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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
315/324

†22話†:第一圏域防衛戦 ― 日常の格付け ―



【学園アナウンス:第一圏域・管理システム】

【WARNING:階層戦ティア・シフト――成立】

【防衛側:第一圏域・E固定備品/川篠サダオミ】

【挑戦側:第二圏域・第一席/代表個体】


 教室の壁一面に、警告のログが走る。

 本来なら、上位への挑戦権を得たエリートによる、一世一代の昇格チャンス。

 だが、第一圏域の生徒たちは、誰も教科書から目を離そうともしない。


「……あー、またか。ひな吉くん、悪いけど一回降りて。戦いづらい」


 サダオミは溜息をつきながら、背中の「重石」を揺すった。


「やだにゃん! 私を乗せたまま勝つのが、第一圏域の『騎士』の務めだにゃん! ほら、これは特訓だにゃん! 負荷ウェイトだと思って感謝するにゃん!」


「……感謝どころか、怨みしか湧かないんだが。あとその語尾、いつまで続けるつもり?」


「正直そろそろ、どうにかしたいにゃん」


「どうにかしたいんだ……」


 サダオミは深い、深すぎる溜息を吐きながら、慣れた動作で重心を落とした。


 向かう先は、第一圏域の最下層に位置する巨大な空間――

階層戦ティア・シフト』専用の第一武闘場。


「……本当に行くのね、その格好で」


 廊下で、眼鏡を外したるるか先生が、呆れたような、けれどどこか楽しげな表情で立ち止まっていた。


「……仕事ですから。ひな吉くん、降りないって言うし」


「だにゃん。オミっちは私の足なんだにゃん。……あ、ほら、ゲートが開くよ。ファンのみんなが待ってるぉ……あ、なおった」


 巨大な石扉が、重々しい音を立てて左右にスライドする。

 

 次の瞬間、眩いばかりの光と共に、各圏域の天使たちの「視線」がログの奔流となってサダオミを襲った。


【警告:階層戦ティア・シフト――中継開始】

【フィールド:第一武闘場】


 サダオミが砂塵の舞う舞台フィールドへ一歩踏み出すと同時に、空中へ投影された巨大なホログラム・モニターに、凄まじい速度の弾幕が流れ始める。


『おっ、来た来た! 噂の備品ちゃん(笑)』

『でも、前回は瞬殺だったよ。事実みよ?』

『てか、何あれww背中に何か乗ってるんだけどww』

『ひらり、待ってまーす』

『待って……あれ「不動の黄昏ひな」じゃない? なんでサダオミが背負ってんの?』

『え、ひな様???』

『今日も可愛いっ』

『こけろ! そのまま派手にこけろ!』


 サダオミはひなを背負ったまま、対面に立つ第二圏域の代表――白銀の鎧を纏った男を冷めた目で見据えた。


「……こけろは酷くない?」


 マイクが拾ったサダオミの低い呟きが、武闘場全体に響き渡る。

 弾幕が一瞬だけ、止まり――


『拾われたw』

『採用されたw』

『マジかよ、うらやま』

『ひらりがないよ?』


 すぐに弾幕が流れ始める。 


「おおぅ、オミっち大人気だね~」


「……ふざけているのか、川篠サダオミ」


 第二圏域の代表が、屈辱に震えながら剣を抜く。


「私との神聖な階層戦に、そんな……ハンデを背負って挑むというのか。貴様、死にたいのか!」


「ふざけてるのは俺じゃなくて、この背中の人なんですけどね……」


 サダオミは深い溜息を吐くと、ひなを背負い直すように腰を落とした。


「一応訂正しておきます。これ、ハンデじゃなくて、俺にとってはただの『日常』なんで――いくよ」


 サダオミが低く呟いた、その刹那。

 

 武闘場の空気が、物理的な圧に耐えかねたように爆ぜた。


 次の瞬間。

 サダオミの姿は、もうそこにはなかった。


 白銀の鎧の男は、剣を構えようとした。


 ……はずだった。


 だが、


 構えた記憶がない。


 視界の端を、

 白と黒の何かが通り過ぎた。


「バイバイ」


 ――チンッ。


 静まり返った武闘場に、澄んだ金属音だけが冷たく響き渡る。

 サダオミはすでに、相手の背後数メートルの位置で、抜き放った記憶すら持たせない刃を鞘に収めていた。


 コンマ数秒の遅延。

 

 ドサリ、と。

 白銀の鎧を纏ったエリートが、糸の切れた人形のように、一度も剣を振ることなくその場に崩れ落ちた。


「…………」


 各圏域の観衆が息を呑み、静寂が支配する。

 モニターを流れていた無数の野次も、嘲笑も、すべてが物理的に停止したかのように止まった。


 数秒の後。


『……え?』

『は? 今、何が起きた?』

『ログ追えないんだけど!? スロー再生して!!』

『おんぶ……おんぶしたままだぞ……?』

『一撃……? あの第二圏域のトップを、おんぶしたまま?』

『備品ちゃん……嘘だろ……?』

『サダオミ様……っ!!』


 爆発的に溢れ出す、畏怖と混乱の弾幕。

 

 サダオミは、その狂騒を振り返ることすらしない。

 背中で、上機嫌に揺れるひなを支え直すと、重い石扉が再び開く方へと、淡々と歩き出した。


「……ねぇ、ひな吉くん。今の、最後の一言さ、俺が殺したみたいで人聞悪いよ?あと重い」


「照れちゃって、可愛いいね~」


「……はぁ」


 サダオミは溜息を一つ吐き、騒然とする武闘場を背に、再び「日常」の廊下へとその姿を消した。





 サダオミがひなを背負って教室の自動扉を潜ると、そこには中継を見ていたクラスメイトたちの、どこか気の抜けた、けれど温かい声が待っていた。


「おー、サダオミ。圏域守護おつかれ〜」

「今回も秒だったな。背中のそれ、重くなかったか?」

「おんぶ配信、第二圏域の連中が困惑してて最高だったよ。もっとやれ」


 彼らにとって、サダオミの勝利は「当たり前」の日常風景と、なりつつあった。

 過度な崇拝も、過度な蔑みもない。

 ただの「仕事仲間」としての、軽快な労い。


「……あー、お疲れ。ひな吉くんが重すぎて、正直それどころじゃなかったけどね」


 サダオミは苦笑いを浮かべながら、自分の席へと向かう。

 第一圏域という、狭いようでいて、実は一番居心地が良いかもしれない場所。


 だが、その中継を画面越しに見つめていた、下層の第四、第五圏域の「生徒」たちの目は、決してドライではなかった。


 ……サダオミ様が、また守りきった。

 僕らと同じ従属天使こちらがわなのに、

 あんなに強い。


 彼らはログを打ち込むことすら許されない。

 ただ、胸に宿る熱い何かを押し殺し、再び教科書へと目を落とす。

 その沈黙の数だけ、サダオミへの「スタア」としての期待値は、学園の深層で膨れ上がっていた。


「……ねぇ、オミっち。みんなに『お疲れ』って言われて、ちょっとドヤ顔してなーい?」


「してない。……座るから、いい加減降りて」


「やだぁ。このままがいいよぉ」


「……はぁ」


 サダオミは深い溜息を吐き、机に突っ伏した。

 天界の静かな日常が、再び動き出す。

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