†22話†:第一圏域防衛戦 ― 日常の格付け ―
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【学園アナウンス:第一圏域・管理システム】
【WARNING:階層戦――成立】
【防衛側:第一圏域・E固定備品/川篠サダオミ】
【挑戦側:第二圏域・第一席/代表個体】
教室の壁一面に、警告のログが走る。
本来なら、上位への挑戦権を得たエリートによる、一世一代の昇格チャンス。
だが、第一圏域の生徒たちは、誰も教科書から目を離そうともしない。
「……あー、またか。ひな吉くん、悪いけど一回降りて。戦いづらい」
サダオミは溜息をつきながら、背中の「重石」を揺すった。
「やだにゃん! 私を乗せたまま勝つのが、第一圏域の『騎士』の務めだにゃん! ほら、これは特訓だにゃん! 負荷だと思って感謝するにゃん!」
「……感謝どころか、怨みしか湧かないんだが。あとその語尾、いつまで続けるつもり?」
「正直そろそろ、どうにかしたいにゃん」
「どうにかしたいんだ……」
サダオミは深い、深すぎる溜息を吐きながら、慣れた動作で重心を落とした。
向かう先は、第一圏域の最下層に位置する巨大な空間――
『階層戦』専用の第一武闘場。
「……本当に行くのね、その格好で」
廊下で、眼鏡を外したるるか先生が、呆れたような、けれどどこか楽しげな表情で立ち止まっていた。
「……仕事ですから。ひな吉くん、降りないって言うし」
「だにゃん。オミっちは私の足なんだにゃん。……あ、ほら、ゲートが開くよ。ファンのみんなが待ってるぉ……あ、なおった」
巨大な石扉が、重々しい音を立てて左右にスライドする。
次の瞬間、眩いばかりの光と共に、各圏域の天使たちの「視線」がログの奔流となってサダオミを襲った。
【警告:階層戦――中継開始】
【フィールド:第一武闘場】
サダオミが砂塵の舞う舞台へ一歩踏み出すと同時に、空中へ投影された巨大なホログラム・モニターに、凄まじい速度の弾幕が流れ始める。
『おっ、来た来た! 噂の備品ちゃん(笑)』
『でも、前回は瞬殺だったよ。事実みよ?』
『てか、何あれww背中に何か乗ってるんだけどww』
『ひらり、待ってまーす』
『待って……あれ「不動の黄昏」じゃない? なんでサダオミが背負ってんの?』
『え、ひな様???』
『今日も可愛いっ』
『こけろ! そのまま派手にこけろ!』
サダオミはひなを背負ったまま、対面に立つ第二圏域の代表――白銀の鎧を纏った男を冷めた目で見据えた。
「……こけろは酷くない?」
マイクが拾ったサダオミの低い呟きが、武闘場全体に響き渡る。
弾幕が一瞬だけ、止まり――
『拾われたw』
『採用されたw』
『マジかよ、うらやま』
『ひらりがないよ?』
すぐに弾幕が流れ始める。
「おおぅ、オミっち大人気だね~」
「……ふざけているのか、川篠サダオミ」
第二圏域の代表が、屈辱に震えながら剣を抜く。
「私との神聖な階層戦に、そんな……ハンデを背負って挑むというのか。貴様、死にたいのか!」
「ふざけてるのは俺じゃなくて、この背中の人なんですけどね……」
サダオミは深い溜息を吐くと、ひなを背負い直すように腰を落とした。
「一応訂正しておきます。これ、ハンデじゃなくて、俺にとってはただの『日常』なんで――いくよ」
サダオミが低く呟いた、その刹那。
武闘場の空気が、物理的な圧に耐えかねたように爆ぜた。
次の瞬間。
サダオミの姿は、もうそこにはなかった。
白銀の鎧の男は、剣を構えようとした。
……はずだった。
だが、
構えた記憶がない。
視界の端を、
白と黒の何かが通り過ぎた。
「バイバイ」
――チンッ。
静まり返った武闘場に、澄んだ金属音だけが冷たく響き渡る。
サダオミはすでに、相手の背後数メートルの位置で、抜き放った記憶すら持たせない刃を鞘に収めていた。
コンマ数秒の遅延。
ドサリ、と。
白銀の鎧を纏ったエリートが、糸の切れた人形のように、一度も剣を振ることなくその場に崩れ落ちた。
「…………」
各圏域の観衆が息を呑み、静寂が支配する。
モニターを流れていた無数の野次も、嘲笑も、すべてが物理的に停止したかのように止まった。
数秒の後。
『……え?』
『は? 今、何が起きた?』
『ログ追えないんだけど!? スロー再生して!!』
『おんぶ……おんぶしたままだぞ……?』
『一撃……? あの第二圏域のトップを、おんぶしたまま?』
『備品ちゃん……嘘だろ……?』
『サダオミ様……っ!!』
爆発的に溢れ出す、畏怖と混乱の弾幕。
サダオミは、その狂騒を振り返ることすらしない。
背中で、上機嫌に揺れるひなを支え直すと、重い石扉が再び開く方へと、淡々と歩き出した。
「……ねぇ、ひな吉くん。今の、最後の一言さ、俺が殺したみたいで人聞悪いよ?あと重い」
「照れちゃって、可愛いいね~」
「……はぁ」
サダオミは溜息を一つ吐き、騒然とする武闘場を背に、再び「日常」の廊下へとその姿を消した。
◇
サダオミがひなを背負って教室の自動扉を潜ると、そこには中継を見ていたクラスメイトたちの、どこか気の抜けた、けれど温かい声が待っていた。
「おー、サダオミ。圏域守護おつかれ〜」
「今回も秒だったな。背中のそれ、重くなかったか?」
「おんぶ配信、第二圏域の連中が困惑してて最高だったよ。もっとやれ」
彼らにとって、サダオミの勝利は「当たり前」の日常風景と、なりつつあった。
過度な崇拝も、過度な蔑みもない。
ただの「仕事仲間」としての、軽快な労い。
「……あー、お疲れ。ひな吉くんが重すぎて、正直それどころじゃなかったけどね」
サダオミは苦笑いを浮かべながら、自分の席へと向かう。
第一圏域という、狭いようでいて、実は一番居心地が良いかもしれない場所。
だが、その中継を画面越しに見つめていた、下層の第四、第五圏域の「生徒」たちの目は、決してドライではなかった。
……サダオミ様が、また守りきった。
僕らと同じ従属天使なのに、
あんなに強い。
彼らはログを打ち込むことすら許されない。
ただ、胸に宿る熱い何かを押し殺し、再び教科書へと目を落とす。
その沈黙の数だけ、サダオミへの「スタア」としての期待値は、学園の深層で膨れ上がっていた。
「……ねぇ、オミっち。みんなに『お疲れ』って言われて、ちょっとドヤ顔してなーい?」
「してない。……座るから、いい加減降りて」
「やだぁ。このままがいいよぉ」
「……はぁ」
サダオミは深い溜息を吐き、机に突っ伏した。
天界の静かな日常が、再び動き出す。




