Box.2 毛玉
…頭が痛い。どこかで頭を強く打ったみたいだ。意識はある。頭を触ってみる。血は出ていない。手も指も動く。目を開けてみる。眩しい。光に目が慣れると、そこはいつかの夕暮れだった。僕は放課後裏門に立っていた。そこにはいつものようにルドが待っていた。
『…あれは夢か。良かった、お前が無事で』
ルドを抱きしめ、前脚を傷めないようにそっと下す。いつもポケットに忍ばせていたパンの残りが今日は見当たらない。
『ごめんよ、忘れたみたいだ』
『にゃー!』そんなに怒るなよ。
『ねぇ。君、泣いてるの?』
頭の上から不意に誰かの声がした。淡く光る白い毛玉がこちらを覗き込んでいる。
『誰?』なんだ、こいつ?
『ないしょ』声は答える。『でも、泣いてるよ』
『なんで泣くんだよ』頬を触ると、確かにぬれていた。
『きみ、ここに来る前に辛いことがあったんじゃない?』
『……?』何を言っているんだろう?僕もルドはここにいる。
『そっか。辛いこと、忘れているんだね』『頭打った?それとも防衛反応ってやつかな』
『……頭打った、と思う』それは確かだと、ずきずきする痛みが教えてくれている。
『名前は言える?』毛玉は僕の前をふわふわと浮かんだり沈んだりしている。
『僕は…』
『んー、アサギリ、ヒカリ君か』お前が言うのか。でも残念、違う。
『ヒカルだよ。言ってないのに、何でわかるのさ』
『そこに書いてるから』
自分の来ている制服の左胸に名札がついている。<朝霧光>
『ほらね』声が少し笑った気がした。
『君なに?毛玉みたいだけど』
『だから、な、い、しょ。言っちゃいけないみたい』
変なやつだ。そう思った。
『着いて行っていい?』
そう言う奇妙な毛玉とルドを連れて放課後の裏門の周りを歩く。いつもなら遊びながら食べ物をあげている時間だ。
『この子は何て名前?』
『ルド』
『ルド…可愛いね』
『普通だろ』
『あ、左手が白いんだね』『そっか』
『そう、最初はそれで見分けてた。』
『ちょっと歩きにくそう』
『多分左手をけがしているんだ』
『なんでルドって名前なの?』
えっと。…改めて聞かれると恥ずかしい。
『……昔読んだ絵本から取った』
『えー、あ、あの生まれ変わるやつ?知ってる。そこから取ったんだ。可愛いー』
『うるさい』『毛玉が本読むのかよ』
誰も来ない裏門の隅に座り、ルドを撫でていると、しばらくして毛玉が口を開いた。
『いつまでこうしているの?』
『いつまで?』『日が暮れるまでかな』
ふと思い出す。日が沈んでも一緒にいたのは、あの日だけ。ルドの前脚の動かし方がまた変になっているのに気づいた日。裏門の石段を消した日。自分という入れ物から力が溢れはじめた日。すり寄ってくるルドはお腹がすいていただけなのかもしれない。いつものように、ご飯をくれると思っていたんだろう。だけど近付いてきたルドへの僕の感情はどす黒い物だった。
『母さんたちを消すわけにはいかない。確かめないといけない』
…目が無いはずなのに、毛玉と目が合ったような気がして、顔をそむけた。
『毛玉、お前も内緒にしろよ?』話して、楽になりたかった。
『いいよ』
『…僕はルドを殺そうとしたことがあるんだ』
『能力が溢れた日、僕はルドを消してしまってもいいって思ったんだ』
恐ろしい考えだった。でも家に帰る前に、母さんたちに触れる前に試さなければいけなかった。もし消えてしまったら。僕は家に帰れない。僕が消えないといけない。
『そして触れた』
『いつもみたいなふりして抱き上げたんだ』
『…そして、何も起こらなかった?』僕は頷く。
『嬉しかった?』毛玉は続ける。
『……』そんな単純な話じゃない。
『違う?』
『…嬉しかった』言葉を絞り出した。
『……嘘ついたね』
ルドをぎゅっと抱きしめる。いつもみたいにルドは暴れない。頭を殴られたような気がして、僕は反論できなかった。確かに嬉しかった。安心した。自分は何でも消してしまう怪物じゃない。そう思えたから。だけど…、
『親友だったんだ』『親友だったのに』…ルドを殺して確かめようとした。
『ごめん、ごめんよ』
『ぼくがお前を守らないといけなかったのに』
『そう』
『だから、その後ずっとルドを守ろうと思ったんだね』
毛玉は揺れながら言う。
『そっか』『…辛いね。』最後の言葉は聞こえなかった。
『ルドにも会えたし、そろそろ時間』毛玉は寂しそうに言った。
『待て』
『なに?』
『お前、誰だ』
『君の夢だよ』『またね』
…夢?目を開く。白い天井だった。病院、にしては静かすぎる。ベッドに横になっている。シーツをまくり、体を起こす。やっぱり頭が痛い。痛みが、霧散した記憶を集めてくる。
…教室。…夢。
あの毛玉。『君の夢だよ』そう言っていた。
そっか。今までが夢だったのか。じゃぁルドはやっぱり…。
思い出し、胸が痛み、感情が噴きこぼれた。ひとしきり泣いて泣いて。少し落ち着いたころに、部屋のドアが開いた。
「起きたかーぃ?」ノックもなく入ってきたのは、褐色の肌をしたスーツを着た女性だった。カールがかかった長い金髪をまとめている。僕よりずっと背が高い。
「おはよう、朝霧くん」
知らない人だ。
「……誰、ですか?」泣きはらした顔で僕は答えた。
読了ありがとうございます。
本作品はカクヨムに先行連載しております。大体1W遅れでなろうに投稿しています。当面は金土日に1話ずつ更新の予定です。よろしくお願いします。
挿絵つけてみましたが、制服じゃないですね。これ。
名札付き制服がうまく作成できなかったので初期の絵にしました。




