Box.20 13歳の約束
『ヒカル、話したいことがあるんだ』
『…ルドが起きたらごめんね』
「いいよ。そんなことでこいつは怒らないよ」
『えっと…』
『そう、ヒカルは…何歳まで生きるの?』
「何それ?」「普通の人と同じなら80歳とかじゃない?」
「リブもそんなとこでしょ」
『んーとね。私、死なないんだ』
「は?」「—Particle—で治っちゃうから、って話?」
『そうなんだけど』
『…私の能力って、怪我が治るでしょ』
「だよね」腕を再生してたこともあった。
『死にそうなケガをしても、元に戻るの。完璧に』
『だからきっと、病気でも歳を取っても、私が死んだら元に戻るんだと思う』
『多分、死なないことが私の能力の本質なの』
「不死ってこと?」リブは頷く。
僕が知っている彼女の能力、—Particle—は自身を粒子化、自身の組成を変える能力だ。体を剣に変えたり、あらゆる攻撃を無効化して再生することができる。その能力が世界の最高峰にランクされていることは、この間知った。だけど、確かにParticleはすごいけれど、これだけで能力者の頂点として、そこまで畏怖の対象になるような能力とは思えなかった。リブの言葉が真実なら…不死の能力、それがSSSランクの答え。
『死なないって、便利そうかな?』
「どうだろう。考えたこともないけど、不死の能力なんて、欲しがるやつは多いだろうね」
『ヒカルは欲しい?』
「んー。正直言っていらない、かな」
『私もいらない』
「はっきり言うなぁ」
『いらない理由があるの』
『…私ね、毎日、いつもいつも忘れちゃいけないこと、思い出してる』
『私ね、マイカちゃんと暮らしてるの』
知ってる。いつも起こしてもらってるでしょ。
『私ね、孤児だったんだって』
知ってる。だからマイカさんが預かってる。
『私ね、カレーが好きなの』
知ってる。でもカレーでなくても、何でもいけるクチだ。
『私ね、かなちゃんが親友なの』
知ってる。2人は姉妹みたいだ。
『私ね、マイカちゃんとケンカしたことがあるの』
知ってる。家を壊したんでしょ?
『私ね、優しい皆が大好きなの…って』
君が優しいから、優しくしてもらえるんだ。
今のを、毎日思い出してる?
言葉を紡ぐリブは、必死に何かを思い出そうとしているように見えた。…僕は気付いてしまった。彼女の記憶には奥行きが無い。まるで誰かがリブを語っているのをそのまま書き写したような、薄っぺらい記憶。続くリブの言葉は、果たしてその通りだった。
『さっき、記憶がないって言ったでしょ?私ね…10歳より前の記憶がないの』
『―Particle―って使いすぎると、記憶が消えちゃうみたいなの』
『だからきっと、昔のこと忘れちゃってるんだ』
記憶を失う。統合すべき記憶の箱が欠けてしまう。Particleのエラーみたいだ。でも、そうだとしたら。
「リブは永遠に生きる?」
『…死ねないからね』
「失くした記憶が戻ったことは?」
『……ないと思う』
「ひょっとして、君は思い出を失いながら、永遠に生きていかないといけない」
『………そ。正解。さすが』
『どう思う?』
なんだその最悪の組み合わせは?自分を支えてくれる人も思い出も失い続けて、終わらない道を歩かされる、それがこの子の人生だって?
