Box.12 勉強会
月曜に最悪君にやられて以来、学校には来ていたものの食事はろくに取れず、教室の隅で横になって過ごしていた。その間、どっかの企業が株式上場したとかニュースはやってたけど、それどころではなかった。金曜日にして、漸く自分の机に復帰した。
『…おかえり』
リブは不機嫌なのか、机に突っ伏して、目線だけこっちに向ける。
「ただいま」
ここに座ったのは、先週末以来だ。思い出すと、まだ顔が赤くなる。
『漸くこっち来たのぅ。いやなんちゅうか。悪かったわ、ヒカル。これ差し入れや』
言いながらひょいひょいと10秒チャージゼリーを机に積み上げていく最悪君。どうやら<転校生>と呼ぶのはやめたらしい。なら<最悪君>もやめてあげようか。
「もういいよ。だいぶ良くなったから。確かにモヤシだったかもしれないし。えっと…?」
『…根に持っとるやんけ?』当たり前だ。
『桐生ルカや。普通、忘れんやろ』
『ほんと大変だったのよ?朝霧君、点滴の針まで消してしまって何の治療もできなかったんだから』と、前の席の委員長。針消えたのは多分オートではなく、自分でやっちゃった気がする。黙っておこう。
『もうアレ、二度とやっちゃだめよ?』
『わーっとるわい』少し笑った。教室で笑うなんて、いつぶりだろう。
「そういうのも全然知らなかったんだ、自分の能力がこんなにも勝手にいろいろ消しているんだって知らなかった。目をそらして、見てなかったんだと思う」
投げつけられるゴミなんて見たいやつはいないだろう。
『能力はトラウマから生まれることが多いからね。自分では見たくないものさ』
『でも、今の力をしっかり見つめれば、きさ…君は強くなれる』
包帯の隼翔君。今日は喉の調子が良いらしい。それにしても、後ろに立っているプリヤさんとは姉弟みたいだ。『よく言えました』だって。
『でも意外と深刻かもね。朝霧君の能力は無敵のようでも、こないだみたいに何かでやられたときに対処できない。味方の援助ももらえないかも』やられるとき……またあるの?
『あんなトンでもバリアを近くで展開されとったら、バディやと危なっかしくてあかんわ』『そうや、意識のぅなったら、発動せんようなるんかは知っときたいのぅ』
ギン!僕の席の前後の二人がルカを睨む音がした。
『本気ちゃうで?』慌てて手を振るルカ。
『意識がないときは、ヒカルのバリアは止まってるみたいだよ』リブがようやく口を開く。
『試した』
試した?あ、こっちに来た日か。リブとマイカさんが連れてきてくれたと聞いた。
『でも多分ね、バリアが寝ながら動いてる時もある』
『ヒカルが寝てるときに、後ろからつんつんして試した』『こんな感じで』
髪を手の形にして、背中とか頬を突っついてくる。ガタガタっと椅子が動く音、プリヤさんはお茶を吹き出し、むせてしまった。
『髪でつんつんしたら、髪が消えたときがあった』
これは寝込んでた、この二、三日の話だ。
「…言い方、気を付けようか。あとくすぐったいからやめて」
『あんた達、仲いいわねー』
委員長がニヤニヤとこっちを見る。
『そうだよ』
とリブ。また椅子がガタつき、プリヤさんが咳き込む。
「だから、言い方…」
ぶにぶにぶにぶに…。
―――放課後の図書室。机を四つくっつけて、ノートと参考書が積み上げる。年始の行事予定では、来週が中間テスト。もちろん異能者の学校でもテストはある。巧が言うには『中学のテスト、異様に難しいよ』ということだ。
クラス代表としては、再試なんて以ての外だ。というわけで、金曜の放課後は女子で集まって勉強会をすることにしている。
「あら、編音。来るの、珍しいね」声は毎回かけている。来たことはなかったかしら。
『マイカさんに次のテストのノルマ出されたから、たまにはねー』
先日、編音が何かをやらかしたらしいことは、ちらちらと聞いた。共犯が疑われているプリヤは、今回誘っていない。あの子がいると、みんなの勉強の調子が狂うからだ。最終的には運任せの雰囲気にしてしまい、あの子だけ高得点を取っていく。私は知っている。
なので、参加者は私とリブ(強制参加)、編音と梓だ。梓に勉強会なんて必要ないけど、私たちには必要だ。
『あら、アヤもいるなんて、珍しいね』
梓が遅れて入ってきた。
『おっすー』編音の挨拶に梓は手を挙げて応じる。この二人は意外と仲がいい。ただ、着席した編音はタブレットを開いたまま、画面の半分は明らかに別のことをしている。
『それじゃあ、何か分からなかったら、聞いてもらう感じでいい?』
そう言って梓は何かの本を読み始めた。<効率の良い生き方>?もう一冊は<壁を破る考え方>??なんて本読んでんのよ。圧倒的物量にものを言わせるような能力してるくせに!
