第4話「絶望の戦場」
「俺は災人の一人、『戦災』の有原剛蔵! 極光の戦士よ、最高の戦場へようこそッ!!」
狂気と歓喜に満ちた男の咆哮が、戦場となった市街地に響き渡る。
だが、その名乗りを聞いて最も戦慄したのは、最前線で対峙する春菜たちではなかった。
「……ありはら、ごうぞう、だと……ッ!?」
ムラクモ本部の指令室。
通信機越しにその名を聞いた司令官、立浪仁紀の目が、信じられないものを見るように見開かれていた。
常に冷徹で寡黙な男が、隠しきれない明確な動揺を露わにしている。
「司令……? ご存知なんですか、あの男を」
通信席の森野あかりが、モニターに映る異常な光景と司令の様子に不安げに問いかける。
立浪はギリッと奥歯を噛み締め、重苦しい声で語り始めた。
「……私が自衛隊の特殊部隊で教官をしていた時、報告書で幾度となくその名を見た。奴は『鬼神』と呼ばれ、軍の戦術や常識を単独で覆すほどの異常な手練れだ。紛争地帯で家族を亡くして以来、行方不明になっていたはずだが……なぜ、こんなところにッ!」
規格外の化け物。
純粋な暴力の権化。
その真の恐ろしさを知る立浪は、血を吐くような焦燥と共に通信機へ叫んだ。
「退け、春菜ッ! 今のお前では、奴には絶対に勝てん!!」
それは司令官としての冷静な判断による、絶対の撤退命令。
だが、白銀の装甲を纏う少女は、その警告を冷たく切り捨てた。
「……断るわ」
春菜の眼前に広がるのは、有原の手によって無残に破壊された街の惨状だった。
炎を上げるビル、ひしゃげた車列、そして黒く焼け焦げたアスファルト。
それは、かつて彼女の日常と家族を奪った「あの日」の光景そのものだ。
かつて自分のすべてを奪った理不尽が、今まさに、この街の平和を蹂躙しようとしている。
「こんな奴を、このまま逃がすわけにはいかないッ! 終わらせる……あたしが、ここで!」
復讐の業火が、少女の冷静さを焼き尽くす。
立浪の制止は無視され、狂気の舞台は最悪の第二幕へと突入したッ!
「ハッ! 威勢がいいな! ならば見せてみろ、お前の力を!」
有原が両腕を広げ、大地を力強く踏み鳴らす。
瞬間、彼の力が、その真の牙を剥いた。
ズガガガガガッ!!
周囲のアスファルトが、放置された車両が、崩れ落ちたビルの鉄骨が、戦場に転がるあらゆる残骸が、禍々しい漆黒のオーラを纏い、意志を持った凶器へと変異していく!
空中に浮かび上がった無数の鉄骨が巨大な刃となり、ひしゃげた車両が即席の自動砲台となって、一斉に春菜へと照準を合わせた。
「……なっ!?」
「さあ、踊れ! 死の舞踏の始まりだッ!」
圧倒的な物量。
絶対的な飽和攻撃。
全方位から、漆黒の凶刃と砲弾の雨が、津波となって春菜へと殺到する!
