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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
328/331

†35話†:第一座、安定域内





 因果演算室カルマ・オペラ


 空間は、存在していなかった。


 上下も、奥行きもない。

 ただ、無数の演算陣だけが、黒の中に浮かんでいる。


 それらは回転し、分岐し、収束する。


 世界の未来は、本来ここで一つに定まる。


 ―――はずだった。


 ひとつの演算が、止まる。


 遅延。

 誤差。

 再試行。


 収束せず。


 分岐増加。


 収束せず。


 再帰処理。


 ―――失敗。


 その一点だけが、異常だった。


 それ以外は、すべて正常に収束している。


 完璧な未来の中に、ただ一点。


 ノイズがある。


 演算陣が、わずかに震えた。


 ―――観測対象、抽出。


 光が収束し、一つの像を結ぶ。


 人の形。


 だが、それは記録ではない。


 結果でもない。


 ―――過程が、存在しない。


 ログ欠損。


 補完不能。


 再演算。


 ―――失敗。


 静寂。


 その静寂の中に、“声”が重なる。


「……収束しない」


「因果が閉じていない」


「接続順序が確定しない個体」


「定義不能」


 誰の声でもない。


 複数であり、単一でもある。


 演算室そのものが、発話している。


 ―――対象、再評価。


 演算陣が組み替わる。


 別の未来が提示される。


 それでも。


 同じ点で、崩れる。


 収束せず。


 収束せず。


 収束せず。


「……特異値」


「排除対象」


「終了処理推奨」


 その時。


 わずかに、演算が“止まった”。


 否。


 止められた。


 ノイズの中心に、別の処理が割り込む。


 強制書き換え。


 承認。


  承認。


   承認。


 演算が、無理やり“成立する”。


 歪んだまま、未来が一本に繋がる。


 沈黙。


「……第一座」


 呼称が発生する。


 応答はない。


 だが、処理は続いている。


「承認過多」


「権限逸脱」


「監査要求」


 問いは投げられる。


 応答は、遅れて返る。


「―――必要です」


 それは、個としての声だった。


 初めて、人格を持った発話。


「当該個体は、承認なしでは因果が成立しません」


 演算陣が、その言葉を裏付ける。


 承認除外。


 再計算。


 ―――崩壊。


 世界が、成立しない。


 ログ断絶。


 終端未到達。


 再構築不能。


 沈黙。


「……本来、存在しない挙動」


「歯車ではない」


「異物」


「排除対象」


 結論が、並ぶ。


 すべて正しい。


 だからこそ。


 統一されない。


 再び、声。


「―――神利益、最大化個体です」


 わずかに。


 空間が、歪む。


 演算陣の一部が、反応を示す。


 未使用領域。


 空席。


 そこに、ログが流れ込む。


 誰も操作していない。


 だが、記録される。


 未来が、勝手に蓄積される。


「……定義外」


「未割当領域への侵食」


「危険」


 沈黙。


 そして。


 結論は、出ない。


 出せない。


 演算不能。


 判定不能。


 保留。


 ただ一つ。


 処理だけが残る。


「第一座、安定域内」


 その瞬間。


 すべての演算が、静止した。


 異論は、存在しない。


 できない。


 処理は、継続される。


 歪んだまま。


 成立し続ける。


 ―――それでも、世界は回る。





 ―――「でさ」


 サダオミは、軽く肩を回しながら口を開いた。


「今回の世界、やたら静かじゃなかったか?」


 るるかは、一瞬だけ視線を外した。


「安定域内です」


「……いや、まだ何も言ってないけど?」


「え?」


 るるかは、きょとんとした顔をした。


「何がですか?」


「……いや、今なんて?」


「普通に返事しましたけど……?」


 首をかしげる。


 本気で分かっていない顔だ。


 サダオミは数秒だけ黙って――


「……まあいいか。結果的にはそうだしな」


 あっさりと流した。


「ですよね?」


 るるかは、いつも通りに笑う。


 ほんの一瞬だけ。


 言葉を選ぶような“間”があった気がしたが、


「それより、お疲れさまでした。今回も綺麗に終わりましたね」


 すぐに消えた。


「あー……綺麗、ねぇ」


 サダオミは苦笑して、後頭部をかく。


「毎回思うけど、“これが正解なのか?”ってなるわ」


「正解ですよ?」


 即答だった。


「……即答すぎて逆に怖いですよ?」


「だって、ちゃんと終わってますし」


 るるかは当然のように言う。


 その言葉に、違和感はない。


 ないはずなのに。


「……まあ、終わったならいいか」


 サダオミは、それ以上考えるのをやめた。


 答えが出ないことを、無理に掘る性格ではない。


「次、行きます?」


「休ませて」


「えー」


 いつものやり取り。


 いつもの空気。


 何も変わらない。


 ―――はずだった。


 サダオミは、ふとだけ視線を上げる。


 理由はない。


 ただ、なんとなく。


 その瞬間、


 何かが“決まっている”感覚が、一瞬だけ過ぎった。


「……?」


「どうかしました?」


「いや……なんでもない」


 ―――いや、本当に?


 そんな考えが一瞬だけよぎる。


 すぐに振り払った。


 気のせいだ。


 そう思って、視線を戻す。


「じゃあ、少しだけ休憩にしましょうか」


「助かります」


 るるかが、いつも通り微笑む。


 その笑顔に、変わったところはない。


 何も。


 本当に、何も。


 変わっていない。


 ―――はずなのに。


 違和感だけが、残った。

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