†24話†:萬ゾラ ― その者、ワンパクにつき ― ②
■
「……システム。現状を要約してくれ。ゾラ(こいつ)、今の状況でどう定義されてる?」
サダオミは額を押さえ、自分が天界へ引き入れた「ワンパク小僧」が精神世界の空を物理でブチ抜いている惨状を指差した。
管理システムは、無視され続けたとうかの通信ログを無機質にスキャンし、回答を返す。
【システム:回答。本個体は、オペレーター・卯月とうかによる、血を吐くような再三の制止勧告を、文字通りその『鼓膜』で物理的に弾き返しています。】
「要するに?」
【システム:――アホです】
「…………」
知っていた。
分かっていたはずだ。
だが、天界の知性が導き出した究極の結論が、あまりにも救いようのない三文字だったという事実に、サダオミは天を仰ぐしかなかった。
「……あ? なんだダオミ。システムも、俺が誰の指図も受けねぇ『最強の男』だって認めたか?」
「……認めてねぇよ!! 全方位から救いようがない『アホ』って断定されたんだよ!!
ていうか、なんでいきなり詰んでんだよ!!あと誰が『ダオミ』だよ!!!」
サダオミはゾラの鼻先で声を荒らげた。
灰色の空から降り立ち、目の前でガムを噛んでいるこの「ワンパク小僧」に、至近距離で現実を叩きつける。
そのサダオミの傍らに、音もなく、けれど確かな存在感を持って銀髪の美女が姿を現した。
かつて愛で打たれた最強の刀、その真の姿。
「おっ、飛鳥。久しぶりだね。この世界は顕現できる感じ?」
サダオミが、隣に立つ彼女へ自然なトーンで声をかける。
飛鳥は凛とした立ち姿のまま、少しだけ面映ゆそうに、けれど親しげにサダオミを見つめた。
「ええ……ここは想念が形を成す場所だもの。私のような存在には、むしろ地上(外)より居心地がいいくらいよ」
飛鳥はそう言って、ゾラを一瞥する。
ゾラはといえば、サダオミの隣に現れた美女に驚くどころか、相変わらず「敵がいねぇ」と不満げに地べたを蹴っていた。
「それで、サダオミ。あなたが拾ってきたこの小鳥さんは……どうやら、言葉ではなく『拳』で誰かの心に触れようとしているみたいだけれど?」
「……ああ。見ての通りだ。適性ミスマッチもいいところだよ。だけど……」
サダオミはゾラの隣に、ドカッと腰を下ろした。
本来なら、自分が代わってこの繊細な案件を引き取るべきだろう。
だが、サダオミは知っていた。
このアホが、理屈を超えた何かを突き破る力を秘めていることを。
「……こいつを連れてきたのは俺だ。ゾラが、ゾラなりのやり方でこの『詰み』をぶっ壊すまで……俺はここで、こいつの横で見守るよ」
「……ふふ、そう言うと思ったわ。あなたのそういうお節介なところ、昔から変わらないわね」
飛鳥が微かに微笑む。
その横で、ゾラがようやく飛鳥の存在を認識したように指を差した。
「よぉ、ダオミ。その綺麗な姉ちゃん、新入りか? ――おい、姉ちゃん! 今から俺がこの湿気た檻を『伝説』で塗り替えてやるから、特等席で見てろよ!!」
「……だから、話を聞けってんだよアホ!!」
サダオミのツッコミが響く中、ゾラは再び、透明になりかけた少女――カナデの方を向いた。
「寄り添う」なんて器用な真似はできない。
だが、サダオミが真横で見守る中、ゾラはゾラなりの「暴力的なまでの救済」を模索し始める。
「で?誰を倒せばいいんだ?」
「だから、話を聞けってんだよアホ!!」
サダオミが怒鳴るが、ゾラは小指で耳をほじりながら「あー、耳が痛ぇ」と生返事。
