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極光の聖装戦姫  作者: スーチカー
第2章
21/34

第7話「嵐の中で輝いて」

LIMIT: 00:00:00

Warning: System Down. Purging Armor……

 無慈悲な電子音が、荒れ狂う暴風の牢獄に鳴り響いた。

 十五分。それは、ムラクモが定めた聖装の絶対的な限界時間。

 肉体を守るはずの白銀の装甲がまるで命の灯火が消えゆくように力なく明滅し、強制解除のプロセスへと移行しようとしている。

 絶体絶命。

 完全なる詰み。

 巨大竜巻の超高速回転が生み出す凄まじい風圧と、数千トンの瓦礫が形成する暴力の渦が防護を失いかけた春菜の身体を粉砕しようとした、まさにその時であった。

 ナビゲートを続けていた圭の意識が唐突に真っ白な光の中に呑み込まれた。

 システムエラーではない。彼の脳髄のずっと奥深く、魂の根源に触れるような圧倒的な白の領域。

 無音。そして、無風。

 彼の目の前に広がっていたのは、どこまでも、どこまでも続く名もなき花の海であった。

 ここは、知っている。

 いつか夢で見た、ひどく懐かしく、そしてどうしようもなく悲しい場所。

「ここは……」

 はるか遠く、柔らかな陽光が降り注ぐ中心に光り輝く王の幻影が立っていた。

 言葉はない。

 だが、その存在を感じるだけで、圭の胸の奥底からどうしようもないほどの熱い奔流が湧き上がる。

 彼は自分が何者かも知らず、ただの器としてこの世に生を受けた。

 感情すら持たず、空っぽな存在として。

 けれど。

(守りたい……。あたたかい手をくれた、お姉ちゃんを……。僕に『楽しい』を教えてくれた、あのお姉ちゃんを、死なせたくない……!)

 初めて芽生えた強烈な自我。

 誰かが与えたものではなく、彼自身の魂が叫ぶ願い。

 その想いがトリガーとなり、花の海に立つ王の幻影へと届く。

 幻影が微かに微笑んだように見えた。

 次の瞬間、現実世界の戦場が極光の爆発によって塗り替えられた。


UNKNOWN PROTOCOL ACTIVATED.

SYSTEM UPDATE... 1%... 50%... 100%.

Updating System... Limit Released

 春菜の視界に表示されていた赤色の警告画面が、一瞬にして神々しいまでの白金へと書き換わる。

LIMIT: UNLIMITED

「……え!? 装甲が……消えない……!?」

 消失しかけていた白銀の装甲が、突如として神々しいまでの極光を放って再起動したのだ!

 全身から溢れ出す極光は、周囲の暴風すらも焼き尽くすほどの神聖な熱を帯びている。

 限界の超越。

 全身に満ち溢れるこれまでにない桁違いのエネルギー。

 春菜の青い瞳に反撃の猛火が狂い咲く。

「圭! 竜巻の壁が一番薄い場所を探して! そこに全エネルギーを叩き込む!」

 嵐をつんざく、極光の戦姫の力強い咆哮。

「分かったッ!」

 圭は極限の演算力で、巨大竜巻を構成する何百万という気流の乱数を瞬時に、そして暴力的なまでの演算速度で解析する。

 風の重なり、瓦礫の質量、気圧の谷間。

 そのすべてを計算し尽くし、一筋の突破口を春菜の網膜へと鮮烈に描き出した!

「行くわよッ!!」

 春菜は背部の光の翼を 最大出力、限界突破で展開する!

 極限まで圧縮された赤の量子被膜が爆発的に膨れ上がり、強烈な熱波となって周囲の空間を完全に制圧する。

 それは大自然の猛威である暴風の壁を内側から力ずくで押し返し始めたのだ!

ゴォォォォォォォォンッ!!