「お姉ちゃん、次、右から来るよッ! 避けてッ!」
脳内に響く圭の叫び。
未来を視るかのように精密な彼のナビゲートに従い、春菜の網膜には反撃へと繋がる青い最適解のルートが幾何学的なラインとなって明滅していた。
だが。
「うるさいッ! こんな奴、真っ正面から叩き斬ってやる!」
春菜は圭の描いた回避ルートを完全に無視し、怒りに任せて直線的に突進した。
右から迫る鉄骨の群れに対し、ステップを踏むことすら怠り、力任せに光の聖剣を振り抜く。
一閃。
極光の刃が、迫り来る鉄骨の群れを両断し、蒸発させる。
「次は上ッ! その後、左後ろからッ! お姉ちゃん、ルートに戻って!」
「ああもう、分かってるわよッ!!」
春菜は叫びながら聖剣を振るう。
だが、斬っても、斬っても、斬っても、有原の生み出す無限の凶器は、減るどころか増殖していく。
精密な演算に基づく圭の最適解と、復讐心に囚われた春菜の感情的な行動。
二人の意志が、致命的なまでに噛み合っていない。
焦り。
それが、少女の剣から鋭さを奪っていた。
極限の反応速度で急所を突くべき剣撃は、ただ力任せに振り回される大振りの暴風へと成り下がっている。
「ハッ! どうした! 剣戟が単調だぞ! 」
有原の嘲笑が戦場に響く。
知性のないデリーパー相手ならば、その力任せな暴力でも通用しただろう。
だが、相手は戦術を極め、死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者である。
冷静さを欠いた大振りな剣など、彼に届くはずもない。
「くそっ……! なんで、当たらないのよッ!!」
春菜の呼吸が乱れる。 強引な出力と無駄な動きが、極光のエネルギーを無残に浪費していく。
ピーッ! ピーッ!
システムアラートがけたたましく鳴り響く。
白銀の装甲から溢れていた光の出力がブレ始め、機動力が目に見えて落ちた。
「……もらったぞ」
有原の冷徹な声。
装甲の光が明滅した、その一瞬の隙。
漆黒のオーラを極限まで圧縮した巨大なコンクリートの塊が、死角から春菜の腹部を容赦なく打ち据えたッ!
「が、はッ……!!」
激痛。
強固な白銀の装甲がミシミシと悲鳴を上げ、亀裂が走る。
春菜は鮮血を吐き出しながら、瓦礫の海へと無惨に叩きつけられた。
「お姉ちゃんッ!!」
圭の悲痛な叫びが脳内に響く。
だが、春菜の体は動かない。
網膜の視界の端で、絶望を告げる「LIMIT: 00:00:30」の赤い文字が激しく点滅している。 十五分の活動限界が、無慈悲にも終わりを告げようとしていた。
土煙を払い、有原が悠然と歩み寄ってくる。
見下ろすその巨躯は、死神の如き威圧感を放っていた。
(……殺される)
春菜は痛みに歪む顔を上げ、トドメの一撃を覚悟した。
だが。
「……フン。つまらん」
有原は、漆黒のオーラを纏わせた右手を下ろし、底知れぬほど深く、退屈そうなため息をついた。
「ただの力に振り回されているだけの、未熟なガキか。期待外れだ。……これでは、俺の命を懸けて殺し合う価値すらない」
「……な、に……?」
春菜の震える声に、有原は答えない。
彼は春菜への興味を完全に失ったかのように、自ら能力を解除し、周囲に浮かんでいた無数の凶器をただの瓦礫へと戻した。
そして、無防備な背中を向けて歩き出す。
「三日後だ」
立ち止まり、背中越しの冷酷な宣告。
「三日後、俺はどこかへ現れる。その時、少しはマシな戦いを見せなければ……この国の人間ごと、すべて磨り潰してやる」
それだけを言い残し、有原は闇の中へと消えていった。
圧倒的な強者の余裕。
見逃されたという、絶対的な事実。
「待……て……」
遠ざかる闇に向かって掠れた声を絞り出し、震える指先を伸ばす。
だが、その手は虚しく空を掻き、力なく瓦礫の上へと落ちた。
何もできなかった。
ただ赤子のように弄ばれ、哀れみで見逃されただけ。
血が滲むほど唇を噛み締めても、蹂躙された誇りと、どうしようもない己の弱さへの怒りが、どろどろと胸の奥を焼き焦がしていく。
「警告。活動限界時間、到達」
無機質な電子音と共に、装甲が強制解除される。
限界を迎えた圭もまた、傍らに力なく倒れ込む。
「あ……あぁ……っ」
悔し涙が、少女の頬を伝う。
守りたかった。
すべてを斬り伏せられると思っていた。
だが、残されたのは、己の無力さと、有原から与えられた屈辱的な「三日」という猶予のみ。
圧倒的な敗北感に打ちのめされながら、少女の意識は暗い底へと沈んでいった――。




