Box.17 巧
翌朝。6時にいつも通り目が覚め、世界中のネットサーフィンをしながら、昨日の試験のレポートをまとめる。直接生データをメールで送り付けるのもいいけど、一回書き起こすのは記憶の整理に良い。無駄に見えるアナログな雑事も嫌いではないんだ。8時きっかり、電話がかかってきた。編音だ。こういうのもメールより良いね。思いながら電話を取る。
『巧、おはよう。起きてた?』
「起きてたよ。編音こそ昨日は疲れただろうに。もう起きたの?」
『うん。ばっちり。一晩寝たら充電もできたしねー』
『あの、さ。…今日休みだし、街出ない?前言ってたゲームの先行体験会、今日なんだよね』
編音の声が少し高い。僕たちはオフの日は基本的に箱庭の出入りは自由だ。門限はあるし、外泊は申請がいる。例外的に、建前上だけどヒカル君だけはまだ外出が許可されていない。きっと能力の把握がまだ不十分だからだ。…さて、お誘いはありがたいんだけど…。
「ごめん。今日は用事があるんだ」
『……そう』少しの沈黙。『分かった、また誘うわ』
「また誘って」
『うん』
申し訳なかったかな。昨日は思わず、ちょっと距離感を間違えてしまった気がする。編音も割と万能な能力をしているからか、飄々としてあまり努力をしない方だ。その彼女が自分を高める努力をしていたことが、嬉しかった。
「客観的に見て、相手が距離を詰めてきた、チャンスだと思っただろうなぁ」
でも踏み込むわけにはいかない事情がある。
目立たないように私服に着替え、出発する。—Resonance—に見張られていても…まぁ問題ない。…昨日の戦闘データ、何度見返しても引っかかる箇所がある。
研究棟、マイカさんの執務室。今日は僕らの学年が休みなだけで、大人は普通に仕事だ。ノックして入ると、マイカさんは机に足を乗せて、何か書類に判子を押していた。
『お、巧ぃ。早いね』朝9時だ。
「この時間指定してきたの、そちらでしょ。採点データ、まとまりました」
『そうだね。見せて見せて。あぁ、昨日は試験官お疲れ様でした』
——試験日程の申し渡しの日、マイカさんに言われたのはこうだ。
『巧、あなたにこっそり試験官をして欲しいの。10人分の行動記録をつけてくれないかな?君の成績査定は良くしとくから』
「僕の成績査定、いるんですか?」
『あなた中学生なんだから、一応いるでしょ』
『あと、この画像記録をいいタイミングで、彼らに見せて』
トイレ騒ぎの前に彼らに見せたのはその画像だ。
<—Contra—が久々に火を吹くな>
「あれ?実戦ではなく模擬ってことですか?」
『そうそう。それも内緒にしといてね。これ、相手役のリスト。もちろん内緒よ』
『 試験現場責任者 漆原 燐 (Contra)
試験官 蘇我 治樹 (Regenerate)
同 篠崎 颯 (Acceleration)
同 花菱 弾 (Roman)
同 重田 什造 (Footstep) 』
「え、あのContraが来るんですか?」
Singularityの一人…箱庭のヨーロッパ支部にいるはずだ。
『試験のスパイスね。さすがに何人かは知ってるでしょうから、緊張感が出るでしょ?』
—————マイカさんにタブレットを差し出す。
マイカさんは指でスクロールしながら、ふんふん~と鼻歌。
『え、リブの攻撃、3分以上耐えられたわけ?』
「あの子はそもそもムラがありますからね。確かに―Acceleration―がどこまで速くなるのかはやってみないと分からないでしょうし」
『—Resonance—も—Trancefar—もみんなの創意工夫がみられていいねぇ。特にカナエはいいリーダーしてるよ。私の慧眼にびっくりだね。お母さんは嬉しい!』
お母さん?だとすると、あなた10代で子供産んでるよ?
「みんな連携は良かったと思います」先行して叶に怒られたやつはいたけど。
『ふーん』マイカはタブレットを置いて、巧をじっと見た。
『個別の評価は?』
「レポートの通りですが、Sがルカ、編音、叶ですね。Aがヒカル君、リブ、大和、後はBにしましたが、隼翔は活躍の機会がなかったのと、プリヤはメンタルに難ありでしたね。」
『隼翔は秘密兵器だから、しょうがないねー』確かに彼には秘密兵器感がある。
『プリヤの性格は確かに戦闘向きじゃないよねぇ』『どうしたものかねぇ』
そこまで話して、口元の笑みが消える。
『で、本当に伝えたいことは?』…ここは言わないといけないだろう。
「…全体にやりすぎです」
「Romanさんのレーザー、もっと加減できたでしょ?下手すると、誰か死んでましたよ」
「大和だって、ちょっと強くやりすぎです」
落下の衝撃なのか、迎えが来てもしばらく目を覚まさなかった。
『お取込み中…失礼しますよ』5人の試験官が入ってきた。
「あ、昨日はお疲れ様でした」聞こえてたか?
