Box.19 歓迎会
土曜日。16時きっちりにリブがマイカさんと迎えに来た。
いつもとは違う、黒いドレスのリブは白髪とのコントラストが映え、とてもきれいだった。思わず見とれていると『私のドレスはノーコメント?』とマイカさん。ドレス着ると婚期が遅れるとかでしたっけ?って言うと割とマジで殴られた。この人、バリアが展開しないギリギリの力加減をよく分かっている。『…君のジャケット、よく似合ってるよ』ありがとうございます。
学生棟に着いた。ホールが、見たことのない姿になっていた。『どうぞ、ヒカル君は無料デスよ』受付をしていた楊に促されて中に入ると、普段は朝礼に使うだけの殺風景な部屋に、白い布が垂れて、テーブルには食べきれないほどの料理。窓には小さなライトが連なっている。
「……すごいな」
『でしょー!』編音が誇らしげに胸を張る。
『装飾は私担当だから。ドローン操作しただけなんけど、ね』
『料理は私が監修しました』プリヤがサリーの上に、いつもより一段豪華な刺繍の入った羽織を重ねている。『本場のカレーも用意しましたよ』『味付けもおいしくなるように—Fortune—をかけました』…え、大丈夫かそれ?確率0%は0%のままでしょ?
部屋の隅で、大和君が早速皿に肉料理を積み上げている。
『これはいい催しだ、な』
「もう食べてるの、早すぎない?」まだ会は始まっていない。
『男は度胸、皿は積み上げてこそ。さぁ来い、ルカ、リブ』
『やったるわ!』
『望むところ!』男って言われたぞ?…まぁいいか。
三人が並んで空いた皿を積み上げ始める横で、隼翔が壁際に立って、フードをいつもより浅く被っている。今日は珍しく、髪も少し整えてあるように見える。
『……今日はいい風だね』
「…そうだね」その風、箱庭の空調だけどね。
「あ、隼翔、今日の髪型、いいね」
『……っ』フードを慌てて深く被り直して目線をそらした。『よ…き日だから…ね』
梓が眼鏡を直しながら、何も持たずにふらりと近づいてくる。
『写真係はいらないよ。私が全部覚えてるし、後でアヤに出力してもらうから』
「便利だね、—Eternal―だっけ?」
『そう。永遠。便利よ。だけど忘れたいことも覚えてるってのは、ちょっと困るでしょ?』
意外な一言だった。梓はそれだけ言って、また料理の方へ歩いていく。
入口の方で、編音と巧が二人で並んでいるのが見えた。
『……あ、ヒカルー』編音が手を振る。
『今日は楽しんでる?』隣の巧も手をあげる。
「なんか、こんなパーティー初めてだから、でも楽しいよ」
『僕らも久しぶりだからね。隼翔が来たとき以来かな。もう1年になるよ』
『以前は先輩たちが準備してくれてたけど、中等部からは私たちで色々考えるの』
『皆の能力使えば、色々出来るものだねー』
『そうだね』
「……君ら、なんか変わった?」なんだか空気が優しい。
『何が?』編音が首をかしげる横で、巧は何も言わずに視線を逸らした。
ざわめきの中、マイカさんがグラスを軽く叩く音が響く。既に顔が赤い。
『はーい、皆さん注目』
『本日は、朝霧光君の歓迎会にぃ~参加いただき~ありがとうございました!』
『ヒカルも少しは、ここにぃ慣れた、かな?』
「毎日驚くことばかりです」
『だよねぇ』『ここは異能者ための街、普通とは違うことも多いわ』
『さて、本日の開催の挨拶はこの人からしてもらいます』
『発表しまーす』グラスを片手にマイカさんが楽しそうに続ける。
『来月から、日本に正式赴任することになりました、漆原燐先生で~す!』
会場が静かになる。壇上に上がってきたのは白タキシードの男。
『あ?』『あいつ、あん時の白コート!』ルカが敵意の入った反応をする。
「そうだ……あの人、確か」
…Contra。
会場がざわつく。
『……あの白コートだった人?』隼翔が小声で呟く。
『よろしく』ひらひらと手を振る、白タキシード。
『警戒しなくても、また君らをいじめに来たわけじゃないから、安心して』
『じゃあ乾杯の挨拶でもしてもらいましょうか』
『えっと、漆原燐です。試験の時は君たちの内、何人かとやりあいましたが、楽しかったです』
『授業は主に理科、物理とか化学とかを担当する予定です。』
『ヒカル君の歓迎会と発表が重なって申し訳ない』
『なので手短に挨拶は終わります』
