Box.21 At-Random
「ほんっとタイミングが悪い!」けたたましく鳴る警報音に私は悪態をついた。
「こんなことなら、強心剤MAXで打っておくんだった」
文句を言いながら警報音を切った。服は着替えてきた。
「ちょっとこのシステム改修しないの?」「箱庭中が睡眠不足よ」
『外の地震やら台風やらの警報の方が、よっぽどけたたましいからな。このくらいは我慢しろ』タローが事もなげに言う。確かに箱庭の中には地震も台風も直接は関係がない。
「あーせっかく、うちの娘がボーイフレンドといいトコだったのに!」
『マイカちゃん…何言ってるの。…やめて』
おーおー、いっちょ前のよき反応だわ。
あまりの可愛さにリブを抱きしめてスリスリしていると、燐のやつが現れた
『リブちゃんもお年頃ですね』
『怒るよ?』リブの左手が鋭利な刃物になる。
『別に、応援してるだけですよ』右手も鋭利な刃物になった。
「はいはい、味方同士でやりあわない」
『残念ながら、うちはお前たちの都合で動いてるわけではないからな』
『文句があるなら、さっさと終わらせることだ』
『くれぐれも、この緊急隔離区画から出すなよ?』
「言われなくとも、分かってますって」
ここは箱庭地下深くの隔離区画。ここにAt-Randomが安置されて3年余り。Factorとの闘いの後に、徐々に衰弱していった元箱庭のトップ、Singularity-00。彼の今わの際はすぐそこだ。
『マイカちゃん、At-Randomって確か…』
「んー私の爺さん、橘創玄。箱庭の基礎を作った人物さ。知ってるでしょ?」
『私の師でもあった人だ』
「じゃぁ私は孫だし、孫弟子みたいなもんね」
「リブから見たら、ひいお爺ちゃんみたいなもんだね」
『いつ、私はお前の師匠になったんだ?』
「えー、タローちゃん冷たい~」
『温めましょうか?』
「タローちゃんの頭、ゆだたまごになっちゃう」
Contraにやらせたら消し炭だろう。
『すらいすなら、任せて』
リブ、あんた人の頭スライスしちゃ、だめよ。
『……お前たち少しは緊張しろ』
「緊張してるよ~。私たちで無理なら、世界が滅びるかも、ってぐらいには」
『それ、あながち間違ってませんから、困りますよねぇ』そう、その通りなのだ。
「さて、最後にじぃじに挨拶してくるよ」監視ルームから 緊急隔離区画中央に設けられた治療室に降りる。その中におびただしい数の管につながれた、At-Randomが眠っている。普段いる医療スタッフは、既に退避させた。中に入り、からからに乾いた彼の肌をさする。筋骨隆々で憎たらしいほどだった彼の面影はそこにはない。
「見ててよ、爺さん。あんたの孫はちゃんとやるから」
『さて我々のミッションを確認する。まずFactorに感染した能力者は暴走する』
『創玄は3年前の対Factor討伐の第一功労者だったが、残念ながらFactorに感染してしまった。At-RandomをFactorが取り込むのに3年かかったわけだが、逆にAt-RandomがFactorを抑えてくれた時間、と言えるかもしれん』
「タイムリミットは今日か、日が変わるころか、いずれにせよ間もなくね。過去の事例からすると、Factorの活性化は、取りついた相手が亡くなるタイミングよ」
「とりついた能力が弱すぎて活性化しないこともあるけど…今回に限り、それはないわ」
『次にAt-Randomの能力は分裂だ。最大77体になる各個体は全て実体で、同等の戦闘力を持つ。その中の本物の一体を叩かねば無限に分裂する。そしてFactorは宿主の能力を使う。つまり実質的に、At-Randomと闘うことになる』
『Randomとはよく言ったものです』『質の悪い宝くじみたいですね』
『燐の殲滅能力には期待している』
『マイカはとにかく分体を抑え込め。抑え込んだところで燐が焼き払う。これを基本とする』
『私とリブは討ち漏らしの処理だ』
『リブは燐が固定したものを狙え。そうでないものは私が担当する』
『わかった』
『相当な持久戦も想定しておけ』
『燐次第だね~』
『この施設ごとやってしまえるなら一瞬ですよ』
『それ、マイカちゃん死んじゃうよ?』
そうね。多分四人の中で、私だけ死んじゃうかな。
『外に逃がすわけにはいかんからな、それはなしだ』
At-Randomのバイタルサインを示すモニターがアラートを示し始める。
60…48…32…21…13
「間もなく心拍が停止するわ」…11…8…3…1………0
「6月27日23時42分、御臨終ね」
『…来るぞ』
金属を爪でひっかくような不快な音が鳴り響く。Factorが宿主の体を作り変える音だ。病室の壁が膨らみひびが入る。
病室を内側から吹き飛ばし、出てきたのは紫色に変色した元、人であったもの。目は落ちくぼみ、かつて痛めた左脚を引きずりながらうごめいている。
「じぃさん…悪いけど、あんたゾンビ映画みたいだよ」
『さぁ、踏ん張れよ。ここを突破されればFactorが不活化するまで、この世は地獄だ』
