†41話†:霜月鴉 ― 風紀委員執行猶予 ― ②
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■【観測記録:秋津ノ国・不知火/下級天使】
■ 対象:霜月 鴉
■ 状況:戦場停滞/殿任務の永久化
・対象:榊 刻時
・生存率:100.00%(最大値固定/ロールバック機能付与済)
・軍勢:家臣団 32名(不老不死の無断行使・状態固定済)
■ 原因:願いの「物理封鎖」化
・「散りたい(死)」という願いを、不老不死による「死の拒絶」で上書き。
・殿が突破不能となったことで、撤退すべき仲間が戦場へ回帰。
・「死なない軍勢」による反転攻勢が成立し、戦史のタイムラインが凍結。
■ 裁定:救出委員会への委託(風紀・消滅委員会との合同任務)
・任務条件の再定義不能。歴史の論理汚染が進行中。
◆
街道の脇、ひっそりと佇む『中村屋』の暖簾。
そのすぐ側では、数分前に心臓を貫かれたはずの兵たちが、平然と笑いながら団子を口に運んでいた。
彼らの鎧は血に塗れ、布地はズタズタだ。
だが、その下の肌は、まるで何事もなかったかのように白く、滑らかに「巻き戻って」いる。
「なるほど、こういう感じか……
で? セット先輩はなにしてるんですか?」
サダオミは、手渡されたみたらし団子の串を眺めながら、隣で淡々と炭を熾している男を横目で見た。
「……なにって、潜伏任務なう、だ」
一式は、その世界の文字で書かれた『中村屋』の看板に誇りを持つかのように、丁寧に団子を並べ直す。
「あ、今回は読める文字だ。
……中村屋って、先輩。……そのまんますぎません?」
「プロのこだわりってやつだ。
いいから食べてみろ、なう」
サダオミが一口齧る。
甘辛い餡と絶妙な弾力の餅が、口の中に広がった。
「……ん。……。……ふつうに美味しいの、ずるくないですか?」
「琥珀ちゃんにスカウトされたこともあるからな」
「え、すご」
サダオミは素直に感心したが、すぐに視線を「巻き戻り」を繰り返す武士たちへ戻した。
「……にしても、先輩とバッティングするとはな。……風紀と救出って、そんなに仕事被るんですか?」
「……消すと救う。……そう単純でもない。……全ては神の審議次第だ」
一式は、客――不死身の軍団の一人が酒をこぼし、服が濡れた瞬間に「濡れていない状態」へ巻き戻るのを、冷徹な瞳で見届ける。
「……あー……例の、上が決める『帳尻合わせ』ってやつか」
「……違反者なら……消す。……それが俺の役目だ」
一式は、団子の串を一本、ゴミ箱へ正確に放り投げた。
「で、セット先輩の経験上……今回は?」
「……完全に……アウトだ、なう」
「でしょうね……で、肝心のやらかし天使は」
サダオミが呆れ果てて周囲を見渡す。
一式が、無造作に焼き台の端を指差した。
「そこで団子食ってる、なう」
視線の先。
中村屋の特等席で、小柄な少年――第六圏域所属の下級天使、霜月 鴉が、口の周りをタレだらけにして咀嚼していた。
「ほいひいれす(美味しいです)……。中村様のみたらひ、神がかってまふ……!」
「……見るからにやらかしそー……」
サダオミは額を押さえた。
目の前の少年は、自分が今まさに「消滅」の崖っぷちに立っていることに、露ほども気づいていない。
「……おい、鴉。お前、自分が何をバラ撒いたか分かってんのか?」
「へ? あ、同僚ですか? この団子食べます? 美味しいですよぉ」
鴉が屈託のない笑顔で串を差し出す。
サダオミはそれを無視して、一式の方へ向き直った。
「……で、セット先輩。いつまで団子焼いてるつもりです?」
「……団子が完売した瞬間、なう。
あと、当たり前のようにセット先輩って言い続けるよな、お前」
一式は、残りの団子の数を、冷徹な事務作業のように数え上げた。
「完売した瞬間に、俺は『裏取り』を完了し、神の審議を要請する。……審議の結果は、九割九分『デリート』だろうな。……この世界線の不純物は、あまりに多すぎる」
一式が視線を向けた先では、榊 刻時が部下の肩を叩き、豪快に笑っていた。
その肩には、一秒前に敵に射込まれたはずの矢が、ノイズと共に消えた「跡」だけが白く残っている。
「……あの団子がなくなるまでに、俺がその『アウト』を『セーフ』に書き換えればいいんだな?」
「……できるのならな、なう」
一式は新しい団子を網に乗せた。
ジウ、と。
「……なるほどな。セット先輩。この団子がなくなる前に、あの殿様の『時計』を壊すんじゃなくて、『電池』を入れ替えてやりゃいいんだな?」
サダオミが不敵に笑う。
一式は、最後から十本目の団子を網に乗せた。
「……願いの再定義か。……だが、本人が心底から『この停滞』を望まぬ限り、神の審議は通らん、なう。……嘘の願いは、すぐに剥がれる」
「……あぁ、分かってるよ。……おい、鴉。お前も手伝え。……お前の『推し』を消されたくなきゃな」
「えっ!? 榊様が消えちゃうんですか!? やだ、そんなの絶対やだ!」
「……お前もだ」
「えぇ!? 僕、消えちゃうんですか!?」
ようやく事態の深刻さに気づいた鴉が、口の周りにタレをつけたままサダオミに縋り付く。
「……よし。じゃあ、まずはあの殿様に、最高に『今が幸せだ』って自覚させてやる。……あいつ、自分が『死にたがってる』って思い込んでるだけの、ただの寂しがり屋だろ」
サダオミは余った団子を一口で飲み込み、刀の柄に手をかけた。
「……残り九串。……急げよ、なう」
一式は、サダオミの返事を待たず、淡々と網の上の団子をひっくり返した。
炭が爆ぜる。
遠くで、死ねない武士たちの笑い声が響く。
サダオミは一度だけ深く溜息をつき、鴉の首根っこを掴んだまま、夕闇が迫る戦場の中心部――榊 刻時が待つ「終わらない宴」へと足を踏み入れた。




