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極光の聖装戦姫  作者: スーチカー
第2章
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第5話「死のベール」

 見えない刃。そして、見えない毒。

 二重の絶望が、極光の戦姫を底なしの暗闇へと引きずり込んでいた。

「……ハァッ、ハァッ!」

 吹き荒れる暴風の中、春菜は満身創痍で防御を強いられていた。

 両手のガントレットから展開したビームシールドは、全方位から襲い来る音速の空気刃によって無惨に削られ、今にも砕け散りそうに明滅している。

 だが、それ以上に彼女の動きを鈍らせているのは、先ほど風間春颯の口から放たれた情報漏洩という最悪の事実であった。

 聖装戦姫。そして、十五分の活動限界。

 ムラクモの最高機密が、なぜ目の前の敵に筒抜けになっているのか。

(誰が……漏らしたの? 山本さん? 未来さん? あかりさん? それとも……天野先生?)

 一度芽生えた疑念は、どれほど強固な装甲であろうとも防ぐことのできない猛毒となって、春菜の思考を侵食していく。

 共に戦い、背中を預けてきた仲間たちの顔が、霧の向こう側に消えていくような感覚。

 信じていた足場が崩れ去る恐怖が、彼女の剣から鋭さを奪っていた。

「お姉ちゃん、右から来るッ! 避けて!」

「くっ……!」

 圭のナビゲートに対する春菜の反応が、コンマ数秒、致命的に遅れる。

 心に生じたノイズは、二人の同期(シンクロ)に微かな、しかし決定的なズレを生んでいた。

ガギギギギギッ!!

「が、あぁぁッ!!」

 シールドの隙間をすり抜けた見えない刃が、白銀の装甲を切り裂き、春菜の肩から鮮血を噴き上げさせた。

 激痛が走り、意識が遠のきかける。

 脳内に表示されるシステムアラート。

 活動限界まで、残り五分を切っている。

 あと五分。

 それを過ぎれば、彼女はただの動けない肉塊へと成り下がる。

「……フフ。どうしたのかしら。先ほどの勢いはどこへ行ったの?」

 上空から見下ろす風間の涼やかな嘲笑が、暴風の音を切り裂いて届く。

「疑心暗鬼にでも陥った? 哀れね。強大な力を持とうとも、心はただの傷つきやすい小鳥。……さあ、その羽根ごと、私の美しい風の中で散りなさい」

 風間が冷徹に指先を振るう。

 致命の空気刃が、防御の間に合わない春菜の首筋へと殺到した、その時だ。

「――狼狽えるな、藤浦ッ!!」

 通信機越しに、地を這うような重低音が戦場に轟いた。

 ムラクモ司令官、立浪仁紀の声だ。

「し、司令……っ」

「獅子身中の虫に怯える暇があるなら、今は目の前の嵐を凌ぐのが先決だ! 今、倒すべきは頭上でふんぞり返っている、その女だッ!」

 立浪の一喝は、戦場を支配していた恐怖と停滞を力ずくで粉砕した。

 その声はムラクモ本部の指令室にも響き渡り、パニックに陥りかけていたオペレーターの森野や、立ち尽くしていた山本の背筋を叩き直す。

「よく聞け、春菜。圭」

 立浪の声が、舞台俳優のような誇張された響きを纏い、力強く続く。

「暴風は無秩序ではない。どれほど巨大な嵐であろうとも、それを操る者の癖が必ず存在する。見えぬ刃に怯えるな! 奴が風を読むなら、お前たちはその風の先を読め! 自らの光で、その嵐を食い破れッ!!藤浦春菜、貴様の極光は、そんな矮小な疑念に屈するほど安いものかッ!」

 その言葉が、春菜の胸の奥で燻っていた火種に油を注いだ。

 そうだ。裏切り者が誰かなど、今はどうでもいい。

 圭がここにいる。圭があたしを信じて、必死にナビゲートしてくれている。

 ただそれだけが、今のあたしにとっての唯一の真実だ。

「……そうよ。裏切者が誰かなんて、今は関係ない。 ……あたしは、圭とみんなの命を守るために、こいつを斬るッ!」

 迷いは、断たれた。

 極光の戦姫が、再びその青い瞳に、反撃の猛火を宿して顔を上げる!

「圭ッ!!」

 春菜は、嵐の中で絶対の信頼を込めて、少年の名を呼んだ。

「あの女が操る風の淀みを……隙を見つけ出して! あんたなら、絶対に見えるはずよ!」

「お姉ちゃん……っ!」

 春菜の揺るぎない声に、圭の脳裏に焼き付いていた恐怖が払拭される。

 そうだ。僕の役目は、ただ一つ。お姉ちゃんを導くことだ!

「……やるよッ!!」

 彼の意識は、戦場を包む数百万の空気分子の挙動を完全に把握するための極限演算へとシフトする。

「……見つけたッ!」

 圭の黄緑色の瞳が、鋭く光を放つ。

「お姉ちゃん、あの人の右手の指先が動くコンマ二秒前、周囲の気圧がほんの少しだけ下がる! そこが、嵐の繋ぎ目だ!」

 春菜の網膜に、これまでになく鮮明で力強い青い光のルートが描き出された。

 それは、暴風の刃を縫うようにして風間の懐へと続く、唯一無二の勝利への航路。

「……見える。見えるわ、圭!」

 春菜は黄金の聖剣を正眼に構え直した。

 残された時間はわずか。だが、今の彼女に焦りはない。

 全身から溢れ出す極光の粒子が、白銀の装甲をさらに白く、神々しく輝かせる。

「あんたの言う通り、あたしの心は脆いかもしれない。でも、この子が隣にいてくれる限り、あたしは何度でも嵐を裂く光になる!」

「往生際の悪い……。消えなさい!」

 風間が苛立ちを滲ませ、両手で空気を操る。

 先ほどビルを両断した見えない刃が、春菜を八つ裂きにせんと殺到する。

 だが。

「そこッ!!」

 春菜の身体が、物理法則を無視した鋭角の機動を見せた。

 圭が指し示した気圧の淀みを通り抜け、迫り来る真空の刃を紙一重で回避する。

 一歩、また一歩。

 暴風の中に唯一存在する安全圏を突っ走り、戦姫は空を駆ける。

「なっ……あり得ない! 私の風を読み切ったというの!?」

 初めて、風間の顔に驚愕の色が走った。

 彼女が慌てて新たな刃を形成しようとするが、それよりも早く、圭の演算が風間の次の一手を暴き出す。

「お姉ちゃん、次は上! そのまま加速して! 嵐の目が、開くよ!」

「はあああああッ!!」

 春菜は極光の翼を最大出力で噴射した。

 白銀の閃光が嵐を真っ二つに裂き、一気に風間の眼前に肉薄する。

 最短距離。最速の突撃。

 黄金の聖剣が、勝利を確信した眩い光を放ち、風間の喉元へと突き出された。

 絶望の嵐は、今、一筋の光によって切り裂かれようとしていた。

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