Box.18 黒猫プロジェクト
金曜日。中間テスト休み明け。授業は採点結果の暴露と反省会に終始した。それはそれとして、皆何だか様子がおかしい。リブが教科書を何度も同じページで開いたり閉じたりしている。隼翔は包帯の隙間から、ちらちらとこちらを窺ってくる。プリヤさんも、何か言いたそうにこちらを見て、目が合うと慌てて逸らす。…うん、いつも通りだ。理由は分かっている。マイカさんが全部ばらしているからだ。『週末はヒカルの歓迎会だから』じゃない。取り敢えず週末明けとくように言われたが、理由は聞かないことにした。
休み時間。後ろの席で編音さんがスマホを取り出して、何かを見ている。
『……にひ』スマホの画面ではなさそうだけど…。
「アヤ、にやけてるよ」梓さんが横から覗き込む。
『!?な、なんでもない!』慌ててスマホを隠した編音さん。
『何それ?』
『何でもないって言ったでしょ!』
『あ、そんなこと言ったら、記憶覗いちゃうぞ~』
『あんた一人じゃ覗けないでしょ!?』他人の記憶、見れるんだ。
ぼーっと様子を見ていると、僕はリブにつかまった。
『私も、あれ欲しい』
「え、スマホ?持ってるよね?」
よくスタンプなら送られてくる。
『……もういい』
『俺は……反省している』
中間テストの反省会。大和君はぼやいていた。
『相手は教官とは言え、踏みつけられて動けないなど、情けないにもほどがある』
『羞恥のあまり、皆と目を合わせらなかった!』
『お前、それで起きへんかったんか?』
帰りのヘリの間起きなかったのは、そういうことか。
『自問し、瞑想していたのだ』『だがな、干渉する能力同士は力が強い方が勝るらしいことが分かった』『これは収穫だ』
どうも大和君の相手を軽くする力と、先生の押さえつける力で先生が勝った、ってことらしい。
『大和君、時々ワタシの通信聞いてなかったデショ?』
『ん?そうか?』
『今度から大和君だけ音量上げておきマス』
『そうか。では俺は耳掃除をしっかりしておこう!』
『頭の中に直接つなぐから、耳関係ないデス』
委員長が教壇に立つ。マイカさんは『反省は各自レポートだしといて』と言い残して出ていった。
『はい、各自の自己評価シートに反省点書いて出して』
『反省点…トイレ…かな』隼翔がぼそっと呟く。
『私もトイレ、かな』編音さんも頷く。
『私は川があれば大丈夫です』プリヤさん、それでいいんですか?
『トイレ以外のこと、書いてくれるかな。トイレのことばかり反省してるクラスの代表やるの、私イヤよ?』
教室に小さな笑いが起きる。委員長が呆れた顔でシートをまとめる。
『まぁ、初回にしてはみんな良かった、と思うけど』言いながら僕の方を見る。
『朝霧君、あなたは守りに入りすぎ。プリヤと私を守ろうとし過ぎ。そこは連係不足ね』
「……すみません」
『あと、とっさに名前で呼んだでしょ?』リブが横から口を挟む。『聞こえてたよ』
「えっと、…あれは急に委員長が跳んできたから…ごめん」
『まぁいいわよ、名前でも』『私もヒカル君って呼ぶわ』
リブはにこにこと笑顔だ。ここは良いんだ?
そんな調子で反省会はゆるく終わり、下校の時間になり解散になった。
『じゃあヒカル、また明日。16時から。迎えに行くね!』
いつものようにひらひらと手を振るリブ。よかった。場所も時間も、何なら土曜か日曜かも知らされてないんだよね。明日寮で待っていればいいらしい。
————下校後、私たちは、あの計画のためにかなちゃんの部屋に集まった。
『じゃーん』『っていうようなものでもないんだけどさ』
『昨日は筋肉痛で動けない中、頑張ったのよ』『遊びにも行かずに、ね』
『…かなえ、えらい、えらい。っていうかすごいねー。生きてるみたいー。』
『生きてる、って言えるか分からないけど心臓は動いているし、呼吸はしているわ』
クッションで作ったベッドの中で毛布がゆっくり上下に動く。生きている。覗いてみていたのは、左手が少し黒い…白猫?