バラバラバラバラっ。ものの30秒で一冊を読み終わった。というか記憶したようだ。…でも決して羨ましいわけではない。
梓の能力は—Eternal—絶対記憶能力だ。見たもの聞いたものの完全記憶。そこから出力される情報は勉強や試験といった決まったパターンのトレースでは無敵に近い。百科辞典に質問するようなものだ。(そしてきっと梓は辞典も覚えている)だけど、ハヤトの言葉を借りるなら、彼女のトラウマは幼少期の病気だ。幼いころに失明しかけたらしい。今も後遺症で眼鏡が手放せない。思うに失明する恐怖や、見えなくなる前に覚えておきたい、とあまりに強く願った反動で<見たものを全部覚える能力>が発現したんだろう。どれほどの感情がそこにあったのか考えると、決して羨ましいなんて言葉では片づけられない。
「それでいいわ」
『かなちゃんは偉いよね、ノート綺麗だし』リブがペンを髪で回しながら言う。
「…一応、代表だから」
私は医者になりたい。私の能力—Transfer—はそれ以外に使い道が分からない。不便な能力だ。他人の傷を引き受ける能力は、必然自分が犠牲になることを求められる。仮にDrでなくDJになったとして、他人から刺青を移してもらっても意味を感じない。やはり困った人を助けるために力を使いたい。
「勉強頑張らないと、ね」そう言いながら、リブのノートを覗き込んで固まる。
「リブ、これ……ノートじゃなくて、お絵描きじゃない」
ノートの隅に犬?猫?の落書きが大量にある。
『猫だよ』上手く描けてるでしょ、って感じで見上げてくる。
ダメだ。この子が最後尾だから、授業中だれも落書きしていることに気付かないんだ。
『自由だねー』
編音がタブレットから目を離さずに突っ込む。
『アヤも人のこと言えなくない?完全にゲームしてるよね』
『……バレてた。アズもやる?』『やらない』
編音と梓はお互いを<アヤ>、<アズ>と呼ぶ。
梓は文字通り歩く百科事典。編音はその気になればAIに勉強なんて全振りできるし、常に家庭教師が横にいるのも同じ。リブも地頭が悪いわけではない。ぽーっとしているようで、物事の核心を掴むことがとてもうまい。—Particle—がいろんな原子や元素の核を統合する能力だからだろうか。全くこの連中から脳みそを私に移してやろうかしら。
一時間ほど、梓に分からないことを聞きながら各々真面目に勉強した後、編音の提案で取ったピザを食べながら(おごってくれるから文句は言えないけど、いつもピザだ)、リブが口を開く。
『ねぇかなちゃん、月曜日に言ったこと覚えてる?』
「あー、あの白い前脚のこと?」
『そう。どうだった?』
「んー。言われたときはどうなることかと思って、意外とどうにかなってるんだけど、でも大丈夫?」
『何が?』
「そのまま完成しちゃっても、まるで別の何かになっちゃうわよ?」
『なんで?』
「いや、だって分かるでしょ。きっと頭の中、空っぽよ?」
『何なに?面白そうな話』編音が食いついてきた。
「言っていいのかな?」言い出したのはリブだけど。
『んーとね。拾った猫の脚をかなちゃんに直してもらおうと思って』
言っていいんだ。
『え、それって脚から体側を再生するってこと?出来るの、そんなこと?』
「それが、粘土こねてるみたいで、意外とうまくいきそうなのよね。体はね」
「あとは心臓が動けば何とかなりそうな感じ。」
『え、え、すご。』
『でも再生した体と脳に記憶がないから、元の猫にもならないし、何なら生命反応が出ないってことでしょ?脳死と同じような感じ?いや生きるためのデータが元々無い感じか』
梓が口をはさむ。月曜から4日かけた私と同じ意見だけど、梓にはたったこれだけの情報で一瞬にしてたどり着かれた。
『それ、解決できるかも?』梓は続ける。
「できるの?」
