第3話「新たなる脅威、襲来」
狂乱。
蹂躙。
そして、絶望の悲鳴。
市街地は、再び無慈悲な鉄の獣たち――デリーパーの群れによって地獄の舞台へと塗り替えられていた。
だが、その暗雲を切り裂くように、一筋の純白の極光が空から舞い降りる。
「……終わらせる。ここで」
神々しい輝きを放つ白銀の装甲。
背部から吹き荒れる赤き極光の翼。
巨大な青いリボンを激しく翻し、藤浦春菜は戦場の中央に降臨した。
「春菜ちゃん、右のビル陰から三体!さらに上空から新型が急降下してくるよッ!」
ムラクモ本部の指令室から、森野あかりの切羽詰まったナビゲートが飛ぶ。
その声に続くように 、冷静に対応するのは、医療・通信担当の福留だ。
「バイタル安定。武装の出力も問題なし。……まったく、こないだ観たゾンビ映画の群れよりしぶといわね。さっさとスクラップにしてやりなさい!」
「言われるまでもないわ!」
春菜は地面を力強く蹴った。
その瞬間、彼女の視界に変化が起きる。
「お姉ちゃん、次弾、左下から来るよ。……僕がルートを描くから!」
脳内に直接響く、圭のクリアな導き。
直後、春菜の網膜には幾何学的な光のラインが展開された。
デリーパーの攻撃軌道が予測線として赤く染まり、それらを完璧に回避しつつ、最短距離で敵のコアを貫く最適解の軌跡が青い光となって浮かび上がる。
(……見える。あの子が、あたしに先を見せてくれている!)
春菜は回避すら必要としない、流れるような無駄のない動きで地を駆けた。
死角から襲い来る鉄の爪を紙一重で躱し、同時に右手の黄金の聖剣を振るう。
一閃。
空間を切り裂く圧倒的な熱量と光の波が、迫り来るデリーパーをその巨躯ごと蒸発させていく。
踏み込み、薙ぎ払い、そして光が爆ぜる。
それはもはや戦闘ではなく、一方的な破壊の演舞であった。
僅か数分。
十五分という無慈悲な稼働限界を気にするまでもなく、市街地を埋め尽くしていた異形の群れは、ただの一体も残らず塵芥へと還っていった。
「ふぅ……。掃討完了。どうやら、今日はこれで――」
春菜が肩で息をつき、光の聖剣の切先を下ろそうとした、その時だ。
絶対的な死の気配が、戦場を瞬時に凍りつかせた。
「――っ! お姉ちゃん、後ろッ!!」
脳内に響いた圭の絶叫。
それは、これまで感情を欠落させていた彼が初めて見せる、明確な恐怖の震えだった。
「春菜ちゃん、逃げてッ! 背後に未観測の超強力な反応ッ! デリーパーじゃない……波形が全く違う!」
指令室のあかりの悲鳴が、それと完全に重なり合う。
機械生命体ではない。
だが、これまで遭遇したどんなデリーパーよりも悍ましく、底知れぬ悪意を持った強大な「何か」が、すぐ背後に立っている。
春菜の極限の直感が、理屈より先に警鐘を鳴らした。
振り返るより早く、彼女は全エネルギーを剣へと注ぎ込み、渾身の力で背後へと一閃を叩きつける。
「はあああああッ!!」
黄金の光が膨れ上がり、周囲の空気を焼き、暴風となって背後の闇を裂いた。
直撃すれば、どんな大型デリーパーとて一瞬で消滅するはずの、文字通りの必殺の一撃。
だが。
ガキィィィィンッ!!
刹那。
轟音ッ!!
「……ほう。中々の威力だ。だが、これではちと物足りんな」
春菜の瞳が驚愕に見開かれる。
土煙の向こう側。
そこには、一人の大柄な男が立っていた。
男は手に武器すら持っていない。
彼はその辺に転がっていた巨大なコンクリートの瓦礫を無造作に掴み、それを「防具」として突き出していた。
だが、それはただの瓦礫ではなかった。
瓦礫の表面には、禍々しい漆黒のオーラが極限まで圧縮されてコーティングされており、物理法則を歪めるほどの質量と硬度を持って、聖剣の光の刃を完璧に拮抗させていたのだ。
「あたしの……一撃を、ただの瓦礫で……!?」
「ハハッ! 驚くには早いぞ、極光の戦士よ」
男が瓦礫を軽く振り払った瞬間。
「がっ……あ……ッ!?」
凄まじい衝撃。
白銀の装甲が軋みを上げ、春菜の身体は紙切れのように数メートルも吹き飛ばされた。
アスファルトを削りながら、辛うじて両足で踏み止まる。
土煙の向こう側。
彼女を強襲したものの正体。
それは、ただの瓦礫と鉄骨であった。
だが、その瓦礫は生き物のように意志を持ち、巨大な凶刃へと変異して春菜に襲い掛かったのだ。
防いだだけではない。彼女を弾き飛ばした凶刃を操る男の全貌が、完全に露わになる。
巨漢。血走った瞳。全身から立ち上る、硝煙と狂気の匂い。
「……ッ、何者よ!」
春菜は瞬時に体勢を立て直し、背部のスラスターを最大出力で点火した。
超高速の飛翔。
先ほどまでデリーパーを紙屑のように消し飛ばしていた、必殺の光の斬撃を上段から叩き込むッ!
だが。
「ハッ……!」
男は一切の動揺を見せず、ただ獰猛に笑った。
彼が瓦礫の山に分厚い掌を触れた瞬間、周囲のビル群の残骸が瞬時に強固な装甲板へと変異し、幾重にも連なって男の頭 上を覆う。
光の聖剣が、何枚もの即席装甲を切り裂く。
だが、その僅かな抵抗が軌道をコンマ数秒狂わせた。
男は流れるような身のこなしで、最後の一枚を滑らせるように使い、光の刃の直撃を完璧にいなしたのだッ!
「嘘……ッ!?」
春菜の青い瞳が、驚愕に見開かれる。
万物を両断する神の光。
その一撃が、ただの人間によって弾かれた。
光の奔流が逸れ、背後の廃ビルを無惨に吹き飛ばす。
その爆炎を背に、男はゆっくりと春菜の正面に立った。
その瞳にあるのは、強者との殺し合いを渇望する、純度百パーセントの戦闘狂の悦び。
春菜は殺気を最大まで引き上げ、再び聖剣を構え直した。
「……お前は、誰だ」
低く、冷たい問いかけ。
それに対し、男は狂気と歓喜の入り混じった笑みを深め、圧倒的な気迫を戦場に叩きつけた。
「ハッ、見事な反応だ! だが、お前の直感もその剣も、俺の前ではただの的に過ぎん!」
男は両手を広げ、己の支配下へと成り果てた市街地を誇示するように叫ぶ。
「俺は災人の一人、『戦災』の有原剛蔵! 極光の戦士よ、最高の戦場へようこそッ!!」
それは、死の歓迎。
初めて遭遇する対等にして圧倒的な悪意。
春菜と圭の前に、かつてない絶望の壁が立ちはだかった。
死闘が、今、ここに幕を開けた――ッ!




