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極光の聖装戦姫  作者: スーチカー
第3章
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第1話「幻影」

 無音。

 どこまでも、どこまでも続く名もなき花の海。

 圭は、いつか見たその夢の景色の中に再び一人で立ち尽くしていた。

 空は透き通るような青。

 雲一つない陽光の中に、はるか遠く、光り輝く王のシルエットが立っている。

 これまで、その幻影はただ静かに佇み、圭を見守るだけの存在であった。

 だが、今回は違った。

 いつもは沈黙していた光の王が、初めて明確な言葉を発したのだ。

「――君の往く道は、誰が為にあるか」

 冷徹で、感情の抜け落ちた絶対者の問いかけ。

 その言葉は、圭の魂の最も脆い部分を容赦なく抉り取った。

 自らの存在価値の消失。

 それこそが生まれた時から名前を持たなかった少年が抱く、最も根源的で最大の恐れである。

「あ、ぁ……っ」

 息ができない。

 圧倒的な不安と息苦しさに喉を掻き毟りながら、圭はベッドから跳ね起きた。

 全身は冷や汗で濡れ、心臓が早鐘のように打ち鳴らされている。

 暗い部屋の中で、自分の荒い呼吸の音だけが不気味に響いていた。

(僕は……誰のために、ここにいるの……?)

 その問いに答えてくれる者は存在しなかった。


 同時刻。

 薄暗い自室のベッドで藤浦春菜もまた、荒い呼吸と共に目を覚ましていた。

 彼女を苛むのは凄惨な過去の亡霊。

 十五歳の時、両親と弟がデリーパーの襲撃に巻き込まれ、惨殺されたあの日のトラウマだ。

「お姉ちゃん、見てよ! 俺って、やっぱり天才だからッ!」

 夢の中の弟は、あの日と同じように、不格好なケチャップの星が描かれたオムライスを前にして笑っていた。

 だが、次の瞬間には、その笑顔も、食卓も、すべてが業火に包まれ、ドロドロに溶け落ちていく。

「……ハァ、ハァ……。また、あの夢……」

 春菜は額の汗を拭い、震える手でシーツを握りしめた。

「戦災」有原との戦い、そして「風災」風間との死闘を経て、彼女の力は飛躍的に向上した。

 しかし、力が強くなればなるほど、失うことへの恐怖もまた増幅していく。

 弟を救えなかったあの日。

 その後悔が今、目の前にいる圭という存在に重なり、彼女の心を焦らせていた。

「大丈夫……今度は、絶対に守り抜く。何があっても」

 自分に言い聞かせるように呟き、春菜は夜明け前の空を見上げた。


 ムラクモ本部の食堂。

「はい、圭。野菜もしっかり食べなきゃダメよ。あと、このスープも栄養があるから全部飲んでね」

 朝食の時間、春菜は圭の皿に次々と料理を取り分けていた。

 その仕草はまるで割れ物を扱うかのように丁寧で、献身的だ。

「圭、寝癖がついてるわよ。ほら、こっち向いて。ご飯もちゃんと噛んで食べなさい」

「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん」

 過保護なまでに世話を焼く春菜。

 以前の彼なら、この優しさをただ純粋に「あたたかい」と感じていただろう。

 だが、自我が芽生え、感情を理解し始めた今の彼には、春菜の瞳の奥に潜む「何か」が見えてしまっていた。

 春菜が自分を見る時、その瞳は確かに自分を映している。

 だが、同時にその焦点は自分の背後にいる「誰か」を必死に追いかけているようにも見えるのだ。



(お姉ちゃんは……僕を見てくれているのだろうか?お姉ちゃんが守りたいのは、僕なの? それとも……)

「圭、どうしたの? 手が止まってるわよ」

「……ううん、なんでもない。美味しいよ」

 圭は無理に笑顔を作り、自分の心に兆した影を押し殺した。

 自分が一人の人間として愛されているのか。

 それとも、失った弟の欠落を埋めるための身代わりに過ぎないのか。

 一度芽生えたその疑念は、朝の光の中でも消えることはなかった。

 その時、本部内に不快なアラート音が鳴り響いた。

「緊急警報。東京都心部にデリーパーの反応。付近の市民は避難を開始してください。極光の戦姫、出撃準備」

 静寂を切り裂く、森野あかりの凛とした声。

 春菜の表情が一瞬で戦士のものへと切り替わる。

「行くわよ、圭。準備はいい?」

「うん。……行こう」

 二人は席を立ち、出撃ゲートへと走り出した。


 戦場となったのは、オフィスビルが立ち並ぶ市街地の一角であった。

 アスファルトを食い破り、地下から這い出してきたデリーパーの群れが、逃げ遅れた車両を次々と破壊していく。

 だが、空から降り立った白銀の戦姫にかつての危うさは微塵もなかった。

「……蹂躙するわ。一匹残らずッ!」

 神々しい白銀の装甲。 鮮やかな金髪をたなびかせ、青い瞳に宿る絶対的な殺意。

 春菜は背部の光の翼を展開し、黄金の聖剣(エクスカリバー)を力強く構えた。

「お姉ちゃん、敵の包囲網が展開される! 右から五体、左のビルの陰から三体! さらに上空から数十の増援ッ!」

「見えているわ!」

 脳内に響く圭の完璧なナビゲート。

 そして、その導きにコンマ数秒の狂いもなく応える春菜の極限の反応速度!

