Box.1 願いとゴミ箱
『ねえ、いつか私を殺してくれる?』13歳の君は僕に言った。その時は知らなかった。どれほどの覚悟が、想いがその言葉にあったのか。 今、僕はその言葉に応えようと思う。君にもう一度会うために。君の願いをかなえるために。
…これは僕が君を消す物語だ。
———7年前。
「おーい、ルド!」ある夏の日の夕方、10歳だった僕は小学校の裏門に住み着いているルドと名付けた野良猫を呼んだ。なぜか僕になついてきた、左腕に白い斑点がある緑色の瞳をした黒猫だ。その前脚は怪我をしているのか、少し不自由そうに歩いていた。ひょこひょこと歩く彼に、「ごめんな、連れて帰れないんだ」と、昨日父さんに相談した結果を伝えた。
かわいそうな黒猫を連れて帰りたかったけど。父さんが猫アレルギーで無理だった。ランドセルから、おこずかいで買った缶詰を出す。開けてやると、ルドは少し不思議そうに臭いを嗅いだ後、がつがつと一息にがっついてきた。食べ終えて手をぺろぺろと舐めるルドを見て、もう一度「ごめんな」と伝えて、もっと食べたそうなルドに後ろ髪を引かれながら家へ帰った。
それからは時々給食の残りを持って行ったり、ねこじゃらしや拾ったおもちゃなんかで遊んでやったりした。他に友達はいなかったけど、寂しくはなかった。
「お前も一人なんだよな」「僕たち友達になろう」
『にゃーお』撫でられても逃げないルドをみて、僕は友達になれたのだと思った。
『最近、帰るの遅いんじゃない?』母さんに軽く注意された。
ルドのごはんを買うために、バスのお金を使わずに貯めているからだ。代わりに毎日走って帰るから、少し走るのが速くなった。
段々ルドの好みが分かってきた。ミルクが好き。マグロやささみが好き。マタタビはなぜか嫌い。おもちゃを持っていくとごはんを出すまで、にゃーにゃーうるさい。
「僕たち親友だよな?」最近親友という言葉を知った僕は、迷わずルドを指名した。
『にゃにゃー』
「親友でいいんだな!」抱き上げても、ルドは逃げなかった。
11歳の春、それはふとした時に起こった。最初は授業中に背中へ投げつけられた紙屑だったと思う。 退屈な歴史の授業だった。当時の戦争が、投石器=カタパルトがどうとか、という話だ。教師は戦争の歴史が好きなのだろう。黒板に楽しそうにカタパルトの絵とその原理を書いていた。
『ポスっ』 …背中に軽い衝撃が当たる。またか、と思った。振り返ることはしない。振り返れば連中は喜ぶからだ。足元に転がった紙屑へ視線だけを落とす。丸められた紙。一個、二個、三個、足元に紙屑が転がっていく。
僕は幼いころから勉強は出来ていた。勉強が出来るだけの友達がいない、一人のやつなんて彼らからすると、ちょっかいを出すにはちょうどいい相手だろう。たまたま前の席にそんなやつがいたから、カタパルトの練習を始めたわけだ。30人クラスで窓際、前から2番目の席なんて教師の視界の外。何をしててもされても目立たない。自分の趣味を楽しそうに語っている教師なら、なおさら何も気付かない。そんな場所で起こる、ありふれた嫌がらせ。そのはずだった。
けれど今日の紙屑は、どこかおかしかった。何個目だろう。一個、二個?まるでかじられたリンゴみたいに欠けていた。わざわざ誰かが破って尖らせて投げたのだろうか。そう思った。その時はそれだけだった。
「なんかさ、変なんだ」その日の夕方、親友のルドには伝えることにした。
『にゃーご』
「そうか!じゃねぇよ」その時の僕はまだ笑えていた。
『ゴミ箱がいるぜ』
連中は僕が『おかしい』ことに気付くのが早かった。彼らの持つちょっかいを出しやすいプロファイルの僕の欄にもう一項目<変な奴—ゴミ箱—>が追加された。
『ゴミ捨てといてやるよ』
数週間後、投げつけられたものは本当のゴミだった。バナナの皮だったような気がする。正直よく覚えていないし分からない。ただ、その頃には僕は『僕がおかしい』ことを確信していた。僕に向かって投げられたものは、届く前に少しずつ欠けていく。見えない何かに食べられるみたいに。角から。端から。存在そのものが削り取られて消えていくのだ。
『おーいゴミ野郎』
いじめ、というには地味なものだった。ひょっとして、まだいじめと思わないようにしていただけなのかもしれない。でもいつしか、僕は考えるようになった。僕に現れた——というよりは憑りつかれた、という感覚が近い——能力は、『自分に触れるものを消す』だった。じゃあ消えていくゴミはどこに行くんだろう?跡形もないゴミは僕の中に入り込んでいっているのだろうか。自分がゴミになっていくような気がして、ゴミ箱に臭いが残るように、少しずつ僕の心に澱が溜まっていく。少しずつ少しずつ澱は濁りに変わり僕の心に広がっていく。
