†20話†:卯月とうか ― 任務停滞(救済拒否) ― ②
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観測記録:第六圏域/下級天使
対象:卯月とうか
状況:任務停滞・精神汚染(絶望)
原因:担当案件主人公による救済拒否
裁定:救出委員会への委託
「……よし。ログ開始。周囲にノイズ、反応なし」
サダオミは荒野のただ中で、通信端末に表示された「卯月とうか」と、彼女を詰ませている「萬ゾラ」のデータを一瞥した。
に、しても……軽い。
驚くほどに、身軽だ。
物理的な重さというよりは、ついさっきまで背後で渦巻いていた「一切の労働を拒否する呪いのような粘着質な気配」がない。
歩くたびに「コスト」だの「ジャンプのリキャ」だのと、耳元で理不尽な屁理屈を吹き込まれないだけで、世界がこんなにもクリアに見えるとは。
ひな吉くん……。あの人、あんなだけど『先輩』なんだよな。
なんであんなに歩くのを拒むんだか
サダオミは溜息を一つ吐くと、端末の『願い更新回数:3102回』という数値を睨んだ。
救済条件は「最強の証明」
だが、主人公が勝つたびに条件を自ら更新し続けているため、担当天使である「とうか」が絶望で消滅しかけている。
……さて。
さっさとこのアホな連鎖を止めて、報告に戻るか。
サダオミが岩陰を抜けると、そこには膝をついて震えている少女、卯月とうかがいた。
「……あ、救出……委員会……? ですか……?」
とうかは涙目でサダオミを見上げた。
「もう、無理です……。彼、勝つたびにもっと強い奴を出せって……。この世界のラスボス、もうストックがないんです……っ!」
とうかが指差す先。
瓦礫のように積み上がった強敵たちの残骸の上に、一人の男が座っていた。
クチャ、クチャ。
不敵なリズムでガムを噛む男。
――萬ゾラ。
サダオミの接近に気づくと、男はゆっくりと顔を上げた。
「……おい」
ガムをペッと吐き捨て、ゾラが立ち上がる。
その体から放たれる圧倒的な「圧」に、サダオミの肌がビリビリと痺れた。
「お前、どこ宙?」
「地上だ。ついさっき来たばっかりだが」
「地上にこんな強そうな奴がいんのかよ。……おい、お前。俺とやれ。今すぐだ」
ゾラはサダオミを見て、ニヤリと笑う。
「……まさか、逃げねぇよな?」
これは、まともに説得しても一生終わらない。
なら、解決策は一つだ。
サダオミはゾラを無視し、無造作に通信端末を操作して「人事長」のアイコンをタップした。
『あら、サダオミさん。委員会業務中になにか御用ですか?』
端末から響くのは、大宮るるかの、先生バージョンの落ち着いた声だ。
「るるかさん、今よろしいですか。……現場に『銀河最強』を自称して、ラスボスのストックを枯らし続けてるアホがいるんですけど。こいつ、天使にして上に連れていってもいいですか? 天界なら、こいつが喜ぶ強い奴は腐るほどいるでしょうし」
『ふふ、面白いわね。すぐに神の選定を申請……第六圏域の適正クリア……あぁ、出力だけなら第一圏域に届きそう。いいわよ、オリジナルの下級天使として承認します。ちょうど第三圏域の枠を増やしたところだし、新入生が必要だったの』
「了解です。……あ、はい。はいはい」
通話終了。
わずか三十秒の事務連絡。
サダオミは端末をしまい、目を丸くして固まっているゾラに向き直った。
「……はぁ。なぁ、萬ゾラ。お前、そんなにずっと強い奴とやりたいなら――いっそ、こっち(天使)に来いよ。そこなら、お前の望む『上』がいくらでもあるぞ」
「……あ?」
この瞬間。
サダオミによって「救済」された卯月とうかの目には、サダオミの背中に眩いばかりの後光が見えていた。
なんて……
なんて格好いい救出委員様なの……!
あの化物を、
たった一言で手懐けるなんて……!
これが、後に学園で「救出の聖母(?)サダオミ」を布教する狂信的な信者が誕生した瞬間であった。
サダオミの端末に、るるかからの追加メッセージが届く。
『サダオミさん、その子……萬ゾラ君でしたっけ。彼、手続きは済ませておくから、そのままこっちへ放り込んでおいて。あ、卯月とうかさんはしばらく休暇を与えます。……彼女、ログが絶望で真っ黒だもの。ふふ、お疲れ様。』
「……了解です」
サダオミは端末を閉じ、呆然とこちらを見ているゾラを指差した。
「ほら、行くぞ。……あ、お前。ガムは天界に持ち込み禁止だからな。捨てるか飲み込むか、今すぐ決めろ」
「……あ? ああ。……面白そうじゃねぇか。おい、お前も『上』にいんだろ? 先に待ってろよ」
ゾラの体が、純白の天使の法衣へと書き換えられていく。
――もっとも、殺意だけは満点のままだったが。
一方、その背後で、とうかは祈るように両手を組んでいた。
サダオミ様……。
私、あなたのような、迷える魂を救う気高い天使になります……っ!