 踏み込み、一閃。

黄金の聖剣(エクスカリバー)が、空間を断ち割りながら先陣のデリーパーの装甲を紙切れのように両断していく。

 かつてのように力任せに剣を振るう姿はそこにはない。

 洗練され、無駄を削ぎ落とした芸術的なまでの殺戮の演舞。

「ガ、ギィ……ッ!?」

 残った敵が、数の暴力で春菜を押し潰そうと四方から殺到する。

 だが、春菜は冷徹にその動きを見切っていた。

「邪魔よッ!」

 春菜は空中で流れるような動作を見せ、背部左ウェポンラックに手を伸ばした。

 二つに折りたたまれて格納されていた高エネルギービーム砲を瞬時に展開。

 マウント部のクランクアームを引き出し、マニピュレーターでグリップを固く保持し、引き金を引く!

「フルバースト!」

 放たれる極太の閃光!

 圧倒的な火力が射線を完全に支配し、ビル陰に潜む群れをコンクリートの壁ごと跡形もなく蒸発させる!

 止まらない。

 戦姫の蹂躙は、さらに苛烈に加速する。

 春菜は背部のレーザー推進システム光の翼を最大展開する。

 赤色の量子被膜が激しく明滅し、展開したエネルギー翼から無数の粒子が鋭利な刃状へと結晶化する。

 それは、広範囲を無慈悲に刈り取る死の散弾。

「消えなさいッ!」

 豪雨の如く射出された無数の光の刃が、空を埋め尽くすデリーパーの大群を次々と貫き、瞬く間に爆散させていく!

「お姉ちゃん、残りは右のビルの陰に二体! 演算上の死角はなし!」

「分かったわ!」

 春菜は光の翼を点火し、残像を残すほどの超高速で肉薄する。

 剣撃、そして至近距離からの零距離射撃。

 ものの数分。

 街を恐怖に陥れていた異形の群れは、ただの一度も春菜に触れることすら叶わず、完全なる塵芥へと成り果てていた。

 逃げ場など、とうの昔に失われているッ!

 あるのは絶対の死、あるいは完全なる蹂躙のみ!


「す、すごい……!」

 ムラクモ本部の指令室でモニターを凝視していた森野あかりが、感嘆の声を上げる。

「毎日の立浪司令との特訓のおかげで、春菜ちゃんの剣の使い方が見違えるほど上手くなってる!」

 その言葉に頷きつつ、福留未来が手元のタブレットで戦闘データを高速で解析する。

「ええ。それに、稼働時間が明らかに伸びているわね。推測だけど、今は約三十分は戦えるはずよ」

 十五分という絶対の壁を打ち破った極光の戦姫。

 だが、福留はすぐさま表情を引き締め、真剣な声で釘を刺した。

「ただし、油断は禁物よ。風災にとどめを刺したあの技――光の翼の残像とあの連撃は、身体への影響が大きいみたい。あれはあくまで切り札。乱用は禁物よ」

 専門的な会話が交わされる中、司令官・立浪仁紀はモニターに映る春菜と圭の姿をじっと見つめていた。

 戦術的な強さは申し分ない。だが、彼の鋭い眼光は二人の間に流れる微かな違和感を捉えていた。


「……掃討完了。怪我はない、圭?」

 戦い終えた春菜が、圭の元へ駆け寄り、その細い肩を抱きしめた。

 装甲を解除した彼女の腕の温もりは、夢で見たあの大火災とは対照的に穏やかで優しい。

「……うん。お姉ちゃんも、怪我なくてよかった」

 圭はその腕の中に身を預けながら、空を見上げた。

 雲一つない空はどこまでも晴れ渡っている。

 けれど、圭の心の中には、依然として霧のような不安が立ち込めていた。

(お姉ちゃんが抱きしめているのは、本当に僕なのかな……)

 力強く、そして温かい、大好きな人。

 だが、その過保護な愛情が、果たして自分自身に向けられたものなのか。

 夢で見た王の幻影の言葉が脳裏をよぎる。

「君の往く道は、誰が為にあるか」

 春菜の過剰なまでの優しさに触れるたび、圭は自らの存在が希薄になっていくような錯覚に陥る。

 強くなった力。伸びた活動時間。

 少年の心に生じた暗く切ないすれ違いの影は静かに、けれど確実に彼の胸を締め付け始めていた。

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