『にゃ?』後ろから抱きしめられてルドは困っているようだった。
「ごめん、ちょっとだけこのままでいさせてよ」
「僕も猫になれたらいいのに」
「きっといつか終わる」願いながら季節は進み、小学校の最後の冬がきた。 もう少しだ。
『にゃーにゃー?』裏門の隅で座っていると、ルドが近づいてきた。
「心配してくれたのか?……あれ?」
「お前の左脚、前より白くなってない?」降った雪がついたのかと思った。でも違う。前より歩きにくそうにしている。ぞっとした。良くない病気なんじゃないか。そう思って無意識につかんだ門の石段は、そのまま消えて欠けてしまっていた。そのままバランスを崩して倒れ、かけた石段に付いた手形が僕のものであることに愕然とした。
「力が…溢れた」僕は自分がまた得体のしれない化け物に近づいた気がした。
ルドが心配そうに近付いてくる。だけど僕はすぐには抱き上げることができなかった。もし触れたらその瞬間、消えてしまうんじゃないかと思ったからだ。
「ゴミ収集車」「ゴミ捨て場」「これ頼むぜ」
小学校卒業はゴールではなく。新たなスタートだった。中学に上がるころ、僕の力はいつともなく、突然暴走するようになっていた。立ち上がろうとすると、椅子が欠け、学校の階段の手すりが折れるように消えることもあった。やつらは面白がり、新たな方法を考え付いたようだ。僕の机はゴミの山になり、悪臭を放つようになった。
練習には困らなかったから、何度も何度もゴミを消そうとするうちに、そのうちに自分の思うようにものを消せるようになった。そうなると、あいつらの行為が、実は僕に何の害もないことに気付く。なら、むかつくけど放っておこう、そのうち僕はそう思うようになっていた。
だけど、いじめが効かないと悟ったやつらの行動は限られるらしい。諦めるか、もっとエスカレートさせるか。しばらく諦めていたと思われたやつらは結局後者を選んだ。
梅雨に入りかけた6月のある朝、僕は日課の机の掃除のため無人の教室に入った。窓際の前から2番目が今も僕の机だ。最近は何も起こらないので、昨日のままのきれいな机だった。ほっとしてそのまま机に座ると、後ろのドアが乱暴に開かれる音がした。
「おい、ゴミ箱!』
久しぶりに聞いたフレーズだ。何の感想もない。この声誰だっけ? だけど、振り返って目に飛び込んできた黒いものを、僕は生涯忘れない。
………!?…ルド!?
だめだ!!!!!!! もう遅かった『ギャッ!!!』。振り返った僕の顔に飛んできたルドは、僕の見開いた目の前で、鼻先から順々にレーザーで切り取ったような断面を見せながら、粉々に砕け、溶け、チリになって消えてしまった。一瞬の悲鳴の後、ぼとっと落ちて残された彼の前脚を見た。
拾い上げた前脚の黒い根元から先へ広がる白い模様が、この前脚がルドであることを確信させる。
「ハハハハハ!!やったな?お前、生き物も殺せるんじゃないか!」何か叫んでいるが、もう僕には聞こえない。僕の中で何かが切れて弾けた。
『ごめん、ごめんルド。こんな。…こんなつもり……あ、ああ、ああああああああああぁぁぁっぁぁっぁ!!!!!』 瞬間、一瞬の静寂の後に僕のいた教室は、この世から消えた。
夏の日に、スプーンでくりぬいたスイカみたいに出来たクレーターの底に叩きつけられ、僕は誰かの叫びを聞く。
「だ、だ誰か!ぉ、お、俺の腕、うでぇぇぇ!!」
「うるさいなぁ。腕が無いくらいなんだってんだよ。ルドは腕しかないんだぞ。」
いつの間にか、しとしとと降りだしていた雨に打たれながら、僕は暗い意識の澱に落ちていった。
第一話読了ありがとうございます。
第一話暗いですねぇ。なるべく明るくさせたかったのですが無理でした。笑
金土日に更新の予定でしたが、総字数の関係で25話までは毎日更新してます。
挿絵はAIに作ってもらってます。同じ名義でみてみんにアップしてますので、ネタバレに注意しながら見てみてください。一日あたりの作成制限があるので、後から追加されることもあります。御容赦くださいませ。
画像の男の子、なんで剣なんて持っているんでしょう?最終話の挿絵を作ってもらった後に1話のイラスト作ってもらったら、最終話イメージを引っ張ってしまったみたいです。ということで、最終話は出来ていますので、そこまで何話になるか分かりませんが、お付き合いください。最終話のイラストは凄くいい出来でしたので、皆様の目に触れられるよう、そこまでたどり着けるように頑張ります。




