†33話†:如月凪 ― 英雄依存円環 ― ②
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「……あんた、何者だ?」
皇煉は、剣を引くことなく、けれどその切っ先をわずかに下げて問うた。
24時間営業の救世主。彼の瞳には、平和を守り続ける誇りよりも、終わることのない残業を強いられた労働者のような、深い、深い隈が刻まれている。
「あー、まぁ、ちょっとした通りすがりの凪の同僚かな。……にしてもさ」
サダオミは、煉の持つ剣の重さを測るように目を細めた。
「やっぱり、そうなるよなぁ。
……無理しなくていいって言われても、無理しなきゃ崩れる世界を背負わされてるんだ。
本音なんて、誰にも言えるわけないよな。
……あー、わかるよ。俺も、全く同じだったからさ」
「……同じ……だと?」
煉の眉が、初めて微かに動いた。
否定でも、嘲笑でもない。
サダオミは隣に腰を下ろし、軽く言葉を交わす。
――会話は、途切れない。
遠くで見守る凪の目が、わずかに見開かれる。
どれだけ尽くしても、どんなに「平和」を捧げても、
見せてくれなかった――煉の「毒の抜けた、安らかな顔」。
「……救出のプロって、あんなことまでできるの?」
凪の胸に、驚きと、そしてサダオミへのさらに深い羨望が刻まれる。
◇
「……なぁ」
サダオミは、皇煉の背を見たまま口を開いた。
「これ、いつまで続けるつもりだ?」
「……?」
凪が眉をひそめる。
「あいつが前に立ち続ける限り、この国は回る。
でもさ――」
一拍。
「それ、あいつが倒れた瞬間に全部終わるってことだよな」
「……それは……」
凪が言葉に詰まる。
サダオミは視線を外さない。
「一人に全部乗せてる時点で、それはもう“平和”じゃない」
静かに言い切る。
責めるでもなく、断じるでもなく。
「…………」
凪の肩が、小さく震えた。
「じゃあ、どうすればいいのよ……」
絞り出すような声。
サダオミは、わずかに肩を竦めた。
「簡単だよ」
あっさりと。
「週に一日でいい。あいつを前線から外せ」
「……は?」
「その一日、この国だけで回してみろ」
淡々と続ける。
「防衛でも、警備でも、避難でもいい。
何でもいいから、“あいつ抜きで”やってみろよ」
「そんなの……無理に決まってるじゃない!」
「だろうな」
即答。
「だからやるんだよ」
「……っ」
凪の息が詰まる。
サダオミは一歩、踏み込んだ。
「出来ないなら、それが“現実”だ。
出来るようにするしかないなら――それも“現実”だ」
逃げ場を残さない声音。
「どっちに転んでも、“あいつ一人で守る世界”は終わる」
「……そんなの……」
凪の視線が揺れる。
サダオミは、わずかに目を細めた。
「守る側が一人しかいない世界を、“平和”とは言わない」
静かに。
「それはただの――延命だ」
◇
――数日後。
皇煉の姿は、前線にはなかった。
代わりに、慣れない手つきで剣を握る兵士たちが、ぎこちなく陣を組んでいる。
誰もが余裕を失い、それでも一歩も退かずに立っていた。
遠くからその様子を見つめ、凪が声を張り上げる。
その指示は拙く、完璧には程遠い。
だが――止まってはいない。
「…………」
サダオミは、その光景をしばらく見ていた。
やがて、小さく一つ、頷く。
それだけで十分だった。
踵を返し、振り返ることなく歩き出す。




