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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
318/323

†25話†:セナキ ― 記録の裁定 ― ①



 ゾラとの騒々しい任務を終え、ようやく一息つける――。

 そう思った瞬間、サダオミの視界は白一色に染まり、次の瞬間には、見渡す限りの本棚に囲まれていた。


 静かだ。

 天界の喧騒とも、精神世界のジメジメした空気とも違う。

 古びた紙の匂いと、膨大な情報の重みだけが漂う、隔絶された空間。


「……なんだ、ここ。……システム?」


 呼びかけに応える通信はない。

 困惑して額を押さえるサダオミの耳に、のんびりとした、けれど深みのある声が届いた。


「おや、ようやく来たかね。……待ちくたびれて、本を三千冊ほど読んでしまったよ」


 書架の陰から、小さな体に豊かな白髭を蓄えた、絵に描いたような「お爺ちゃん」が姿を現した。

 サダオミは思わず、その姿を指差して固まる。


「……じいさん、誰? ここ、天界なのか?」


「ふむ……少し違うのぉ。ここは世界(アカシック)書庫(・ライブラリ)

 わしが別次元に築いた、いわば余白の場所じゃよ」


「別次元……? 意味が……ていうか、じいさん。

 アンタ、天使なのか?」


「それはそうじゃのぉ」


 老師はニコニコと頷く。

 サダオミはまじまじと、その深い皺に刻まれた顔を見つめた。


「天使にお爺ちゃんっているんだね……。

 羽が生えた若いのばかりだと思ってた」


「ほっほ。

 本体に形はないゆえの。

 今は、お前さんが話しやすそうな本を選んで、この姿を借りておるわい」


 老師はそう言って、手元の古い本を閉じた。

 その仕草一つに、果てしない歳月が宿っている。


「サダオミ。

 お前さんは、シアやセナキを覚えておるかな?」


「……忘れるわけないよ。

 ラナクロアで出会った双子の兄妹……姉弟?

 いつも言い合いしてたよね」


「あの子らは、わしの従属天使でな。

 下級天使が降りる前の世界の下地を整えるのが役割じゃった。

 いわば、世界の整形師よ。

 ……シアは、お前さんに世話になったの。

 ホッホ、あの子が前を向くきっかけをくれたこと、礼を言うぞ」


 シアの名を聞き、サダオミの表情が少しだけ和らぐ。

 それを確認すると、老師は頷き、そして微笑んだ。


「……さて。

 こういうのは、早い方が良い」


 老師の目は、サダオミの背後の暗がりに向けられた。


「……ほれ、セナキ。

 そこにおるのは分かっておる。

 言わんか」


「……っ」


 書架の影から、一人の天使が弾かれたように姿を現した。

 サダオミの目が、驚きに見開かれる。


「……え、セナキ!? なんでここに……!?」


 再会を喜ぶ間もなかった。

 いつもなら「あはは」と人を食ったような笑い声をあげるはずの彼が、真っ白な十二単を震わせ、その場に崩れ落ちたからだ。


「サダオミ……僕は、……僕はね」


 絞り出すような、掠れた声。

 セナキは床に膝を突き、指が白くなるほど拳を握りしめている。


「君にシアを奪われて……一人ぼっちになって……。

 それで、あの世界で君と再会した時、……僕、本当に、純粋な悪意で、君の世界を終わらせたんだ」


「セナキ……?」


「意趣返しだよ。

 君が大事にしていた居場所も、君の命も、全部……『物語終了演算』で消してやったんだ。

 ……君が、大っ嫌いだったから」


 セナキの瞳から、大粒の涙が溢れ出し、書庫の床を濡らす。

 それから一冊の本をゆっくりと開いた。


 ガチリ、と。

 世界書庫の空気が、凍りつくような「死」の気配に塗り替えられた。


「なっ!?」


 目を見開く。


 白を終わらせた存在。

 白の世界に終焉をもたらした者。

 それが今、目の前にいる。


「……あれ……セナキだったの……か?」


「そうだよ……なのに。

 ……なんで、未来の君は、僕を思い出してるの?

『元気かな』なんて、……『仲良くなれればよかったのに』なんて……。

 そんな、……バカみたいな選択肢、僕に見せないでよ……!!」


 泣きじゃくりながら、セナキはサダオミに縋るように顔を上げた。


「ごめん……ごめんなさい……。

 僕は、世界を壊した、ひどい天使なのに……。

 ……でも、……僕も、その未来を……選んでいいかな……っ?」


 復讐を遂げたはずの管理者が、自らの悪意を「思い出」という名の暴力的な優しさに粉砕され、ただの泣き虫な子供のように震えていた。


 サダオミは、目の前で「世界を滅ぼした姿」のまま震えているセナキを見つめ、ゆっくりと息を吐き出した。

 恐怖がないわけじゃない。

 あの日、自分が死んだ瞬間の感覚は、今も肌に張り付いている。


 けれど、サダオミは逃げなかった。

 その場にドカッと腰を下ろし、終焉の衣を纏った天使の顔を覗き込む。


「……よくわからないけどさ。その、僕が見たっていう『未来』?

 それでセナキが救われるっていうなら……」


 サダオミは、どこか照れくさそうに頭を掻いた。


「それを選べばいい。……いいんだよ、それで」


「……っ、でも、僕は……!!」


「いいんだって。

 悪意があったお前も、今こうして泣いてるお前も、全部お前だろ。

 受け入れて前に進むしかないよ。……俺も、そうしてるからさ」


 かつての甘い理想を打ち砕かれ、地獄を這いずり、それでも「不殺」を捨ててまで誰かを守ろうと決めた自分。

 サダオミもまた、自らの「変貌」を受け入れてここに立っている。


「だから……一緒にそうしよ?

 お前だけじゃない。

 俺も一緒に、このクソみたいな因果を背負ってやるからさ」


 サダオミが差し出したのは、剣を握るための無骨な手。

 セナキは、信じられないものを見るようにその手を見つめ――やがて、本から溢れていた漆黒の霧が、霧散していった。


 終焉の姿が解け、元のセナキの姿がそこに残される。


「……やっぱり、君は変だよ、サダオミ」


 セナキは涙を拭い、ひどく不格好に、けれどこの世界で一番人間らしい笑みを浮かべた。


「……うん。

 でも、……やっぱり、面白かった」

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