Box.2 毛玉
カクヨムで先行掲載β版公開中。
*なろうは挿絵作成の関係で数日遅れです。
https://kakuyomu.jp/works/2912051602729913334
…頭が痛い。どこかで頭を強く打ったみたいだ。意識はある。頭を触ってみる。血は出ていない。手も指も動く。目を開けてみる。眩しい。光に目が慣れると、そこはいつかの夕暮れだった。僕は放課後の裏門に立っていた。そこにはいつものようにルドが待っていた。
「…あれは夢か。良かった、お前が無事で」
ルドを抱きしめ、前脚を傷めないようにそっと下す。いつもポケットに忍ばせていたパンの残りが今日は見当たらない。
「ごめんよ、忘れたみたいだ」
『にゃー!』そんなに怒るなよ。
『ねぇ。君、泣いてるの?』
頭の上から不意に誰かの声がした。淡く光る白い毛玉がこちらを覗き込んでいる。
「誰?」なんだ、こいつ?
『ないしょ』声は答える。『でも、泣いてるよ』
「なんで泣くんだよ」
頬を触ると、確かにそこは濡れていた。
『きみ、ここに来る前に辛いことがあったんじゃない?』
「……?」
何を言っているんだろう?僕もルドもここにいる。
『そっか。辛いこと、忘れているんだね』
『頭打った?それとも防衛反応ってやつかな』
「……頭打った、と思う」
ずきずきする痛みがそれを教えてくれている。
『名前は言える?』
毛玉は僕の前をふわふわと浮かんだり沈んだりしている。
「僕は…」
『んー、アサギリ、ヒカリ君か』
お前が言うのか。でも残念、違う。
「ヒカルだよ。言ってないのに、何でわかるのさ」
『そこに書いてるから』
自分の来ている制服の左胸に名札がついている。<朝霧光>
『ほらね』声が少し笑った気がした。
「…君なに?毛玉みたいだけど」
『だから、な、い、しょ。言っちゃいけないことにしているの』
変なやつだ。そう思った。
『着いて行っていい?』
そう言う奇妙な毛玉とルドを連れて放課後の裏門の周りを歩く。いつもなら遊びながら食べ物をあげている時間だ。
『この子は何て名前?』
「ルド」
『ルド…可愛いね』
「普通だろ」
『あ、左手が白いんだね』『そっか』
「そう、最初はそれで見分けてた」
『ちょっと歩きにくそう』
「多分左手をけがしているんだ」
『なんでルドって名前なの?』
えっと。…改めて聞かれると恥ずかしい。
「……昔読んだ、本から取った」
『えー、あ、あの生まれ変わるやつ?知ってる。そこから取ったんだ。可愛いー』
「うるさい」「毛玉が本読むのかよ」
誰も来ない裏門の隅に座り、ルドを撫でていると、しばらくして毛玉が口を開いた。
『いつまでこうしているの?』
「いつまで?」「いつもなら日が暮れるまでかな」
ふと思い出す。日が沈んでも一緒にいたのは、あの日だけ。ルドの前脚の動かし方がまた変になっているのに気づいた日。裏門の石段を消した日。自分という入れ物から力が溢れはじめた日。すり寄ってくるルドはお腹がすいていただけなのかもしれない。いつものように、ご飯をくれると思っていたんだろう。だけど近付いてきたルドへの僕の感情はどす黒い物だった。
「母さんたちを消すわけにはいかない。確かめないといけない」
…目が無いはずなのに、毛玉と目が合ったような気がして、顔をそむけた。
「毛玉、お前も内緒にしろよ?」話して、楽になりたかった。
『いいよ』
「…僕はルドを殺そうとしたことがあるんだ」
『能力が溢れた日、僕はルドを消してしまってもいいって思ったんだ』
恐ろしい考えだった。でも家に帰る前に、母さんたちに触れる前に試さなければいけなかった。もし消えてしまったら。僕は家に帰れない。僕が消えないといけない。
「そして触れた」
「いつもみたいなふりして抱き上げたんだ」
『…そして、何も起こらなかった?』僕は頷く。
『嬉しかった?』毛玉は続ける。
「……」そんな単純な話じゃない。
『違う?』
「…嬉しかった」言葉を絞り出した。
『……嘘ついたね』
ルドをぎゅっと抱きしめる。いつもみたいにルドは暴れない。頭を殴られたような気がして、僕は反論できなかった。確かに嬉しかった。安心した。自分は何でも消してしまう怪物じゃない。そう思えたから。だけど…、
「親友だったんだ」「親友だったのに」
…ルドを殺して確かめようとした。悍ましい考えに吐き気がする。
「ごめん、ごめんよ」
「ルドじゃない!そうじゃなくて、こんな気持ち悪いやつが消えないといけなかったんだ!」
『そう』『罪悪感なんだね』『だから、ずっとルドを守ろうと思ったんだね』
毛玉は揺れながら言う。
『そっか……。辛いね』
『ルドにも会えたし、そろそろ時間』
毛玉は寂しそうに言った。
「待てよ」
『なに?』
「お前、誰なんだ?」
『…君の夢だよ』『…またね』
はっと目を開く。目に入ったのは白い天井だった。病院、にしては静かすぎる。ベッドに横になっている。シーツをまくり、体を起こす。やっぱり頭が痛い。痛みが霧散した記憶を集めてくる。
あの毛玉。『君の夢だよ』そう言っていた。
…そっか。今までが夢だったのか。じゃあルドはやっぱり…。
現実が容赦なく記憶の箱を踏み抜き、溢れる想いが涙と呪詛になって噴きこぼれる。
「…殺した!」「ルドを、僕は殺した!」
「どうしてあいつが消えないといけないんだ!」
「消えないといけないのは……僕だった……!…僕だったのに!!」
「うあぁぁっぁぁ!」「あぁぁぁぁあぁぁっぁ!」
泣いて泣いて泣いた。顔をゆがめ、擦り潰すように両手で覆う。爪を立て、目でもくり抜いてやろうかとしたところで、病室のドアが開いた。
『起きたかーぃ?』
ノックもなく入ってきたのは、褐色の肌をしたスーツを着た女性だった。カールがかかった長い金髪をまとめている。僕よりずっと背が高い。
『おはよう、朝霧くん』
…知らない人だ。
「……誰、ですか?」
泣きはらした顔で僕は答えた。目はまだ両目とも見えていた。
読了ありがとうございます。
本作品はカクヨムに先行連載しております。大体1W遅れでなろうに投稿しています。当面は金土日に1話ずつ更新の予定です。よろしくお願いします。
挿絵つけてみましたが、制服じゃないですね。これ。
9/10 小説紹介欄の更新に伴い、文章の一部を校正しました。
名札付き制服がうまく作成できなかったので初期の絵にしました。




