第6話 VS戦災
「……司令。有原剛蔵は、どうしてあんな風になったの?」
ムラクモ本部、出撃直前の静寂。木剣を置き、肩で息をしながら、春菜は不意に問いかけた。
その問いに、立浪仁紀はすぐには答えなかった。
彼は窓の外、赤く染まり始めた夕闇をじっと見つめ、重い沈黙の後に、ゆっくりと口を開いた。
「……彼と彼の奥さんは何よりも世界平和を望んでいた。当時の彼は、自衛隊の特殊部隊に所属し、極秘任務として中東で米軍と共同作戦を行い、戦争の引き金になるテロ組織を壊滅させていた。一方で、彼の奥さんは、紛争地帯における平和維持活動として、戦争で壊された都市や村の再建に大きく貢献していた。」
立浪の声は、まるで古傷をえぐるように低く、重苦しい。
「だが、平和維持活動の最中、彼女が活動していた村が、敵対勢力の無差別な砲撃にさらされた。爆風が止んだ時、そこには命の欠片も残っていなかったという」
「……っ」
春菜は息を呑んだ。
胸の奥が、冷たい氷を押し当てられたように震える。
あまりにも似すぎている。
デリーパーによって奪われた、自分の大切な家族、日常、そして未来。あの日の炎と絶望が、有原の過去と重なり、春菜の視界を歪ませた。
立浪は視線を春菜へと戻した。
その瞳には、鏡合わせの絶望を持つ少女への、言葉にならない危惧が宿っていた。
「有原も、かつては守るために銃を取った男だった。……だが今は、その銃こそが、彼を孤独な怪物に変えたのだ」
「……そう。あいつも、あたしと同じ……」
鏡合わせの絶望。だが、選んだ道は完全な対極であった。
平和を取り戻すために剣を取った自分とは違い、有原は自らの悲しみを破壊そのものへの狂信へとすり替えたのだ。
春菜の胸の奥で、静かな憤りと、ほんの僅かな同情が入り混じる。
だが、彼女はその迷いを即座に切り捨てた。
「同情はしないわ。……守るために、あたしはあいつを倒す」
『――緊急警報ッ! 市街地F7区画に大量のデリーパー反応! そして……この巨大な波形、間違いありません。『戦災』有原剛蔵です!』
福留の緊迫した声が響く。
約束の三日目。
待ちわびた再戦の幕開けである。
出撃ゲートへ向かう春菜と圭を、仲間たちが引き止める。
「春菜! 圭! 絶対に生きて帰ってこいッ!」
立浪司令の不器用なエール。
「気をつけてね、春菜ちゃん、圭くん! 帰ってきたら、美味しいご飯が待ってるからね!」
森野の温かい祈り。
「無茶だけはするんじゃないわよ。バイタルは私が完璧に監視してるから!」
福留の頼もしい声。
そのすべてが、春菜の背中を力強く押していた。
「行くわよ、圭!」
「うん、お姉ちゃん……準備はできてる!」
春菜は圭と視線を交わし、力強く頷いた。
二人の魂が交差する。
立ち上る純白の極光。
神々しい白銀の装甲が顕現する。
聖装戦姫――名を与えられ、迷いを捨てたその光は、以前よりも圧倒的に澄み切っていた!
市街地F7区画。
「――目標座標、到達ッ!」
上空から見下ろす市街地は、すでにデリーパーの群れによって無残に蹂躙され、炎と黒煙を上げていた。
春菜は空中でピタリと制止し、背部左のウェポンラックに手を伸ばす。
格納されていた「高エネルギービーム砲」が展開される。
クランクアームを引き出し、マニピュレーターでグリップを固く保持した。
「そこ……ッ!!」
引き金を引いた瞬間、極太の閃光が戦場を支配した!
圧倒的な熱量を持つ光の奔流が、地上で破壊活動を行っていた何十体ものデリーパーを、断末魔すら許さずに分子レベルで蒸発させていく!
