Box.23 Live changes
『誰…?』
誰だって?冗談を言っているようには見えない。まさか…。
「リブ、僕を覚えてないの?」
『…分からない。前も同じようなことがあったから、忘れてるのかも。君は最近こっちへ来た人?』
言葉が出なかった。あの夜、リブが言っていたことが記憶を失うということがどういうものか、今それが目の前にある。
『ごめんね。お見舞いに来てくれたんだよね』
『お花ありがとう。白い…バラ?…綺麗ね』
「君の髪の色だって、マイカさんが持って行けって言ってたから」
『マイカちゃんは怪我とかしてなかった?』
…マイカさんのことは覚えてるのか。
『前に喧嘩したときは怪我させちゃったから』
「話した感じだと怪我とかはなかったと思うよ」
あの緊急警報の後に何があったのかは知らされていない。リブが入院したくらいだから、何かと対峙したんだろうと想像はつく。マイカさんも一緒だったと考えるのが自然だろうけど、特に変わった様子はなかった。
『君は…新しいクラスメートかな?覚えてなくてごめんね。名前聞いてもいい?』
「…ヒカル。アサギリヒカル」
『知ってると思うけど、私リブ。よろしくねって言うと…変かな?』
『ヒカル…くん、か。私、君と仲良かったのかな?』
「仲は良かった…のかな」
『そっか。じゃあ、また仲良くしてね。』
『うん…ちょっとマイカさんに君の目が覚めたって連絡してくるよ』
「ありがとう、ヒカルくん」
「〜〜〜っっつ!」
病室から出て、僕は声にならない叫びを上げた。
なんで、なんでこんなことに!
こぶしを振り上げ、壁を殴りつけそうになった時に、ちょうどスマホが鳴った。
マイカさんからだ。
「マイカさん?」
『あーヒカルくん、リブが目を覚ましたら連絡してって伝えようと思って』
「ちょうどさっき目を覚ましました」
『…何かあったの?』
「それが…記憶がなくなってるみたいなんです」
『……分かった。すぐそっち行くわ。少し待ってて』
間もなくマイカさんが病室に来て、一言二言リブと話したあと、すぐそのまま検査に行った。
『ヒカル、小一時間待てる?』
「はい。待ってます」
30分後、病室に帰ってきて、部屋の前で待っていた僕にマイカさんは告げた。
『体の方は大丈夫みたい。でも君は知ってるのかな?リブが昔から時々記憶をなくしてること』
「一昨日、リブから聞きました」
『そう。…正直に言うね。大体、3週間分くらいかな。今回は割と軽い方だけど、残念ながら君と関わった時期の記憶がごっそり失くなってる』
『名前くらいは聞き覚えがあるかも、って感じなんだけど、元々知ってたのかどうか分からない』
「もう戻らないんですか?」
『…今までは戻ったことがないわ』
『昔の記憶がないのも知ってるでしょ?あれももう何年も戻らないのよ』
『リブはね、あの娘が生まれたときから、一緒にいるんだけど、本当に昔のこと何も覚えてないの』
絶望を告げられた。あぁそうか。僕の知っているリブはもういないのか。その事実が重くのしかかる。
『でもね、今回はちょっと考えがあるんだ』
「考え?」
『そう、今までは考えもつかなかった、というか出来なかったんだと思うけど』
『君の猫ちゃんを再生した時に、梓の能力を使って記憶を移植したって叶から聞いたわ。それを応用すれば、この3週間何があったか、ぐらいの記憶は戻してあげれるかもしれない』『でも所詮、他人の記憶になるから、元通りってことにはならないと思うんだけど』
『ちょっと機密になるから、私達上層部の記憶は渡せない』
『だから多分、この3週間の君の記憶が一番大事』
『君がどれだけあの子の想いに関わってきたか、それがどのくらいあの子を戻せるかの分水嶺、かな』
『どう、やってみる?』
「…ちょっと考えさせてください」
『いいよ。どのみち梓に聞いてみないといけないしね』
僕の記憶…最後のリブの記憶は、彼女にとって辛い記憶だと思う。彼女の中の感情の底にたまった泥のようなものの発露だった。それを思い起こさせるのが幸せなんだろうか?
「マイカさん、リブとも話してみたいです」
『君が辛くないなら、いいよ』
「記憶がなくなるって聞かされた時に、そうなったら僕がまた伝える、って約束したんですよ」「でも辛い記憶ごと渡すのがいいのかは、分からないんです」
『リブに聞いてみな。多分、答えは君たちが出すべきだ。お姉さんではなく、ね』
病室のドアをノックする。
『どうぞー』
「失礼します」
『あ、ヒカルくん…ごめんね、やっぱりまた私、記憶なくしてるんだね』
「マイカさんから聞いたの?」
『うん。大事なこと忘れてるよって。ご飯食べたかどうか、かな?あはは』
「それも、君にとっては大事なことだね」リブらしい。
「でも僕が話したいことはちょっと違う」
「…君はその今回失くした記憶を取り戻したいと思う?」
「これは僕のわがままな気持ちかもしれない。でも記憶を取り戻せないか、頑張ってみたいと思うんだ」
「元には戻らないかもしれないし、取り戻した中にはきっと君にとって辛い記憶がある」
「…それでも、君は元の自分に戻りたいと思う?」
少し考えるかと思ったけど、リブの返事は即答だった。
『…戻りたい。大事なことなんでしょ?忘れたくないよ』
『きっと、前の私も、そう言ったでしょ』
僕は頷く。あぁそうだ。リブはそういう答えを出す女の子だ。
「分かった。ありがとう」
部屋の外でマイカさんは待っていた。
『リブはなんて言ってたの?』
「…忘れたくないって」
『そう。さっきの間に梓に連絡して聞いてみた』
『猫ちゃんでうまくいっただけで、人で試したことはないって。うまくいくかは分からないってさ』
『でも私は、ヒカルの記憶がベースなら、結構上手くいくんじゃないかと思うんだけどなぁ?』
『この3週間、大事な時間をたくさん過ごしたんでしょ?』
「僕の人生が変わるくらいには」
『良い返事だね』
『さて、善は急げだし、記憶なんて梓でなければ、だんだん曖昧にぼやけて忘れてしまうから、早速やりますかね』
静かに頷く。どんなに悲しい記憶だったとしても、僕は君の想いに応えたいと思う。もし辛かったら、あとで謝るよ。いいよね、リブ?
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