生日までは、あと少し。
Factor。これでも大分マイルドですがぞっとする見た目ですね。
Box.8に挿絵追加しました。