『お疲れ様。君がこっちの協力してくれてた、子だね』
「はい。団原巧です」
『あのでっかい子はちょっと強めに踏んどかないと、動きを止めれなかったんだな。悪かったんだな』Footstepの重田さん。この人の踏み付けで大和は押さえこまれていた。能力は脚の力が異様に強いことだ。感覚も敏感だから、地面の振動から敵の索敵もできてしまう。
『死にそうになったのは、お互い様ですよ』Accelerationの篠崎さんだ。
「そういえば編音の攻撃で、よく生きてましたね?」
あれは正直に言って、1キルだと思った。
『全くです。ネタバレすると、あの瞬間、—Acceleration—で代謝を加速したんです。汗を流して、可能な限り体表に電気が流れるようにして、あとちょっと汚い話ですが、角質…まぁ垢ですね。それで少しでも体を覆うようにしました』
『それでも気を失う程度には効いてたけどねぇ』白コート、漆原さんが背中を叩いて茶化す。この人は—Contra—と呼ぶ方が僕たちの間では通る。
『痛いからやめてください。あちこちやけどしてるんですから』
それにしても、箱庭の教師陣はやっぱり能力の練度が違うな。
『さて、人も揃った』『本題だ』
「!?」
タローさんだ。相変わらず、いつの間にか部屋にいる。
『おっつー』
『おぉ、支部長様、お疲れ様です』
仰々しくContraが言う。後ろの4人の表情が硬くなった。
『様はいらん』『で、本題が何か分かっているか?』
『まぁ、―Resonance―の応用にはすごく興味がありますが、やはりあのバリア君ですね』
『えっと…何でしたっけ?』
『—Trash Box―、リブが名付けたの』
『そうそう、それ。へー、リブちゃんが名付けたの?』
『…燐』
『あぁすいません。本題ですね』
『そう、あの能力の本質。具体的に言うなら消失したものは、どこにいっているのか?』
『そうだ』
『分解して霧散してしまっているのか』指を順に立てていく。
『消滅して本当に消えているのか』
『それともどこかに転移しているのか』
そう、自分でも感じていた。彼の能力に対する強烈な違和感。バリア能力の今までのカテゴリーには当てはまらない。
『取り敢えず、私の腕は消えてなくなった。あれは困った。完全に失うと、ストック的に1日一回が再生の限界になってしまう』『あれは分解しているのか?』Regenerateの蘇我さん。
『以前のリブの報告によるとね、<腕が無くなっちゃってた>、だそうよ。分解ではなかった、消滅だった、と』
『こっちでも色々試してみたけど、岩でも何でも彼にぶつかると、消えてなくなっていた』
『それはおかしい』Romanの花菱さんだ。
『俺のレーザーをいとも簡単に防ぎ、防いだ後ろに何の痕跡もなかった』
『質量がない、単純なエネルギーも消滅するのか?』『そんなはずがない』
『私もそう思うわ。消えた質量はエネルギーに変換されなければならない。核反応ね。熱エネルギーは放散しないと消えない』ちらりとマイカさんはContraを見る。
『にも拘わらず、そのエネルギーは外に漏れもしないし、レーザーの熱量を加えてもパンクする様子もなかった』
『転移させてるんじゃないですか?今頃、月の上が焼き払われたのかも』
Contraが飄々と答えた。
『月でなくとも、もし太陽とつながっていたら、観測のしようもないのだが』とタローさん。
『それならそれで、安全ってことじゃない?』
マイカさんも答える。この三人の会話は迫力が違う。他の余人は口をはさめない。だけど…。
「彼の性格からすると、投げ捨てるような能力じゃないと思います」
つい口をはさんでしまった。しまった。
『彼を直接見てる子の貴重な意見だね』
『続けろ、巧』ほっとして続ける。
「はい。彼の性格はため込むタイプだと、よく言えば、事象をしっかりと受け止めてる、と思うんです」
ルカにやられたときも、やられたことに文句は言っていなかった。理不尽は自分で受け止めている。いざというときの肝の座り方も、彼が困難を受け止めているからだ。
「だから転移させている、というのはイメージが違うと思います」
『そこは同意見でね。リブのレポートも<戻ってこない>って書いてあったから、転移ではないかなって。もしくはリブの能力以上の支配力なのか。もしそうならSSSのリスト更新かもね』
『SSSのメンバーが議論している時点で、大概です』Contraが笑う。
『いやいいね、面白い。…そういえば巧君。君はこっちにくるの?』
Contraの目が光る。
『敢えて、君の前で話した。聞いても支障はないかなって』
…この人も、僕の事情を知っている。
『…君はこっちに来ると思っているからね。』
『燐…今はその話はしていない』『巧、お前のクラスメートのことだからな。まぁ取って食おうという話ではない。彼の安全性の話だ』
「…安全性」
『いつ爆発するか分からない高エネルギーを、彼が内包しているとしたら、やばいっしょ。あ、メンタルの話じゃなくて、物理的なやつ。下手したら箱庭が吹き飛ぶレベルかも』
『そのときはマイカ、お前がどうにかしろ』
『嫌よ、死んじゃう。死んじゃう。ねぇ、燐?』
『核爆発は私でもどうにもなりませんねー。ハハハ』
…神々の会話だな。
『トリガーが何かあるかもしれん。あの能力は彼の精神の現れにしか見えんのだ』
『世界を壊してもいい、っていう暴力性とそれを押しとどめようとする強力な自制と自律』
彼に暴力性を感じたことはない。それが自制なのか?
