†23話†:萬ゾラ ― 嵐の前のセレスティアランチ ― ①
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【第一圏域・教室】
サダオミが机に突っ伏して、どのくらいの時間が経っただろうか。
背中に感じていた「重み」がいつの間にか消えていることに気づき、サダオミはゆっくりと顔を上げた。
視線の先では、さっきまで自分をおんぶ紐代わりにしていたひなが、ゆえと楽しげに談笑している。
「ねぇゆえ、さっきのオミっちの納刀、ちょっと角度が甘くなかった?」
「そう? 私はあれくらいの方が、相手の『絶望』が長く続いていいと思うけど」
……あの二人、本当に仲良いよな。
っていうか、会話の内容が物騒なんだよ。
サダオミはぼんやりとした意識のまま、二人の華やかな背中を眺めていた。
第一圏域の日常は、こうした「平和な毒気」で満ちている。
だが、その安息は長くは続かない。
「うおっ!?」
背中に、凄まじい勢いで「重石」が戻ってきた。
「起きたー? お腹空いたー。オミっち、食堂行こー。今日は天使の羽のテリーヌが食べたいー」
「……あ、おはようひな吉くん。腹減ったのはわかったから、一旦降りて。ゆえさんも、そんな顔でこっち見ないでください」
ゆえが、クスクスと喉を鳴らして近づいてくる。
「いいじゃない、サダオミちゃん。私も少し小腹が空いていたところよ。三人で行きましょう?」
◇
【第一圏域・天界食堂】
白亜の柱とクリスタルで彩られた食堂は、相変わらず浮世離れした美しさだった。
三人が席につくと、手際よく、けれどどこか事務的な動作で一人の少女が近づいてくる。
「いらっしゃい……ませ……ひなちゃ、またサダオミの背」
給仕姿の琥珀が、トレイを抱えたまま、冷ややかな、けれど少しだけ呆れた視線をサダオミに向ける。
「……琥珀さん。そんな目で見ないで。これが俺のデフォルト(標準仕様)になりつつあるから」
「ふーん……」
琥珀が、流れるような手つきで水を置く。
その光景は、どこまでも穏やかで、満ち足りた「第一圏域の午後」だった。
◇
【第一圏域・ひなの部屋】
「落ちて死んだああああああ!!」
「なんでだよ! 落ちるってわかってて、なんで後ろに飛んだんだよ! !」
サダオミの魂の叫びが、ひなの私室に虚しく響く。
今回は開始5秒の出来事だった。
「横暴だ。高さは僕の味方じゃなかったんだ。あーあ、もうやる気なくした。サダオミ、お菓子買ってきて。……あ」
ひなが口を尖らせた瞬間、部屋のモニターが強制的に切り替わる。
「……死んだな。なら、働け」
透哩の、温度を一切感じさせない声。
「こえーよ!ホラーかよ!!画面に出てくるなよ!!」
「横暴だー! 独裁だー! 僕ぁ敵に殺られたわけじゃない、不可抗力の事故だ! 精神的なダメージで労災申請してやる!」
喚き散らすひなを、透哩はゴミを見るような目で見据えながら、
淡々と救出任務のデータをサダオミの端末へ飛ばす。
「お前たちに選ぶ権利はない。……行け」
「……はぁ、了解です。……行くよ、ひな吉くん」
◇
【第一圏域・委員棟・執務室】
「……はぁ。また救出か。っていうか、透哩。あの画面に出てくるのマジで怖いからな?」
「ふふっ」
サダオミは溜息混じりに、透哩から送りつけられた詳細ログをスクロールする。
救出対象の欄。
そこには、見覚えのある名前が、堂々と記載されていた。
観測記録:第六圏域/下級天使
対象:萬ゾラ(よろず ぞら)
状況:任務停止・敵対対象不在(思考停止)
原因:敵がいない
裁定:救出委員会への委託
「…………」
サダオミの思考が、一瞬、完全に停止した。
そして、執務室に今日一番の絶叫が木霊する。
「なんでだよおおおおおおおおお!!!」




