第6話「逆転の極光」
死の爪が、無慈悲に振り下ろされる。
春菜は市街地の瓦礫の中で、狡猾な新型デリーパーの巨躯に完全に押し潰されていた。
肋骨が軋み、肺から酸素が強制的に絞り出される。
視界が暗転しかけた、その時――。
「――お姉ちゃんッ!!」
戦場の喧騒を劈く、悲痛な絶叫。
獲物の息の根を止めようとしていた異形の獣が、その声に反応し、僅かに動きを止める。
血の滲む視界の先。粉塵を突き破り、小さな影が駆け込んできた。
恐怖に足をもつれさせながら、それでも真っ直ぐに、彼女の元へ。
「……逃げろって、言った、でしょ……ッ」
春菜は呻くように拒絶した。だが、圭は逃げない。
死の気配に全身を震わせながらも、彼は春菜の血に汚れた手を、両手で強く、強く握りしめた。
「……一人にするのは、もう嫌だ」
その瞬間。
二人の重なり合った手から、網膜を灼くような極光が爆発した。
「な、何が起きたッ!?」
ムラクモ本部、指令室。
防衛省上層部の官僚が、悲鳴のような声を上げた。
壁面を埋め尽くす大型モニターが、強烈な光の奔流によって完全にホワイトアウトしていた。
「警告! 現地座標のエネルギー値、計測不能! 観測限界を突破しています!」
オペレーターの絶叫が響く中、山本元信はモニターを凝視したまま凍り付いていた。
「嘘だろ……。何なんだよ、一体……!?」
福留未来も、そして司令官の立浪でさえも、驚愕に言葉を失っている。
誰も予想し得なかった異常事態。
上層部の怒号は掻き消え、指令室は恐怖にも似た沈黙に支配された。
戦場を覆い尽くした光の中。
春菜の意識の海に、無機質なシステムログが刻み込まれる。
Warning: Master Vital Status - Critical
Initiating: Avalon Protocol / Forced Booting
Accessing: Core Linkage... Synchronization Rate: 100%
Materializing: Arthur-Core / Calibration: Completed
Output: Max / Designated Armament: Excalibur
高圧蒸気が吹き荒れ、圧縮された光の粒子が少女の体を包み込む。
光が晴れたその中心に、白銀の装甲を纏った姿が顕現した。
茶髪が鮮やかな金髪となり、舞い踊り、大きな青いリボンが激しく翻る。
背部のスラスターが吐き出す苛烈な熱風を受け、黄金の奔流は生き物のように激しく、そして息を呑むほど美しく戦場の空に舞い踊る。
青い瞳とリボン、そして金髪が描く鮮烈な対比は、血生臭い戦場においてなお、神々しいまでの輝きを放っていた。
その右手には、黄金の意匠を纏った幅広の刀身を持つ光の聖剣が、既に固く握り締められていた。
「……グル、ルァァァッ!!」
新型デリーパーが、本能的な死の恐怖を振り払うかのように、巨大な爪を叩きつける。
だが、春菜は視線すら向けず、左手を掲げた。
ガントレットから展開された青白い障壁――「ビームシールド」が、鋼鉄の爪を容易く弾き飛ばす。
「……群れるしか脳がないのね」
地上を埋め尽くす65体にも及ぶ小型・中型デリーパーが、獲物を屠らんと全方位から殺到する。
だが、春菜の反応速度はそれらを遥かに凌駕していた。
瞬時に前面へかざしたビームシールドが、先陣を切った異形の群れや、降り注ぐ数十条の光線を波紋のように容易く弾き飛ばす。
防御から反撃への移行は、瞬きする間もなかった。
春菜は背部のスラスターを起動し、「光の翼」を最大展開する。
超高速の飛翔。
重力を置き去りにして空へと舞い上がると同時に、空間を灼く極光の翼から無数の粒子が鋭利な刃へと結晶化し、豪雨となって射出された。
逃げ場を失った小中型の群れは、断末魔すら上げられず光の雨に呑み込まれ、一瞬にして塵へと還っていく。
残るは、新型を含む大型3体。
春菜は空中で流れるような動作を見せ、背部左ウェポンラックに手を伸ばした。 格納されていた「高エネルギービーム砲」を前方に展開。
クランクアームを引き出し、マニピュレーターでしっかりとグリップを保持する。
「消えなさい」
引き金を引くと同時に、極太の閃光が放たれた。 圧倒的な熱量が射線を支配し、盾となっていた崩落ビルごと、大型2体の巨躯を跡形もなく蒸発させる。
最後に残った狡猾な新型が、絶望に顔を歪め、死の爪を振り下ろそうと天に向かって咆哮した。
「――これで、終わり」
春菜は上空から一直線に降下した。
右手に顕現していた極光の聖剣の柄に左手を添え、両手で上段に構える。
極光を纏い、身の丈を超える威容となった黄金の聖剣が絶対的な光の断層を描く。
一閃。
防御すら許さない究極の斬撃が、新型デリーパーをその巨躯ごと一刀両断した。
空間ごと異形を切り裂いたその光の波は、地平の彼方まで一直線に伸び、市街地を支配していた絶望を完全に焼き払った。
爆炎を背に、春菜が静かに着地する。
モニター越しにその蹂躙劇を見届けた指令室の面々は、もう一言も発することができなかった。
「――馬鹿な。たった一人で……これほどの戦果を、一瞬のうちに?」
自衛隊の指令室。
モニターを凝視する防衛省幹部が、椅子から立ち上がり、震える声で呻いた。
「小型・中型合わせて65体。さらには新型を含む大型3体……。これを自衛隊の普通科部隊が相手にすれば、戦車部隊を含む一個師団を投入し、膨大な犠牲と数時間の死闘を覚悟しなければならん軍事脅威だぞッ!」
それをたった数分の蹂躙で終わらせたのだ。
近代兵器が束になっても届かない未知の力を前に、指令室の面々は、ただ恐怖にも似た驚愕に呑み込まれていた。
一方、ムラクモ本部の指令室。 こちらもまた、完全な沈黙に支配されていた。
「……ハッ、冗談キツイぜ。これが……」
山本が、引きつった笑いを浮かべながら額の汗を拭う。
「ええ。私たちの想像を、遥かに超えているわ……」
福留もまた、限界値を突破したままのバイタルデータを見つめ、呆然と呟いた。
司令官の立浪は無言だった。
だが、モニターに映る白銀の装甲を見つめるその眼差しには、戦果への安堵と、人知を超えた力への底知れぬ戦慄が入り混じっていた。
直後。
15分の限界を告げる電子音が鳴り、白銀の装甲が光の粒子となって霧散する。
限界を迎え、気を失って倒れ込む圭。
元の姿に戻った春菜は、痛む体でその小さな体を抱きとめた。
「……本当に、世話が焼けるわね」
弟の面影と、目の前の少年の温もり。
複雑な感情を抱きながら、春菜は静かに目を閉じた。




