第3話「極光に舞う戦姫」
死の静寂が、地下施設を支配しようとしていた。
床に広がる鮮血。
その中心で、春菜の命の灯火が今にも消えようとしている。
貫かれた脇腹。浅い呼吸。
それでも、彼女の指先は震えながら、隣に座り込む少年の足元へと伸ばされた。
「……に、げて……」
それは、自分を殺そうとする異形に向けた言葉ではない。
ただ一人、遺される少年の明日を願う、悲痛なまでの断絶の祈り。
だが、その祈りが、少年の魂に突き立てられた楔を、完膚なきまでに粉砕したッ!
感情を知らぬはずの少年の瞳。そこから、堰を切ったように涙が溢れ出す。
自分を救うために。自分を外へ連れ出すために。
目の前で散ろうとしている、たった一つの温もり。
それを失うことへの、原初的な、剥き出しの恐怖と憤怒。
「嫌、だ……死なないで、お姉ちゃんッ!!」
少年の絶叫。
刹那、絶望に塗り潰されたはずの舞台は、全てを拒絶する圧倒的な極光に包まれたッ!
少年の肉体が粒子へと変換され、春菜の傷口を埋めるように彼女を包み込む。
その意識の海に、無機質にして絶対的な福音が刻み込まれた。
Warning: Master Vital Status - Critical
Initiating: Avalon Protocol / Forced Booting
Accessing: Core Linkage... Synchronization Rate: 100%
Materializing: Arthur-Core / Calibration: Completed
Output: Max / Designated Armament: Excalibur
高圧蒸気の噴出音が、空間を震撼させる。
春菜の周囲に、幾何学的な光の円環――ホログラフィックUIが嵐のように展開された。 重厚な金属の駆動音。プラズマの火花。
純白の光を突き破り、そこに降臨したのは、神々しいまでの美しさを誇る戦姫であったッ!
白銀の装甲が、少女のしなやかな四肢を保護し、群青の輝きがその輪郭を彩る。
首元のファーと、腰から翻るドレス状の装甲布が、彼女に王としての威厳を授ける。 背後に展開された巨大なメカニカル・スラスター。
そこから噴き出す赤と黒のエネルギーが、空間を歪ませ、大気を加熱する。
純白の極光を裂いて、茶色の髪が鮮やかな金色の髪となり、眩い奔流となって舞い踊るッ!
亡き弟が愛した大振りの青いリボン。
それがスラスターから放たれる熱風に激しく翻り、冷徹な白銀の装甲との間に、息を呑むほど劇的な色彩のコントラストを描き出した。
手にするのは、黄金の意匠を纏った、身の丈に迫る光の聖剣。
春菜はゆっくりと、死の淵から立ち上がった。
その青い瞳には、もはや一滴の弱さもない。
「……終わらせる」
蹂躙の幕が上がる。
周囲を包囲するデリーパーの大群。
そして、殺戮特化型守護機甲・ガーディアン。
本来であれば、自衛隊の一個師団が戦車部隊を投入し、数千の発砲と膨大な犠牲を払い、数時間をかけてようやく封じ込めることができるかどうかという、絶望的な軍事脅威。
だが、 今の春菜にとっては、それは単なる塵芥の集まりに過ぎなかった。
踏み込み。
爆縮。
異常な反応速度が、聖装の超出力とリンクし、彼女を光速の断層へと変える。
一閃。
大剣の一振りが、ガーディアンの分厚い装甲を、バターのように容易く両断したッ!
止まらない。
春菜は光の軌跡を残しながら、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。
脳内で的確に弱点と軌道をナビゲートする、少年の導き。
それに従い、彼女が剣を振るうたびに、十、二十というデリーパーが塵芥となって消滅していく。
圧倒的。
無慈悲。
完全なる破壊の演舞ッ!
その時。 施設の奥から、さらなる絶望――増援の大型デリーパーが数体、壁を突き破って乱入してくる。
戦場は完全な包囲網へと塗り替えられた。
だが、少女は冷たく、ただその剣を天へと掲げる。
「お姉ちゃん、全力でいくよ」
脳内に響く、少年の確かな導き。
「ええ。……すべて、消し去る」
聖装の出力が、臨界を突破する。
黄金の剣身から、地上を飲み込むほどの膨大な光が溢れ出した。
もはや、それは剣ではない。神の審判を告げる光の柱である。
「――ッ!!」
春菜が剣を振り下ろす。
刹那、極光の波が射線上のすべてを飲み込んだ。
大型デリーパーの大群も。ガーディアンの残骸も。
そして、数千トンの土砂を支える巨大な地下施設の構造体そのものまでもが、音もなく、光の奔流によって分子レベルで分解され、塵へと帰していく。
圧倒的。
無慈悲。
神話的。
ものの数分。
光が収まった時、そこにはもはや施設すら存在しなかった。文字通り更地。
動くものは、もはや何一つない。 完全なる、勝利ッ!
ただ、天まで続く巨大な縦穴と、夜空の月光が、少女を照らしているのみ。
「――警告。活動限界時間、到達」
視界に赤く点滅する「LIMIT: 00:00:00」。
直後、全身を覆っていた装甲が霧散し、武装が強制解除される。
それと同時に、全身の細胞が内側から灼き切られるような、理不尽なまでの反動が、彼女の意識を容赦なく刈り取った。
「あ、が……っ……」
膝が折れる。
朦朧とする視界の中で、元の姿に戻った少年が、力尽きたように隣へ倒れ込むのが見えた。 春菜は最後、震える手で、少年の小さな手を握りしめる。
(よかった……空、見えるわよ……)
その確かな体温を感じながら、彼女の意識は、底のない深い闇へと沈んでいった。
血と鋼鉄の夜は、こうして静かに幕を閉じる。
少女の命が繋がった、その代償の重さをまだ知らぬままに――。




