†26話†:セナキ ― 語らせぬ過去 ― ②
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「さて、和解も終えたことじゃし。あまり引き留めるのも、外の理に色々と影響が出てしまうの」
老師は満足げに目を細めると、手にしていた古びた杖で、所在なき空間をトントンと叩いた。
「また来るといい。キミが願えば、ここの扉はいつでも開くようにしておくよ」
その言葉に応じるように、サダオミの背後に真っ白な光の回廊が立ち上がり、眩い扉が出現した。
その光の先には、見慣れた――けれどどこか息苦しいほど高精度な、学園の空気が漏れ出している。
「どれ、ワシも久々に、従属天使を介した神力誇示とやらに参加してみるかのぅ」
……俺や姐さんを道具扱いかよ。
……従属天使を二人も第一圏域に捩じ込むとか、普通じゃねぇだろ。
透哩も、るるかさんも、相変わらず無茶苦茶だ。
……神力誇示?
……はぁ。どいつもこいつも、透哩の二番煎じかよ。
思わず身を乗り出したサダオミに、老師はいたずらっぽく笑って付け加えた。
「ほっほ、セナキは後々、学園へやることにするよ」
「え?」
虚を突かれたサダオミの横で、当のセナキが顔を赤くして俯く。
「お、いいじゃん、セナキ。楽しみに待ってるよ。それじゃ、また。折角だし、また寄せてもらうね」
サダオミはひらりと手を振ると、迷うことなく光の回廊へと足を踏み入れた。
◇
光の回廊を抜け、天界の空気に触れた瞬間。
どこからともなく、透き通った音色がサダオミの鼓膜を撫でた。
高鷺ゆえが奏でる、記憶の音色。
荒んだ精神を凪がせるその響きに、サダオミは小さく息を吐く。
「……ゆえ先輩、いつも助かります」
届くはずのない感謝を小さく呟き、サダオミは前を向いた。
記憶の調べが落ち着く。
次に、不気味なほど正確なリズムを刻む歯車の音が、サダオミの耳を打った。
――因果の回廊
歩を進める先にあるのは、優雅さとは無縁の「記録」の山だ。
壁一面の歯車がカチリと鳴る。
足元に浮かび上がるのは、サダオミがこれまで屠ってきた者たちの、断末魔にも似た光の残像。
――チリッ、と。
一歩ごとに、返り血の組成データが空中に弾ける。
かつて自分が振るった「一瞬の剣筋」が、無機質なエフェクトとなって視界を汚す。
「ここは慣れないな……」
サダオミにとって、己が歩んできた戦場も、奪ってきた命も、そのすべては自分自身の血肉に刻まれた「責任」だ。
それは他人に、あるいはシステムに見せびらかすようなものではない。
だからこそ、目の前にホログラムのごとく映し出される「戦歴の映像」は、サダオミにとっては何の価値もない、ただのノイズに過ぎない。
サダオミは不快そうに眉を寄せると、足元から次々と溢れ出す「自分の過去」から、意識的に視線を逸らした。
罪も、功績も、すべては俺の内側にある。
こんな出来損ないの映像に、語らせるな。
なるべく、見ないように。
何も考えず、
ただ前だけを見て、サダオミは歩みを早めた。
「……爺いに会ったのか」
不意に、虚空から降ってきた声に、サダオミの肩が跳ねた。
角を曲がった先に、腕を組んで壁に寄りかかる透哩が立っていた。
「――透哩はいつもいきなりだな! びっくりしたわ!」
胸を撫で下ろしながら、サダオミが鋭い視線を向ける。
だが、当の所有者は視線を逸らしたまま、短く鼻を鳴らした。
「ふん」
「……あぁ、会ったよ。あと、ただいま」
「…………ふん」
透哩はそれ以上何も語らず、ただ無愛想に背を向けて歩き出す。
サダオミはその不透明な背中を追い、苦笑しながら委員棟へと向かった。
扉を開けた瞬間、待ち構えていたのは、さらに別の「ノイズ」だった。
「遅いでごわす! オミっち!」
今日も今日とて語尾の定まらない先輩、ひなが、爛々と目を輝かせてこちらを指差した。
「……いや、語尾って。……もういいわ」
脱力した声が、天界の静寂をようやく「日常」へと塗り替えた。




