Box.13 Interlude~side Kanae Vol.1~
何だかすごいものをみた気がして、皆落ち着かなくなったから勉強会は解散になった。寮に帰ってシャワーを浴び、湯船にダイブ。「あー生き返るわー」私はお風呂が好きだ。
私の名前は高崎叶。マイカさんからクラス、というか学年代表に指名されている。学級委員長みたいなものだ。私よりすごい子はいっぱいいるけど『あんたしかいないでしょ?』と言われたのは今となっては妥当に思える。というか私以外では無理だ、このクラス。
お気に入りの入浴剤を多めに投入。口で泡をぶくぶくとさせながら考える。
単細胞のルカ、朴念仁の大和。彼らは自分が強くなりたいタイプだ。
編音や梓、巧は能力が高次元すぎて、自分で思うことを出来てしまうから、他人の苦労をイメージしにくいだろう。
隼翔がクラスをまとめる?ふふ、ありえない。
プリヤがまとめるクラスは楽しいだろうけど…楽しいだけだわ。
楊は責任感、という意味では心もとない。
リブは…暴力で支配することは出来そうね。
考えてみても結局、私が適任だ。というわけで、もう3年以上学年の代表をしている。
湯船の中で頭を洗い、そのままお湯の中へ沈んで泡を洗い流す。頭の中まで洗っているようで、この瞬間が大好きだ。
私の能力は—Transfer—相手の傷を自分に取り込んで移し替えることができる。あくまでそれは非常事態に使う方法で、普通は何かの材料を変換して傷を埋めたり、補填する。はんだごてや虫歯の詰め物のようなイメージだ。(血管や神経は勝手に形成されていく。多分私の体の遺伝情報なんかを参考に、能力が自動的に形作っているのだと思う)非常事態ではその材料を自分の体から提供しているだけ。リブみたいに髪とか自分に影響のない部分を材料にできれば良いんだけど、私の場合は相手と同じパーツを失ってしまう。これが傷を自分の体に移している、と認知されてるし、自分でもそう思っている理由だ。普通の方法は時間がかかるから、あまり使う機会はない。逆に時間をかければ、ほぼ完璧に直せるし、治せる。
湯船の近くの泡タイプのボディーソープを手に取り、息を吹きかける。飛んでいく白い泡。リブみたいだな、ふと思った。白くてフワフワして消えていく感じ。
私が箱庭に来たのは、10歳の時。概ねそのくらいの歳でくる子が多いけど、学年で私より古株はリブと編音、梓くらい。男子は殆ど後から入学してきた。女子の方が能力の発現が早いのかはよく分からない。
リブは私に懐いてくれている。姉妹がいなかった私はそれが嬉しかった。自分を何かに構築し直すリブの能力は、私からすると異次元だけど、『私と似てるね』と言われたときは、何となく自信がついたような気がした。
彼女は学年の誰よりも生まれが早いのだけど、一番幼い気がする。というより儚い気がする。いつかふっと消えてしまうように感じるのは、天使の羽を思わせる彼女の白髪のせいだろうか。だけど、リブが消えそうになったら、私は自分の体がなくなってでも彼女を助けるのだろう。なぜかそんな確信がある。
シャワーを浴びて、シャツを着る。髪を乾かしながら、ノートブックを開く。
<6/19金 週間レポート>を開き、この一週間にあったこと(のうちで、書けること)を思い返す。
4月に学年が上がって中学になった。同じタイミングで、バリア能力の少年——朝霧君だ——のことがミ―ディングで上がってきた。受け入れが内定した段階で、各学年の代表まで情報が下りてくる。レポートの履歴からは、結構前から箱庭は彼をマークしていたみたい。リブはいろいろな実行部隊になることも多いので、もう少し前から報告は受けているはずなんだけど、あの子は対象者の名前さえ覚えていたためしがない。きっと今回もそうだったろう。
私もついて行った、前回の隼翔のときは、どっちが搬入されているのか分からないくらい、ずっと車内で寝ていたわね。
6月になって朝霧君は私たちのクラスメートになった。ただ、直前に彼が起こした小学校爆破事件は先週末の話題をさらった結構なニュースになっていた。もう少し早く箱庭が動けていれば、彼の心の傷ももう少し小さく済んだだろうか。
月曜日。本人から聞いてはいたけれど、朝霧君がやってきてリブはいきなり『一ノ瀬リブ』になった。あなた先週まで楊の後ろで出席番号最後だったじゃない。それが、朝霧君の後ろがいい?あなたが彼にご執心なのは分かった。けど、なんでそこまで?私はあんまりピンとこない。
そんなリブから相談を受けたのは、ルカがやらかして、朝霧君が動けなくなったその日の午後のことだった。
『かなちゃん、お願いがあるの』リブは小さな声で言った。
「何?」
『これ治せる?』
「何これ?」白猫の脚?キーホルダーとかによくあるやつかな。
『死んじゃった猫の脚』『治してみて欲しい』
「え?」
後で大変だったけど、私の能力で千切れた腕を治したことぐらいはある。でも死んだものを生き返らせることはできない。剥製のような動かないものを作るのが精々に思えた。
でも、普段何事にも無沈着なリブがお願いしてくるのが嬉しかったから、
「……預かるよ。何ができるか、調べてみる」「でもどうしようもないかも、よ」
…引き受けてしまった。
『うん。分かってる。ありがとう、かなちゃん』
簡単にする約束じゃないことは分かっている。でも、リブの嬉しそうな顔を見たら、断れない。
その日、自室に帰って、保存液に受け取った脚をつけておいて、少し考えた。保存液は能力のトレーニング用にマイカさんから定期的にもらっている。
まず猫の体を構成する組成を調べて準備しないと。えっと、私が読んだ本によると、猫が5-6㎏として、こんなものね。水3L、炭素2kg、アンモニア0.4L、石灰0.15kg、リン80g、塩分25g、硝石10g、イオウ8g、フッ素0.8g、鉄0.6g、ケイ素0.3g、少量の15の元素…。
冷蔵庫の肉やわかめ、鰹節が使えそう。塩はある。硫黄は入浴剤がある。鉄はその辺の何か、でいけるのかな。あとは実家から送られてきたサプリメントを使おう。うーん、いつも思うけど、材料集めはやたらと面倒だ。今度マイカさんに治療用組成キットを作ってもらうように提案しよう。
「—Transfer—」まずは私の能力で、材料になるものを固定。素材を抽出する。
「…箱、か…」
言われてみれば、私の能力も箱に入ったものを注射しているようなものだ。保存液から出した脚に注入していく。
「リブ、朝霧君に言わずに、—Trash Box—皆に認めさせちゃったわね」
思い出すと、くすっと笑みが出る。
少しずつ脚が根元まで伸びてくる。前脚だったみたいね。どうやら思ったよりはうまくいきそう。肩の一部まで作って材料がなくなった。後は明日の買い物のあとで作業をしよう。
…うん、これは書けない。「私、クローン作ってます」って言っているようなものだ。
…今日のこと。…勉強会で朝霧君の記憶をみんなで共有して、泣きながら猫を蘇らせる方法を考えました。……これも、書けるわけがない。
「IPO売り出し時に見られた世界的一斉株高についての考察」
水曜のニュースについて。うん、これなら健全だ。私はノートパソコンに向かって、キーボードを叩き始めた。
そして机の上には、保存液の中で静かに眠る白い二本の前脚がついた体。
「……絶対、なんとかしてあげるから」
25話まで連日更新中!
5話に挿絵追加しました。