『その二律背反があの力、か。』
『いずれにせよ、彼の精神が安定していた方がいいだろう』
『…ってのが、今の現状なんだけど、巧なんか意見はある?』
話が切られた。ここまで、ってことだな。
「いえ、なら尚のこと、僕らで彼を支えた方がいいかな、と」
『それはそうなんだけど、私たちは君たちも守りたいからね。リブなら死にはしないだろうけど、他の子らに彼を抑えられると思えないのよ』『だから限界がある』
『ふむ。…時間だ。送るよ』Contraが言う。もう1時だ。確かに予定の時間は過ぎた。
「分かりました。失礼します」
『レポートありがとね。君の評価は…Sよ』
「ありがとうございます。失礼します」
『君の—Providence—は現場より、こっち側の方が向いているよ』
エレベーターで別れ際にContraに言われた。分かっているんだ。いざというときの戦力としては、僕は役に立たない。乗り越えた編音とは違う。
————さて、巧君への顔見せも終わりました。いい子で良かったです。ではContraとしての本題が残っています。執務室に戻りましょう。6人が待つ部屋に戻るとタローさんが怖い顔をしています。あ、そう言えばいつもこんな感じでした。
『燐、余計なことを言わなかっただろうな?』
「彼のリクルートは規定事項でしょう?」
『その話はいい。今日の話題ではなかっただけだ』
『ならこっちの本題。試験官諸君、ちょっと今後の君たち5人の予定を聞いておきたいんだけど?』
「しばらくは日本にいます。知ってますよ。少なくとも私はそのために来た、みたいなところがありますからね」「で、いつ頃なんですか?」
『もう数日、ってとこかな。あの爺さん、よく持った方だと思うよ』
『あの爺さん?』私以外の4人は知らないことだ。
『—At-Random—がもうすぐ亡くなる』
————昼食を済まして、外に出る。施設を出たところにプリヤと…編音。
『こんにちは』『お疲れ様です、巧さん。待ってました』いつも通りサリーを着たプリヤ。
『や』気恥ずかしそうに手を挙げる編音。
「やぁ」何でここに?ってのは無粋かな。Resonanceを使えば僕がここに来て、出ていっていないことが分かる。
『今日は編音さんに誘われて、聖地巡礼に行ってたんですよ。新戦士ヴァンジェリンです』
サリーの下に変なTシャツを着ている。
『これ、お土産』編音が紙袋を差し出した。
「お土産?」
『言ってたゲームの先行体験会のおみやげ。限定キーホルダー。』
『二個もらえたから、一個あげる。』
「……」
『ほら、いらないなら私が使うけど。』
「いや……もらうよ。ありがとう」
受け取る。小さなキャラクターのキーホルダー。二個使わないでしょ。
『編音さん、受け取ってもらってよかったですね』小さくガッツポーズをした。
『……はぁぁあ!?』『プリヤ、何言ってんの』
『いやぁ、巧さんもちゃんと受け取るんだなぁって。尊いです』
「……何だそれ」
『編音さん、午前中から何度もスマホを見ていました。』
『い、ぃ言わなくていいから!』
「……」二人を見ていると、少しだけ肩の力が抜けた。
「……ごめん」
『ん?』
「今日は付き合えなくて。」編音が少し目を丸くする。
「それから」
『うん』
「今度は僕から誘うから」
『……うん。分かったー』
僕には、踏み込めない事情はある。きっと、これからも。それでも…。手の中のキーホルダーを握る。少しくらいなら。あと少しくらいなら、誰かと一緒にいてもいいのかもしれない。
『尊いです~~~~。お母さんは嬉しいです~~~』プリヤは目頭を拭いている…のか?
25話まで連日更新中!
4,6,11話に挿絵追加しました。




