↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
332/338

†39話†:時間果実の、苦くて甘い午後





【第一圏域:透哩の執務室】


 任務を終えたサダオミが、重い足取りで空間の裂け目から這い出してくる。

 背中には、いつもの「ひな」という重みがない。

 その代わり、ソロ任務特有の、憑き物が落ちたような気だるさが全身に纏わりついていた。


「……終わったぞ、透哩。卯月んところの妹と、あの詰んでた聖女。……適当に『差分』を見つけてやれって言っといた」


 デスクでログを精査していた透哩が、眼鏡の奥の鋭い瞳をわずかに上げる。


「……ほう。物理破壊ではなく、正論による再起動か。お前にしては随分と、……真っ当な解決をしたな」

「真っ当、て。……俺はいつだって真っ当だろ」


 サダオミは近くの椅子に乱暴に腰を下ろし、深く背もたれに体を預けた。


「……卯月とうかの妹、暦か。あいつもあいつで、お前に懐いたようだな。報告書に『サダオミ様は光の導き手でした!』と、余計なポエムが並んでいるぞ」

「……やめろ。消せ、そのログ。恥ずかしくて死ぬ」


 サダオミが顔を覆う。

 とうかといい、暦といい、卯月家の女性たちの「重すぎる評価」は、サダオミにとってどんなバグよりも恐ろしい。


「さて、面倒な階層戦ティア・シフトが成立する前に……」


 透哩が次なる「異常ログ」を開こうとした瞬間、サダオミはその手元をひょいと遮った。


「……待った、透哩。あーだこーだ言うのは後にしよう。それよりちょっと、紅茶でも飲みに行こうよ。……そんな気分なんだ、今は」


 しれっと告げられた誘いに、透哩は一瞬、彫像のように沈黙した。

 事務処理の鬼である彼女にとって、「仕事中に茶を飲む」という提案は本来、言語道断のはずだ。


「……ふむ。……いいだろう。丁度、喉が渇いていたところだ」


 軽く頷き、彼女は意外にも素直に立ち上がった。





【第一圏域:星庭アストラル・ガーデン


 第一圏域の庭園には、「星の欠片」が砂利のように敷き詰められ、「概念花」が揺れるたびに淡い燐光を放っている。

 二人は「時間果実」の木陰にあるベンチに腰を下ろし、何気ない会話を始めた。


「……なあ、透哩。さっきのログを見てて思ったんだけどさ」

「なんだ」

「下級天使の詰み方だよ」

「ふむ」

「……だいたい『不老不死』が原因になってないか?」

「そうかもな」


 サダオミは、手元のティーカップを眺めながら苦笑した。


「いや、なんでみんな確認もせずにパーっとやっちゃうかなぁ。……『不老不死』なんて、劇薬だって分かりきってんだろ」

「ふむ。お前は……」

「お前は?」

「……そうではなかったのか?」


 透哩の少しだけ悪戯っぽい視線に、サダオミは言葉を詰まらせた。


「……そうでした。すみませんでした。不老不死の行使(そんなこと)ができるようになったって言われたら、……やらないといけないのかと思ってました」


 かつて、自分もその「万能感」というバグに呑まれ、大した確認もせずに不老不死を行使した一人だ。

 そんなサダオミの「しおらしい反省」に、透哩は耐えきれず、小さく、けれど確かに笑った。


「ふふ……」

「……あぁ、好きに笑うがいいさ。……ったく」

「たまには……」

「たまには?」

「……こういう時間も、良いものだな」


 透哩の横顔に、穏やかな色が差す。


「……あぁ、また誘うよ」

「ふむ」


 短い肯定。

 だが、その声にトゲはない。

 概念花が放つ青白い光が、二人の足元で静かに揺れている。


 サダオミは冷めかけた紅茶を飲み干し、ゆっくりと空を仰いだ。


 不老不死。

 不変。

 停滞。


 かつて自分が求めた「完璧」は、今のこの「移ろいゆく、なんてことない時間」の心地よさに、到底及ばない。


「……さて、透哩。そろそろ戻るか」

「ああ。……『消滅』が始まる前にな」


 透哩の言葉が、ふと温度を変える。

 甘い休息の香りは、一瞬にして冷徹な任務の予感へと書き換えられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。