「いや、何というか…」
『怖いでしょ?』
僕を見るリブは、今にも泣きそうだった。
『私は、すごく怖いの』
「…分かるよ」
『……私ね、…ヒカルのことが好きなの』
…知ってた、と思う。リブの青い目から涙がこぼれた。唇が震えている。
『すごく。すごく大事なことだから毎日、想ってる…でも、きっとこの気持ちも…いつかきっと忘れちゃう』
『忘れて、忘れたまま、おばあちゃんになって…それでも死ねなくて……私は誰も覚えてなくて!…一人で生きていくなんて、私は嫌なの』
泣きじゃくるリブを見て、好きだと言ってくれた嬉しさより、悲しさが溢れてきた。
『ごめんね、困るよね』
「そんなことないよ」
『…今日、楽しかったね』
「そうだね」
『私、楽しかった。…忘れたくないよ』
「僕が忘れない」
「君が忘れても、また君に伝えるよ」
『…ありがとう、ヒカル』
『ヒカル…ねえ、いつか私を殺してくれる?』
心臓が跳ねた気がした。
「……それは、いつの話?」
『ヒカルが死んじゃうまでに』
『ヒカルが死んじゃったら、きっと私は死にたくなっても、死ねなくなる』
「…僕が死ぬまで一緒にいるって?」
『それも、いいね』『100年でいい?』
ようやく、泣いているリブが、にっと笑ってくれた。夢でも見ているのか、ルドの耳がぴくっと動く。
『君の、消滅の力』
『この力なら私を消せる』
『その時が来たら、お願い』
「…消滅の力」
『それが—Trash Box—の能力』
君が名前をくれた僕の力。
でも、君が名付けた僕の能力で、君を殺す日が来る?
『あー泣いたからかな。眠くなってきちゃった』
リブはあくびをしながら膝の上に頭をのせてきた。ルドは体を震わせて、リブのお腹の上に移動して、また丸まって寝てしまった。
『私たちが、最初に会った時』
リブはルドを撫でながら話す。僕は少し考えた。箱庭で初めて会った日、リブが仁王立ちして〈君がヒカルくんだね〉と言った、あの日。
「うん、覚えてるよ。君は剣で襲ってきた」
『あれはマイカちゃんに言われてたの!』
「分かってるよ」
『……あの時』『私の腕は無くなってたんだ』
「……え?」すぐ治ってたと思ってた。
『ごまかしてたし、後でちゃんと治したけど』
『でも、その時ヒカルなら私を消せる、って思ったんだ』
「まさか、それで僕に興味を持ったわけ?」
『…違うよ』リブはぷくっと膨れる。
『いいよ。覚えてなくても』『でもそれじゃ、私に教えられないね』
リブは特に気を悪くした様子もなく、星を見上げたまま微笑む。
『……君が誰よりも優しかったから』
『……君ならいいかな、って』
リブは笑って、ルドを撫でる。ルドが眠そうに鳴いて、また丸くなる。
しばらく沈黙が続いた。ただ、何かが満ちていくような、不思議な静けさだった。
『あーいたいた。帰るよ、ヒカル…とリブ?…何してんのあんた達?』
マイカさんに見つかった。不思議と気まずさは感じなかった。
『べっつにー』『はい、ヒカル』ゆっくり起き上がったリブからルドを渡された。
『約束してただけ』
そのままマイカさんの車に乗り込み、帰路に就いた。後部座席の僕とリブの間にいるルドを二人で撫でながら。
寮の自室の前までリブが送りに来た。もうずいぶん遅くなっている。
『おやすみ、ヒカル』
「おやすみ」
『…ヒカル…』
リブが手を伸ばし、何か言いかけたその時、けたたましい警報音が箱庭中に響き渡る
<Code-A-02、Code-A-02,準一級警戒警報です。箱庭に居住の方は速やかに自室に戻ってください。箱庭に居住の方は速やかに自室に戻ってください。…Sメンバーは直ちに所定の集合場所へ参集してください。繰り返します…Code-A-02、Code-A-02…>
リブは一瞬寂しそうな表情になったが、すぐにキッと目線を空に向ける。伸ばしかけた手を握り締めて、言った。
『…ヒカル、私、行かなきゃ』『また、月曜日迎えに来るね』
『ルドも、またね』
ルドを一撫でして、リブは駆け出して行った。
自動ドアが閉まり、赤い文字が表示され、ロックされたことを告げる。ルドと二人になった部屋で、僕はさっきまでそこにいた優しい少女の残像を追いかけていた。
『いつか私を殺してくれる?』
そうあの子に思わせる、得体の知れない何かがいる。それはこの警報と無関係ではないように思えた。
「こんな扉なら、消してしまえるのに」
僕はこの扉を消してしまわなかったことを、リブを追いかけなかったことを、ずっと後悔することになる。
そして月曜日。リブは迎えに来なかった。
25話まで連日更新中!




