†29話†:高鷺ゆえ― 記憶の回廊 ― ②
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音楽委員棟へと続くその回廊は、物理的な距離を超えた「聖域」だった。
一歩踏み出すごとに、空気中に舞う「音の粒子」が肌を撫でる。
床からは波紋のように過去の記憶が広がり、雑多な精神的ノイズが強制的に調律されていく。
……っ、小夜子……
回廊に溶け込んだ小夜子の面影が、甘く切ない旋律となってサダオミを呼び止める。
立ち止まりそうになる足を、背中にしがみついたひなの重みと、物理的に引かれる髪の痛みが現実に繋ぎ止めた。
「いたたっ、わかったって。
ありがと、ひな吉くん。
今はゆえ先輩が先だ……っ!!」
雑念を振り払い、サダオミは回廊を駆け抜ける。
重厚な音楽委員棟の扉を、勢いよく左右に跳ね上げた。
「ゆえ先輩!! 大丈夫ですk――」
「……もう嫌ぁ……っ」
そこにいたのは、聖母のような慈愛をかなぐり捨て、床にへたり込んで泣きじゃくる高潔な奏者の姿だった。
「すっごい還ってくる……。もう、すっごいみんな還ってくるんだもん……っ! ずっと奏でてるのよ!? 減らないのよぉ……終わらないのよ……っ!!」
散らばった楽譜の海の中で、情緒がログアウトしたゆえが咽び泣く。
凄まじい数の天使の記憶を一人で調律し続け、ついに精神の防波堤が決壊したらしい。
「……とりあえず一度、休みましょうよ。あ、ほら、気分転換になるようなもの、ないんですか?」
サダオミの必死の提案に、ゆえは涙で濡れた顔を上げ、震える声で呟いた。
「……スープ」
「え?」
「……琥珀ちゃんが作る、幸福味のスープ……。あれを飲めば、あと100年くらいは頑張れるかも……」
「琥珀先輩、すごすぎか!!」
「おー、あれはうまいからなぁ。僕も飲む~」
背中でひなが呑気に同意する。
かくして、天界の「音色」を守るためのミッションは、なぜか『最強のスープ調達』へと変貌を遂げた。