タローは片腕50㎏はある手甲をつけている。相手が人なら一撃で肉塊にできる代物だ。今のFactorはもとの持ち主の力の断片でしかない。だから新たに断片から感染することはないし、作用時間は無限ではない。長くても数日だ。ただ、その数日でもSingularityであれば世界を滅ぼせることが問題だ。
「ゾンビの親戚なんて言われるの、私イヤよ~?」
ゾンビの群れがどんどん大きく膨らんでいき、部屋の頂上を目指して盛り上がっていく。
『初手から脱出狙いですか?』『賢いですね』
「知性があるかどうかは、宿主次第だけど、爺さん意識なかったから、どうだろうねぇ」
『想定通りだが、数は100ではきかないな』
「さ、いくよ!—Supernova—!!」
伸ばした赤い巨人の左腕。天井の出口を目指し、蜘蛛の糸にすがるゾンビの群れを薙ぎ払う。
「どんどん行くよ!燐!!」
巨人の右腕も展開する。おもむろにつかみ上げては燐に向かって投げ上げる。
『雑ですねぇ。まぁ問題ありませんが』
『リブちゃん、氷柱の中に埋めた個体は頼みます』
『ん、了解』
『では』
『爆ぜろ―Contra—』
爆音とともに膨張する火球が次々にゾンビを飲み込んでいく。
燐のContraの能力は一言で言うなら<熱力学第二法則の逆転>だ。熱いところから寒いところへ動く熱エネルギーの流れを逆転、何もないところからエネルギーを集約し、高熱を発生させる。同時にエネルギーを奪った場所は冷却される。極めて単純、だけど異常極まりない能力。こんなの術者がまともじゃなければ、世界が壊れてしまう。そして残念ながらこいつはちょっとイカれてる。
『At-Random!なるべく苦しまないように焼き尽くしてあげますよ』
『私からの餞です。感謝して旅立ちなさい』
溶鉱炉に木片でも放り込むように次々に焼き尽くされる亡者たち。同時に燐の周囲に展開された氷柱が、燐を直接狙いに着た個体を捕えていく。
『あっちはお願いしますよ、お嬢さん』
『—Particle—』
直接触りたくはないのか、髪を切り離してゾンビに飛ばして頭を打ちぬいていく。ゾンビっぽく見えるだけでゾンビではないので、それで十分みたいだ。
『第4波くるぞ』ものすごいスピードでゾンビたちをなぎ倒しながらタローが叫ぶ。
『これ、結構きりがないですね。ざっと500体は倒しましたが、当たりなしです。本物どこかに隠れていませんか?』
「だとしてもエネルギーを使い切れば、早く終わるから、意味ないわけじゃないよ」
『2時間ごとに交代しながらインターバルとってもいいぞ?』
『もう少ししたら休憩を申請しましょうかね!』
———————————2時間が過ぎた。最初の15分間の私の休憩時間だ。分裂体の供給は依然として続いている。マイカちゃんもタローさんもすごい。Contraはもっとすごい。あれだけの火力を出そうとすれば私だと20分も持たない。お腹がすいてうまく能力の調整ができなくなる。
『やっぱりきりがないのですけど、本体どこかに隠れていますよね』
『この区画が壊れたらアラートが鳴る仕様だから、外に出ていることはないぞ』
『取り敢えず、あの病室だった場所、焼き払ってもいいですか?』
『ふむ。妥当だな』
『では行ってきます』
Contraは隔離区画中央に向かって走りながら、大火球を作る。本体があそこにいるなら、この一撃でみっしょん終了だ。
ふと、マイカちゃんの後ろの氷柱の影が動いた気がした。よく見ると、ゾンビたちが氷柱の裏からマイカちゃん達に近づいている。
「マイカちゃん、後ろ!!」だめだ、人の体のままでは間に合わない。
「—Particle—」全身を粒子化して最大加速、そのまま粒子加速で生じた電撃をゾンビの一団にぶつける。黒焦げになって消えていくゾンビ達。
『リブ!』『なんて無茶を!』マイカちゃんの声だ。あぁ良かった、無事そうだ。
ゆっくりと、自分の体を構築していく。自分の目ではまだ何も見えない。お腹すいたまま、放電しちゃうと再構築が遅くなる。巨大な火柱が中央から上がる。見えないけど、何となくわかる。爆風とよく分からない電磁波が、私の構築の邪魔をする。
『やはり、あそこに本体が隠れていたみたいですね』
『ゾンビ達、消え始めましたよ』
そっか。終わったのね。ほっとしたのか、私はそのまま意識を失ってしまった。
『ちょっと、リブ!体、つ…る……えに寝…ダメ!リブ!』
マイカちゃんの声はよく聞こえなかった。
———はっと目が覚めた。どこだろうここ。病室かな。私、寝ちゃってたんだ。
『あ、リブおはよう。ってもう夕方だね。朝会えなかったからさ、お見舞いにきたよ』
聞き覚えのある、男の子の声だ。
体を起こして、声の方を見る。ぼやけた目の焦点が合う。私と同じくらいの身長の男の子が立っている。ん?変だな。思い出せない。
「…きみは…だれ?」
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