 分厚い竜巻の壁が、内側から完全に突き破られた。

 巻き上げられていた数千トンの瓦礫が極光の熱量に触れて一瞬で蒸発し、空に巨大な風穴が開く。

 圧倒的な暴風を力ずくでこじ開け、上空の竜巻の中心。

 そこに涼やかな顔で浮かび、完全なる勝利を確信して勝ち誇っていた風間春颯の懐へと白銀の流星が一気に肉薄した。

「……なっ!?」

 風間の氷のような瞳が、極限の驚愕に見開かれた。

「あり得ない……! 活動限界は十五分のはずよ!? なぜ装甲が消えないのッ!?」

 絶対の計算が狂った。

 その動揺が風間の指先にコンマ数秒の致命的な隙と焦りを生み出す。

 その一瞬を、極光の戦姫が見逃すはずがない。

「遅いッ!」

 春菜は限界を超えた超高速移動により、自身の機動力をさらなる高みへと昇華させた。

 光の翼から噴出される粒子が空間に白銀の残像をいくつも発生させ始める。

 分身にも似た無数の春菜の残像が陽動となり、全方位から風間を完全に包囲し、翻弄する。

 風間が必死に不可視の刃を放つが、そのすべてが空を切り、残像を裂くだけに終わる。

「どこを見ているの?」

「が、は……っ!?」

 背後。

 風間が振り向くよりも早く、春菜の放った光の斬撃が、その華奢な肩口から背中にかけてを深く切り裂いた。

 風間は反撃しようするも、次の瞬間、春菜の姿が残像となる。

 超克の神速。

 空中に留まる残像に紛れるや否や、目にも留まらぬ斬撃が敵の胴を薙ぐ。

 反動を利用して瞬時に虚空を蹴り、次の残像へ、さらに次なる残像へ。

ガキンッ! ガインッ!

 一閃、二閃、三閃!

 目にも留まらぬ速度で繰り出される光の一閃が、災人の肉体を、その傲慢なプライドごと切り刻んで空に幾何学的な光の軌跡を描き出していく。

 上から、下から、背後から。全方位から矢継ぎ早に降り注ぐ怒涛の連撃は、もはや一人の剣士の技ではなく、空を縦横無尽に舞う戦姫が同時に襲い掛かっているかのようだった。

 敵に防御の暇すら与えず、ただ圧倒的な暴力と速度で空間そのものを蹂躙していく。

 残像を乗り換えるたびに加速し、斬撃の威力は乗数的に跳ね上がる。

 五度の死角からの強撃が敵の体勢を完全に崩したその刹那、春菜は天空へ高く舞い上がり、聖剣にすべての極光を収束させた。

「これで、お終いよ!!」

 黄金の光が嵐を真昼のように照らし出し、巨大な光の柱となって風間へと降り注ぐ。

 空気を引き裂き、空間の理すらも断ち割るかのような絶対の破断。

 それはシステムに依存しない、春菜自身が本能的に光の翼の機能を引き出し、自ら編み出した新次元の必殺技。

 黄金の奔流が、「風災」の肉体を完全に一刀両断にした!

「あり得ない……。私の美しい風が……こんな光に……。ああ、あの方の望む、風は……」

 圧倒的。

 無慈悲。

 完全なる蹂躙の完了。

 断末魔の叫びと共に、風間春颯の身体は光の渦の中に呑み込まれ、霧散していった。



 直後。

 暴風の牢獄を形成していた巨大竜巻が、嘘のように形を崩して霧散していく。

 空を覆い尽くしていた分厚い雨雲が吹き飛び、戦場を支配していた絶望の影が完全に払拭された。

 荒れ狂っていた風が止み、戦場に静寂が訪れた。

 見上げる先には、抜けるような快晴の青空が果てしなく広がっていた。

 暖かな太陽の光が、荒れ果てた市街地を優しく照らし出す。

 嵐が去った青空の下、春菜は自らの意志で聖装を解除した。

 白銀の装甲が光の粒子となって消え去ると同時に、極限の演算を終えた圭が糸が切れた操り人形のように倒れ込もうとする。

 それを春菜はしっかりと、その温もりを確かめるように抱きとめた。

「……お姉ちゃん。勝った、ね……」

 圭の掠れた声。その瞳には、安堵の涙が浮かんでいた。

「ええ。勝ったわ。アンタのおかげよ、圭。……本当に、よく頑張ったわね」

 春菜は愛おしそうに圭の背中を撫で、優しく微笑んだ。

 圭は肩で息をしながらも、自分の手のひらをじっと見つめていた。

 そこには、先ほどの花の海で感じた、あたたかな余韻がまだ残っている。

「お姉ちゃん……。僕、分かった気がするんだ。守りたいって思うことが、こんなに力をくれるんだって」

「ええ……。あなたがいてくれたから、あたしはまた、戦えたわ」

 血と泥に塗れながらも、二人は互いの確かな鼓動を感じ合い、快晴の空の下で静かに微笑み合った。

 二人の絆が、いかなる嵐にも決して揺るがない、絶対的なものへと昇華した瞬間であった。

 血と暴風に塗れた狂気の舞台は今、一筋の美しい光と共に、静かに幕を閉じたのだ。


山の風は孤独を運び、 平地の風は祈りを運び、 森の風は夢の残骸を運び、島の風は忘却を運び 沼の風は赦されぬ記憶を運ぶ。

私はどの風を望んだ?

……風が……吹いている。


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