それはもはや戦闘ではない。
完全なる、神の審判であった。
土煙と光が晴れた先。
そこには、デリーパーの残骸の山に悠然と腰を下ろす、一人の巨漢がいた。
「来たか……。さあ、最高の殺し合いを始めようじゃないか!」
有原は歓喜に顔を歪め、瓦礫の玉座から立ち上がる。
春菜はビーム砲をラックへと戻し、黄金の聖剣を両手で構えた。
「――ここからは、一対一よ」
春菜は上空から一直線に急降下し、黄金の聖剣を振り下ろした。
激突ッ!
有原は周囲の鉄骨を即座に漆黒の凶刃に変えて迎撃する。
「……ほう!」
有原の瞳が、驚愕と歓喜に見開かれた。
春菜の動きが、三日前とはまるで違う。
力任せの大振りは消え失せ、無駄を完全に削ぎ落とした鋭利な太刀筋。
圭の完璧な導きと、春菜の極限の反応速度。
二つの歯車が完全に同調し、有原の繰り出す漆黒の凶刃を、最小限の動きでことごとく弾き落としていく!
「素晴らしい動きだ! その力任せではない無駄のない太刀筋にその動き……貴様に剣を教えたのは、あの立浪仁紀か!」
戦いを交えながら、有原が狂笑する。
春菜は極光の刃を押し込みながら、己の内に秘めていた問いをぶつけた。
「あんたも、家族を奪われたんでしょ!? なのに、どうしてこんな理不尽な破壊活動をするのよ!」
その問いは、悲痛な叫びであった。
だが、有原は躊躇うことなく、腹の底から哄笑した。
「ハァッハハハハッ! 家族だと!? そんなものはとうの昔に焼き尽くしたわ! 失った悲しみすらも闘争の燃料! この圧倒的な破壊と蹂躙の中にこそ、俺の救済があるのだッ!」
理解不能。
対話不能。
狂信者に、常人の言葉など届くはずもない。
「なら、力で黙らせるまでよ!」
「来るがいい! その前に、俺の力の真髄を教えてやろう!」
有原は両手を大地に叩きつけ、自らの能力のタネを嬉々として語り始めた。
「俺の能力『戦場同化』! 触れた物は全て武器化し、極限まで強化する!」
有原は大きく飛び退き、両腕を天へと広げた。
その瞬間、彼の周囲に漂う空気が、肌を刺すような禍々しい重圧へと変質する。
「お姉ちゃん、気をつけて! 敵のエネルギー出力が、さっきまでの数倍に跳ね上がってる……!」
「……油断しすぎじゃないかしら、有原。自分の能力を敵に教えるなんて」
春菜の指摘に、有原は狂信的な光を瞳に宿して答えた。
「……災害の恐怖は、人伝てに語られ、認知されることで拡大する。被害者の悲鳴が、目撃者の戦慄が、その現象を増大させるのだ。――いいか、極光の戦士よ。己の手札を晒すこの行為こそが、俺の『戦災』を最大に発揮させるのだッ!」
有原が足元のアスファルトを強く踏み抜く。
瞬間、彼の能力――「戦場同化」が真の姿を現した。
ズガガガガガガガッ!!
周囲のビル群が、ひしゃげた車両が、街全体が生き物のように蠢き始める。
それらは漆黒のオーラに侵食され、巨大な鉄の触手、あるいは山のような質量兵器へと変貌し、空を覆い尽くした。
有原自身が、街そのものを一つの巨大な死の装置へと作り変えてしまったのだ。
「春菜、聞こえる! 残り時間は、あと五分よ!」
福留の冷徹な宣告が耳を打つ。
目の前には、空を埋め尽くす絶望的な質量の津波。
有原は、その圧倒的な破壊の渦の中心で、春菜へと手を差し伸べた。
「さあ……この『戦災』を、貴様の光でどこまで耐えられるかッ!!」
「……圭、行くわよ!」
「うん……! お姉ちゃんと一緒なら、どこまでも行けるッ!」
押し寄せる漆黒の津波。立ち向かう白銀の少女。
決着の刻限が、音を立てて迫っていたッ!




