第17話「推し活の痕跡」
事態が動いたのは、数日後だった。
王太子からの呼び出し状。今回は蝋印の色が違う。赤ではなく紫。緊急の案件を意味する色だとマルガレーテが教えてくれた。
王城の応接間——前回と同じ小部屋——に通されると、ユリウスの表情が険しかった。机の上に広げられた書類が、前回より分厚い。
「グラーフ嬢。座れ」
「はい」
「単刀直入に聞く。お前は騎士団の内部情報を、どこから得ている」
空気が凍った。
「……内部情報、とおっしゃいますと」
「ディートリヒ団長より上申があった。お前が社交界で流している情報の中に、騎士団の作戦行動に関する詳細が含まれていると。具体的には——北方掃討作戦における部隊配置と指揮系統の詳細。これは一般に公開されていない情報だ」
(——やられた)
布教の中身を、ディートリヒが逆手に取った。推しの功績を正確に伝えるために使った情報が、機密漏洩の疑惑に変えられている。
「殿下、あの情報は——」
「情報源を聞いている。レオンハルト副団長から聞いたのか」
「いいえ! レオンハルト様からは何も——」
「では、どうやって知った」
答えに詰まった。
本当のことは言えない。社交界の噂を丹念に集め、財務卿の報告書の数字から照合し、下士官への聞き込みを重ねて推定した——推し活の副産物として。
それを説明したら、推し活の全容が明るみに出る。しかも「推し活ノート」に全記録が残っている。あのノートの存在が知られたら——
「殿下。グラーフ嬢の名誉のために申し上げる」
背後から、声がした。
レオンハルト。
今日も護衛としてこの部屋にいた。壁際の定位置から一歩前に出て、ユリウスの横に立っている。
「俺はグラーフ嬢に機密を漏洩していない。誓って」
「副団長、お前の証言は当事者のものだ。客観性に欠ける」
「承知している。だが事実だ」
レオンハルトの声に力がこもっている。いつもの抑制された声ではない。
「グラーフ嬢が知っている情報は——社交界で断片を集めれば、組み立てられる範囲のものだ。公開情報の精度が高いだけで、機密ではない」
「それをどう証明する」
「……俺が聞いたことを報告する。グラーフ嬢はかつて、俺に差し入れを持ってきた際、好物を偶然と称した。だが偶然ではなかった。彼女は独自に情報を集める能力を持っている。機密の漏洩ではなく——」
「副団長」
ユリウスが遮った。紫の目が鋭い。
「お前は今、婚約者を庇っているのか」
沈黙が落ちた。
レオンハルトの表情が強張る。庇っている——その言葉が、そのまま罠になっている。婚約者を庇えば庇うほど、「癒着」の疑いが深まる。
(推しが——守ろうとしてくれている)
(でも守れば守るほど、推しの立場が危うくなる)
胸の奥が、ぎゅっと軋んだ。
「殿下」
私は立ち上がった。
「情報は全て、私が独自に収集したものです。レオンハルト様は一切関与しておりません。情報源の詳細をお知らせすることも可能です。ただし——ここではなく、書面でお出しする時間をいただきたく」
「書面で?」
「はい。情報の出どころを一つ一つ明示いたします。社交界のどの場で、どなたから、どのような形で得たか。全て記録しております」
(推し活ノートの情報を、政治的に安全な形で抜粋する時間が必要)
ユリウスが腕を組んで、私を見つめた。
「……5日待つ。5日以内に、情報源の一覧を書面で提出しろ。それが正当な情報収集の結果であると証明できなければ——断罪の追加材料にする」
「承知いたしました」
「下がっていい」
立ち上がって一礼する。退出する際、レオンハルトの横を通った。
推しの目が、こちらを見ている。碧い目に——怒りに近い感情が浮かんでいた。
私に対する怒りではない。
この状況を作った相手に対する、静かな怒り。
「グラーフ嬢」
小さな声。ユリウスには聞こえないくらいの。
「すまなかった。俺が庇ったせいで——」
「やめてください」
自分でも驚くほど強い声が出た。
「レオンハルト様のせいではありません。それと——」
言葉を探す。推しの顔を見ないようにしながら。見たら崩れるから。
「守ってくださらなくて、結構です。私は——自分のことは自分で守りますので」
廊下に出た。
走らなかった。今回は走らない。走って逃げるのはもうやめる。
歩いて城を出て、マルガレーテの待つ馬車に乗り込んだ。扉を閉めた瞬間、体の震えが始まった。
「お嬢様——」
「5日。5日以内に、情報ノートの安全な抜粋版を作る。推し活の痕跡を残さない形で、全ての情報源を証明する書類を」
「それは——できるんですか」
「やるの。やらなかったら推しに迷惑がかかる」
マルガレーテが唇を引き結んで、頷いた。
「手伝います」
「ありがとう」
馬車が動き出す。窓の外で、王城の塔が遠ざかっていく。
推しが守ろうとしてくれた。
嬉しかった。嬉しかったのに、それが推しを傷つけるなんて。
推し活の痕跡が、推しを追い詰めている。
次話:「いなければよかった」