「あれ、かなちゃん、ルドは黒猫だよ?」
『え?』
「ほら思い出してよ」同じ記憶はみんなが持っている。
『…確かにそうだわ。元々は腕が白い黒猫。預かった腕が白かったから、気にしてなかったわ。それで全身が白くなっちゃった?』人差し指をおでこに当てて、かなちゃんは言う。
『他の猫だった、ってことはないの?』むー。梓は失礼なことを言う。
「ヒカルが持ってたから、他の猫じゃないと思う」
『じゃあ、問題ないでしょ?気になるなら黒く染めたら?』なるほど。
「くろ…タコ?」
『タコスミかけちゃだめよー。色残るの服だけだから』カレーみたいに?
『それより記憶を入れてみたらどうなるか、の方が大事』『動くのかどうか』
『ごめん、ずっと作業に必死で、色のことなんて全然気にしてなかったわ。むしろ材料の組成ばかり気にして…』かなちゃんは申し訳なさそうだ。でも私には分かる。
「大丈夫、この子はルドだよ」「さ、梓、この子起こしてあげよ」
『記憶、入れてみよっか』梓が言う。
「うん、お願い」かなちゃんも頷く。
『…じゃあ行くよ。—Eternal—』
梓がそっとルドの前脚に触れて、目を瞑る。猫の体に、淡い光が一瞬広がる。しばらく、何も起こらない。—————不意に、猫の耳がぴくっと動いた。
『……動いた?』
目が開く。ぱちぱちする緑色の瞳。私が見たヒカルの記憶のままだ。
「ルド……?」
目覚めた白猫は不思議そうに自分の白い脚をなめてみる。そして鳴いた。
『ふにゃーぉ』
『うわー、やったやった!』かなちゃんと編音がだきあってぴょんぴょん跳ねる。
『…成功みたいね』梓もほっとしている。
全身を嘗め回した白猫は、伸びをするように体を伸ばし、バランスを崩してベッドから落ちそうになる。
『危ない!』
「えっ」
白猫の体が、ふわっと浮いてゆっくりと床に降り立った。優雅に羽が風にそよぐように。
『え、浮いたぁ?』編音が大きな声を出す。
「…おいで、大丈夫だよ」私はルドを呼んでみた。
『にゃーお』ルドは一鳴きすると、私の方に跳んできた、いや飛んできた。
「君、すごいね」ひとしきり撫でまわした後、解放してあげたルドは、私の腕から飛び降り、そのまま部屋をぐるっと一周してテーブルに着地した。
『飛んでるー!?』かなちゃんも唖然としている。
ヒカルの記憶ではもちろん飛んでなかった。でも私には、飛んでいるルドがすごく自然に思えた。まるで生まれたときから飛べるみたいに。きれいだ。
「多分…」「左脚の白い模様が、空を飛ぶ能力だったんだと思う」
『ルドって、<異能猫>だったってこと?梓、聞いたことある?』
『いえ、初めてよ』
「そうなんだ。珍しいんだね」
「そっか。君、飛びたかったんだね」
「飛べたら、逃げられたって」
「飛べたら、ヒカルを泣かせなくて済んだって」
「そう思ってたんだね」
脚が不自由そうに見えたのは逆だったんだ。きっと飛ぼうとしてたんだ。
『…リブ。きっとそうだね』編音が鼻をすすっている
『死ぬ直前、ルドは願ったんだと思う』梓は眼鏡を取って目を拭いている。
『ルド、もう同じ目には合わないよ』かなちゃんも泣いている。
「お帰りルド。白猫かー。私の髪とおそろいだね」
部屋の中を、元は黒かった白猫が、また飛び回る。
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