その時、サダオミの傍らに立つ飛鳥が、静かに口を開いた。
「苦戦しているようですね、主。……よろしければ、私も協力しましょうか?」
「……ああ、悪い。せっかくだから、お願いしていいかな?」
◇
サダオミがゾラの右耳を掴み、反対側からは飛鳥がゾラの左耳を万力のような指先で捻り上げていた。
「あいたたたたた!! 分かった、分かったから! 聞きゃいいんだろ、聞きゃあ!!」
二人がかりの熱烈な教育(物理)を経て、ようやくゾラはカナデに向き直った。
カナデは、先ほどまでの悲壮感もどこへやら、耳を真っ赤にされているゾラの情けない姿を呆然と見つめている。
「……で、嬢ちゃん。お前、何て言ったんだっけか」
「……私は、忘れられたい。……この世界から、静かに消え去りたいだけ……」
ゾラはガムをクチャリと鳴らし、一秒の迷いもなく言い放った。
「……おい、ダオミ」
「誰がダオミだ。言ってみろ、何だ」
「俺ぁ、考えた。……ターゲットがいねぇなら、こいつ(カナデ)が俺をぶっ飛ばせばいいんじゃねぇか?」
「……はぁあ!?」
サダオミは思わず立ち上がった。
隣で静かに見守っていた飛鳥さえも、銀色の眉をピクリと動かす。
「お前……今、なんて言った?」
「だからよ。こいつが俺を倒せば、こいつは『勝者』だろ? 勝った奴は伝説になる。伝説になる奴は、ジメジメ消えたいなんて言わねぇ。……ほら、立てよ嬢ちゃん。俺を殴ってみろ。一発耐えてやるからよ」
ゾラは無防備に、その分厚い胸板をカナデの前に突き出した。
絶望の聖女——浅葱カナデは、目を見開いて硬直している。
自分の消えたい想いに寄り添ってくれるわけでも、優しく説得してくれるわけでもない。
ただ、「伝説になりたいなら俺を殴れ」という、宇宙で一番どうでもいい選択肢を突きつけられたのだ。
「……ぷっ」
「……え?」
サダオミが凍りつく。
カナデの、音を忘れたはずの喉から、小さく、けれど確かな笑い声が漏れた。
「あは、……あははは!! なに、その、……バカみたい」
数百年、誰の手も届かなかった「静寂の檻」が、爆笑と共に内側から弾け飛んだ。
「……おい、マジかよ!! ゾラの一番ひどい解決策で、聖女が笑った……!?」
「ったりめぇよ。俺を殴って『伝説』になる勇気が出たなら、もう消える必要なんてねぇだろ?」
ゾラは、カナデの爆笑を「自分の完璧な作戦への称賛」だと1ミリも疑わずに、堂々と胸を張った。
サダオミはといえば、あまりにも雑、あまりにも短絡的な「奇跡」を前に、ツッコミを入れる気力すら失って立ち尽くしている。
「……飛鳥。俺……」
「……主、落ち着いて。なにも言わなくてよいです。……そうね、今のは技術ではなく『事故』だわ。あの子のあまりの重力に、彼女の絶望が耐えきれずに潰れただけよ」
飛鳥が優しくサダオミの肩に手を置く。
その横で、カナデは涙を拭いながら、ようやく「人」としての温度を取り戻した瞳でゾラを見上げた。
「……本当に、バカなんだから。……でも、少しだけ、体が軽くなった気がするわ。……ねぇ、あなた。名前、なんていうの?」
「あ? 俺か? 俺は萬ゾラ! 今からお前にぶっ飛ばされる、予定の『伝説』だ!!」
「……だから、殴らせる前提で自己紹介するなっつーの!! 任務完了だよ、撤収!!」
サダオミの、魂の底からの叫びが灰色の空に響き渡った。
聖女カナデの「静寂の檻」は、こうして一人のアホと、そのアホに振り回された苦労人たちの手によって、騒々しくも幕を閉じたのである。