『えー彼らお酒飲めないでしょう?では大人たちだけでも。ヒカル君の門出を祝って…乾杯!』
——————『嘘やん』ルカが小さく突っ込む。
『ルカ、リベンジの機会が早速来たな!』
教室で『今度会ったら負けへん!』って言ってたな。どうするんだろ。
————歓談が続き、皿がほとんど空になった頃。
『ヒカル、ちょっとこっち来て』
リブに手を引かれて、部屋の中央に出される。皆の視線が集まって、少し落ち着かない。
『今日のサプライズ』
「……何かあるの?」
『うん』
リブが合図すると、叶さんが大きな白い箱を持ってくる。そういえば会場にいなかったような。テーブルに置かれた箱にはリボンがかかっている。中で、カリカリ何かが動く音がしている。
『開けてみて』
ゆっくりとリボンをほどき、箱を開ける。中から勢いよく出てきた白い塊。ぐるっとホールを一周して、リブの腕の中に飛び込んだのは、白い猫だった。
「……っ」
声が出ない。
『ふにゃ』
白猫が、ヒカルを見て、首をかしげるように鳴く。それから、迷うことなくヒカルの腕の中に飛び込んできた。
「……ルド」
毛並みは白い…でも間違いない、間違えない。この重み、この鳴き方、頬に触れる感触。
僕は何も言えなかった。腕の中の温かさを確かめるように、何度もルドを撫でる。
「……っ、う」
涙が止まらなかった。皆の前だということも、忘れていた。
『あらら』叶さんが苦笑いしながら、ハンカチを差し出す。
『やっぱり泣き虫さんだね』
リブが笑う。からかうようで、それでいて優しい声だった。
ルドが心配そうに、ヒカルの頬を舐める。それからふわりと宙に浮いて、皆の頭上を一周し、また腕の中に戻ってきた。
『うわー、また飛びました!』『さっきも見たけど、何度見てもすごいね』
『異能のある猫なんて、初めて見まシタ』
会場が、歓声と拍手に包まれる。
ぐるっと回ってルドは、次に編音さんと梓さんに捕まった。この隙に当然の疑問を聞いてみた。
『リブ、なんでルドが生きてるの?』
『かなちゃんが、ずっと作ってくれてたの』リブが答えた。
『…白くなっちゃったけどね』少し申し訳なさそうに、叶さんは言う。
『梓と編音も手伝ってくれて』
『残ってた前脚から直していったのよ』
『白い前脚。白かったからてっきりルドは白猫かと思っちゃって』
「前脚?」
<じゃあ探してみるよ>
誰かに言われてた気がする。どこでだっけ?
————教員テーブル
『あれ良かったんですか?』『どう見てもクローン…』
『まぁ何かしてるとは思っていたけど。今回は不問、目をつぶりましょう』
『彼の精神の安定にもつながるだろう』
『そうですね』
『空を飛んでいるのはまぁ、別に考えるとして…』『良かったわね、ヒカル』
あの後、僕も挨拶をしたけど、何を言ったのか全然覚えていない。感謝の言葉は伝えたと思う。『片づけ終わったら送るから、ちょっと外でも見ながら待ってて』とのことで、夜も更けて、慌ただしく片付けが始まる中、眠ったルドを抱えたまま、バルコニーの噴水の縁に座ってぼんやりと空を見ていた。箱庭の人工の星空がちらちらと輝いている。
『ヒカル、お疲れ様』
『ルド寝ちゃった?』隣に座ったリブが、同じように空を見上げた。
「疲れたのかな。寝てるよ」
皆にもみくちゃにされて、たくさんご飯をもらって、ルドは疲れただろう。それにしても
「ルドが白くなって飛べるようになるなんて」
「なんで飛べるようになったんだろう」
『ん?んー…。きっと<飛びたい>って思ったんじゃない?』
「飛びたい…か」
『そう、飛べたらよかったのに、って思った』
『白くなったのは、能力の目覚めかな。私も白いでしょ?私も能力のせいで白くなったみたいだから』
指に通した髪に人工の月明かりが反射して、いつもより白く光って見える。
「白くなった、みたいって?」
『私、無いんだ昔の記憶。前は黒かったらしいよ。でも白い髪の自分しか知らないの』
「…え?」
『ルドと一緒だね』
リプは僕の肩にそっと頭を預けてきた。ルドは二人の間で、小さく丸まって眠っている。
『ねぇ、あれは満月?』人工の空の中でひときわ輝く星を指さしてリブは聞いた。
「ちょっと過ぎてるかな」少し満月から過ぎた、下弦の月だ。
『そう、でもきれいだね』
「え?」
『ヒカル、話したいことがあるんだ』
月を映した青い瞳が僕を見つめていた。
25話まで連日更新中。




