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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
321/322

†28話†:高鷺ゆえ― 運命の不協和音 ― ①



 その調べは、もはや第一圏域の「空気」そのものだった。


 高鷺ゆえが奏でる、透き通った記憶の音色。

 耳を傾ければ、荒んだ精神が凪ぎ、澱んだ思考がクリスタルのように透き通っていく。サダオミにとって、日常の合間に流れ込むこの響きに身を委ねる時間は、何物にも代えがたい「救い」となっていた。


 ……今日も、ゆえ先輩の音色は良いなぁ


 サダオミは静かに目を閉じ、その完璧な旋律に意識を沈める。

 教室を見渡せば、楢葉は目を閉じて黙想し、海里はペンを止め、一式さえもスマホを置いている。言葉にせずとも、この場にいる全員が、その至高の調律を「共有」していた。


 だが。


 ――ぼえーっ。


 突如として放たれた、形容しがたい濁った音。

 まるで天界の薄氷を鉄槌で叩き割ったかのような、あまりにも無作法な不協和音が、静謐な学び舎を震わせた。


「……っ!? ゆえ先輩!?」


 サダオミが椅子を蹴って立ち上がった、その瞬間。

 瞑想していたはずの楢葉の耳が、ピクリと不自然に跳ねた。

 海里が手にしていたペンを僅かに震わせ、

 一式が、電光石火の速さで端末を弾き、『放送事故なう』とログを打ち込む。


 誰もが言葉を失う中。

 サダオミの隣で、透哩が眉一つ動かさず、ただ「サッ」と、普段よりも僅かに速い速度で教科書のページをめくった。


「あ、あれ……?」


 動揺を抑えきれず、サダオミはゆえの指定席へと視線を飛ばす。

 けれど、つい先ほどまでそこにいたはずの、高潔な奏者の姿は――掻き消えたように、どこにもなかった。


「あー……これは音楽委員棟だねー。……でごわ……あ、なおった」


 背中にズシリと、見慣れた「重み」がのしかかってきた。


 ひなだ。

 

 おぶさってきた拍子に語尾のバグが直ったらしい先輩は、そのまま肩越しに、空っぽになったゆえの席を指差した。


「……ゆえ先輩の音色が外れるなんて、ただ事じゃないよ。ちょっと心配だし、様子を見てくる」


「ひなもいくー。あー、でも、ゆえがミスったんじゃなくて放送の方かも?」


「放送……?」


「第二圏域に担当委員があるんだよー。そこの中継システムがバグった可能性もあるねー」


 意外な指摘にサダオミが眉を寄せた、その時だった。

 

「サダオミさんは、ダメです」


 背後から、凍りつくような、けれど慈愛に満ちた絶対的な拒絶の声。

 振り返れば、そこには教卓の前に立つ大宮るるかが、感情の読み取れない瞳でこちらを見据えていた。


「え、いきなりダメって言われた」


「あなたがそこへ行くのは危険と判断します。控えてください」


 サダオミは「あ、そうなんだ」と、憑き物が落ちたような顔で頷いた。


「るるかさんが言うならそうなんでしょうね。了解です」


「聞き分け良すぎかー」


 ひなのツッコミに、サダオミは心外そうに唇を尖らせる。


「だって、るるかさんだぞ? あの人が言うことに間違いなんてないだろ」


「……サダオミさん。るるかさんではありません。先生、です」


 スッと眼鏡をかけ直す仕草で眼鏡がないことを示される。

 サダオミは「あ、忘れてた」と手を打った。


「あ、眼鏡してなかった。わかりましたよ、先生。

 ……ってことで、音楽委員棟へ行ってみよっか。

 ひな吉くん、案内頼める?」


「おー、いいよー」


 るるか先生の忠告を胸に、サダオミはひなを背負ったまま、未知の「不協和音」が待ち構える音楽委員棟へと歩き出した。

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