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極光の聖装戦姫  作者: スーチカー
第2章
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第4話 VS風災

 厚さ数十メートルの高層ビルが、音もなく真っ二つに両断される。

 遅れて響く崩落の轟音と、戦場を覆い尽くす土煙。

 だが、その絶望的な破壊の跡を前にしても、極光の戦姫の瞳に恐れはなかった。

「……見えない刃だろうと、斬り伏せるまでよッ!」

 春菜は背部の光の翼を最大出力で展開した。

 極限まで圧縮された粒子が、眩いばかりの量子被膜となって爆発的に膨れ上がり、周囲の空間を灼く。

 超高速の飛翔。

 重力を完全に置き去りにした白銀の戦姫が、空中に浮遊する「風災」風間春颯へと一直線に牙を剥く。

「お姉ちゃん、僕が気流の変化を全部読むッ! そのまま突っ込んで!」

 脳内に響く、圭の力強いナビゲート。

 「戦災」有原剛蔵との死闘を経て、二人の同調(シンクロ)は極限の領域へと達している。

 いかなる見えない刃であろうと、圭の演算力と春菜の瞬時の反応速度をもってすれば、必ず突破できる。

 そう、誰もが信じていた。

「はあああああッ!!」

 春菜は黄金の聖剣(エクスカリバー)を上段に構え、風間の涼やかな首筋へと必殺の一閃を振り下ろす。

 だが。

「……フフ。単純ね」

 風間は迫り来る極光の刃を前にしても、ただ皮肉めいた微笑を浮かべただけだった。

 彼女が白衣のポケットから手を出さず、ただ指先を微かに動かした瞬間。

キィィィィィィィンッ!!

 硬質な金属音が響き、春菜の剣が虚空で静止した。

 いや、静止させられたのだ。何もないはずの空間。

 だがそこには、超高密度に圧縮された空気の壁が物理的な盾として存在していた。

「なっ……!?」

「無駄よ。私の風から逃れる術はないわ」

 風間が指を弾くと、春菜の周囲の空気が、意思を持った捕食者のように一変した。

 全方位から襲いかかる、不可視の真空刃。

 それは斬撃というよりも、空間そのものが収縮し、肉体を削ぎ落とそうとする圧力の嵐。

「圭ッ!」

「分かってる……っ、でも、これ、気流の法則がめちゃくちゃだ! 演算が追いつかない……! 右、後ろ、上! ダメだ、全部から来てる!」

 圭の悲痛な絶叫が、脳内に響く。

 彼が網膜に描き出そうとする青い最適解のルートが、ノイズまみれになって明滅し、次々と崩壊していく。

 無音。 無色。

 だが、そこには確かな殺意を持った音速の空気刃が、全方位から嵐のように乱舞していた。

「が、あぁッ……!!」

 回避不能。

 春菜は咄嗟に両手のガントレットからビームシールドを展開し、球状の防壁を張る。

 だが、重力と視界を完全に支配された三次元の殺戮空間において、それはただの延命措置に過ぎなかった。

ガリッ! ギギギギギッ!!

 見えない刃の連撃が、絶対の防御を誇るはずの白銀の装甲を容赦なく削り取っていく。

 力任せに街を破壊した「戦災」有原剛蔵とは、全く次元が違う。

 風間の攻撃は三次元的な機動支配と、物理法則を極限まで利用した精密な計算に基づいた回避すら許さない、極めて冷徹で知的な殺意の包囲網。

 空気という逃げ場のない媒体そのものが牙を剥く。

「……だったら、力ずくでこじ開けるッ!!」

 春菜はシールドの出力を盾にしつつ、強引に光の聖剣を振り抜いた。

 圧倒的な光の断層が、見えない嵐を真っ二つに裂いて風間へと迫る。

 だが、風間はふわりと空を舞い、重力を完全に無視した機動でそれを躱した。

 それだけではない。

「……無意味よ。風は、光すらも屈折させるの」

 風間の言葉と共に、春菜の放った光の斬撃が、突如として発生した極度の乱気流によって大きく軌道を逸らされた。

 明後日の方向へと飛んでいった極光が、無人の廃ビルを虚しく蒸発させる。

 届かない。

 間合いにすら、入れない。

 近接戦闘を主軸とする春菜にとって、遠距離からの撹乱と機動支配を極めた風間の戦術は、真綿で首を絞められるような絶望的な死のベールであった。


ピーッ! ピーッ!

 防戦一方の消耗は激しく、システムアラートがけたたましく鳴り響き始める。

 春菜の息は乱れ、圭の演算領域も負荷の限界を超えようとしていた。

「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」

 地に足をつくことすら許されず、吹き荒れる暴風の中で防戦を強いられる春菜。

 その惨状を、風間ははるか上空から冷徹に見下ろしていた。

 彼女の瞳には、勝利の確信すらなく、ただ実験動物の致死データを確認するような淡々とした光がある。

「もう十分だわ。……そろそろ限界でしょう? その聖装戦姫の活動限界……十五分まで、残りわずかよ」

 刹那。

 戦場の空気とともに、ムラクモ本部の指令室が、凍りついたように静まり返った。

「……え?」

 春菜の動きが止まる。

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

「……今、なんて言ったの?」

「あら、聞こえなかったかしら? 貴女のその装甲、 聖装戦姫って言うんでしょ。稼働リミットは十五分。それを過ぎればエネルギーが枯渇し、貴女はただの動けない肉塊に成り下がる。……違うかしら?」

 風間は眼鏡の奥で、氷のような微笑を深めた。

 それは、ムラクモ内部でもごく一部の人間しか知り得ない最高機密中の最高機密。




 ムラクモ本部指令室。

 通信機越しに風間の言葉を聞いた森野あかりが、血の気を失った顔で口元を押さえた。

 医療モニターを注視していた福留未来も、完全に言葉を失い、硬直している。

 その場の全員が、背筋に走る言いようのない寒気に襲われていた。

「どういうことだ……。なぜ、奴がそれを知っている」

 山本の声から、いつもの軽薄さが完全に消え失せていた。

 諜報のプロである彼は、今の言葉の重みを最も理解している。

 立浪仁紀は、握り締めた拳を震わせ、地を這うような低い声で吐き捨てた。

「……情報が、漏れている」

 それは、目の前の災厄以上の絶望を意味していた。

 自分たちの背中を預けているはずのこの組織の中に、敵と通じている裏切者が存在する。

 信じていた足場が、音を立てて崩れていくような感覚。

「フフ、そんなに驚くことかしら?貴女たちのことは、手に取るように分かっているわ」

 風間がゆっくりと右手を掲げる。

 彼女の指先を中心に、これまでとは比較にならない規模の、巨大な真空の渦が形成され始めた。

 周辺の瓦礫を吸い込み、粉砕しながら肥大化していくその渦は、まさに逃げ場のない死の処刑台。

「さあ、お終いにしましょう。肉体も、精神も……この風の中で、塵も残さず消えてしまいなさい」

 吹き荒れる暴風。

 見えない裏切り者の影。

 最悪の相性を持つ敵を前に、春菜と圭は、かつてない深い闇の中へと突き落とされていた。

 肉体を切り裂く風の刃と、心を蝕む疑惑の霧。

 二重の絶望が、極光の戦姫を包み込んでいく。


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