『えっと説明が難しいけど、私の中の記憶って、箱みたいなイメージなの。それこそヒカル君のBoxね。それがいろいろと複雑につながっている感じ。紐でつながってたり、パズルゲームみたいなブロックだったり』
『…箱』リブが反応する。
『だから誰か…飼い主ぐらいから、その猫の記憶の箱をコピーして移植することが出来れば、それらしくなるんじゃない?さすがに人でそれをするのは情報量が少なすぎると思うけど、猫ぐらいなら。少なくともその飼い主の記憶通りの猫が出来そう』
「なるほど」
『飼い主…ヒカルの記憶』『…あるよ』
『ヒカル君の猫なのねー。って、記憶あるんだ!?』編音がオーバーに叫ぶ。
「何か記録を見たの?」
『…そんな感じ』
リブには色々他人に言っちゃいけない機密事項があるので、これもそうなんだろう。
『なら方法はこう』梓は少々のことでは動じない。
『少し想像が入るけど…アヤの—Resonance—でリブと私をつないで記憶の箱を受け取る。その中から必要な情報を取り出して、その猫に渡す。生きてる時の記憶をコピーするから、生きるためのデータもコピーできるはず』
『カナエ、―Resonance―の人と人との接続は、私と手をつなげば出来るよん。だからOK』
「わかった。でもその最後の猫に渡すってのは、誰がどうやるの?」
『反応するかはやってみないと分からないけど、私の—Eternal—なら私の知っている記憶を受け渡せる』
『どう、リブ?』『やる?』
『問題は接続を中継する私もアヤも全部、情報を共有しちゃうことだけど、いい?』
『…いいよ。やろ?』『でもかなちゃんにも伝えてあげて』
『わかった』
『かなえもいい?』
「断る理由はないわ」
私だけでは解決できなかったから。
『じゃあ、女子たち~、私の手を握るんだ!』
リブが編音の右手、梓が左手を握る。
『リブは送りたい記憶をイメージして』
『やってる』
『お、お、お、来たキタきた~』『そのまま送るよ~』
『はいはい』
数秒後、通信が終わった。え、梓が泣いてる。編音なんか大泣きだ。
『不覚。ちょっと、この記憶、本当?』『よく壊れてないわね、彼』
『ヒカルぅぅ、しんどかったんだねぇぇぇ』『いいやつじゃん、あいつー』
『この記憶を処理して移植すればいいけど…叶、見る?正直おすすめしない。しっかりトリミングはするつもりだけど、このまま移植したら、得体のしれない化け物が生まれると思うくらいにはヤバい。』
「見る」
「その子を作るのは私だから、元のその子を知っておきたい」
リブが朝霧君に執着する理由にも興味がある。
『しんどかったらアップロードした記憶、キャンセルできるから言ってね』
「わかった。でも全部見て決める。」
『そう…じゃあいくよ。—Eternal—』梓は私の額に指をあてて唱えた。
炸裂した閃光の中から、何か闇そのもののようなものが垂れ込んでくる。これはルドの記憶であり、朝霧君のトラウマそのものだ。何年ものいじめの記憶と葛藤、ルドとの出会い、喜び、覚悟、そして…死…。
「っぷはぁ!なにこれ、きっつ。お腹いっぱい」…私もいつの間にか泣いていた。
頭が割れそう。この記憶、リブも持っているのよね。
『みんな大丈夫?』そう言うリブも泣きそうな顔をしている。
『ヒカル、辛かったんだよ』
『だから、この子を助けてあげなきゃって思ったんだ』
これは確かにルドの記憶を形成するものだった。だけどそれは、元来朗らかで優しい少年が、分不相応な全てを拒絶するような能力に目覚めてしまい、虚無のような感情の中で、自らが親友の死因となってしまった…彼の記憶。
「リブ、あんたが彼に惹かれる理由が分かった気がしたわ」
でもこれで、ルドは蘇生できるかもしれない。
25話まで連日更新中!
挿絵は過去話でも追加しました。1話、2話、10話と次の13話です。
※改行修整してなかったので、直しました。




