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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
310/322

†17話†:黄昏ひな ― 1コイン契約 ― ②



 秒速で「赤の水晶」をクリアし、文字通り光の速さで天界へ帰還した黄昏ひな。

 だが、その後の足取りは、先程の神速が嘘のように重かった。


「……んぁ。もう無理、限界。僕ぁここまでさ。もう一歩も歩けないよ~……」


 委員会棟へ続く廊下のど真ん中で、ひなはズルズルと床にへたり込んだ。

 1000年の引きこもり生活で筋力が衰えたわけではない。

 ただ単に、歩くという行為そのものが「コストに見合わない労働」だと判断しただけだ。


 要するに、ただ面倒なだけである。


「お疲れ様だね、ひな吉くん」


 サダオミは苦笑いしながら、先に歩き出そうとした。

 だが、背後からひたひたと、粘着質な視線が刺さる。

 

 振り返ると、ひなが床に座り込んだまま、両手をこちらへ差し出していた。


「……ん!」


「え? ……何、その『ん!』は。もしかして、手でも引いてほしいの?」


「だから~、ん! なの。オミっち、察しが悪いなぁ」


 ひなは、当然の権利を主張するように口を尖らせる。

 その瞳には「学園まで運べ」という傲慢な魂胆が透けて見えていた。

 

 サダオミは数秒、

 その小さな手と、死んだ魚のような瞳を見つめた。


 そして――


 深く、深ーく溜息をつく。


「……分かったよ。一回だけだぞ」


 サダオミが背中を向けて屈むと、ひなは「よっこいしょー」と、なんの遠慮もなくその細い背中に飛び乗った。

 

 ひなをおんぶしたまま、サダオミは委員会棟の執務室へと足を進める。


 カツン、カツン。

 

 静まり返った委員会棟に、サダオミの足音だけが響く。

 その背中には、大きなヘッドセットを首にかけ、サダオミの首に腕を回して脱力しきったひなの姿。


 執務室の重厚な扉が開くと、そこにはデスクに指先を立て、氷のような殺気を放つ透哩が待っていた。


「…………」


 無機質な部屋に、何かがひび割れるような幻聴が聞こえた。

 透哩の視線は、サダオミの首に回されたひなの腕、そして密着した二人の背中に釘付けになっている。


「小波ぃ~、ひさしぶり~。僕ぁもう外に出ないからね~」


 おんぶされたまま、ひなが気の抜けた声を上げる。


「任務したんだし、もういいよね? これからオミっちと一緒にゲームするんだよぉ」


「……ダメだ。働け」


 透哩の声は、いつも以上に低く、鋭い。


「やだよぉ。外は疲れるんだよぉ」


「貴様も今日から『救出委員』だ。サダオミと共に因果を狩れ」


「なんで!? やだよ? そもそもね、タンクが遅れてきた時に、僕を生かせるヒーラーは滅多にいないんだよ!? オミっちはそれができる最高の人材なんだよ!?」


 ひながサダオミの背中で暴れる。


 サダオミは首を絞められそうになりながら、苦悶の表情でツッコんだ。


「ひな吉くん……何度も伝えたけど、それネトゲじゃ『先釣り』って言われてて、普通は嫌われる行為なんだよ……っ!」


「タンクがいつも一歩遅れてくるのが悪くない!?」


「真っ先に敵に飛んでいくお前が悪いんだよ!!」


 執務室で繰り広げられる、あまりにも次元の低いネトゲの立ち回り議論。

 空気が一瞬だけ凍りついた。

 透哩は眉間を指先で押さえ、深い深い困惑の溜息をついた。


「…………何の話だ、それは」


「あー、もう埒が明かない……。透哩、こいつ、ご褒美がないと1ミリも動かないタイプだぞ」


 サダオミが愚痴ると、透哩は鋭い瞳を僅かに動かし、ひなを冷たく見据えた。


「……報酬か。いいだろう。黄昏ひな、提案だ」


「んぁ?」


「お前がサダオミとゲームで1回遊ぶ――ひな、お前がゲーム内で一度『死ぬ』までを『1コイン』とする」


 透哩は、一枚の任務水晶を指先で弾いた。


「1つ任務をクリアするごとに、お前に1コインを与える。コインがなければ、サダオミと遊ぶことは許可しない。……どうだ?」


 ひなは一瞬、虚空を見つめた。


 1任務コインで、オミっちと1プレイ。

 

 しかも死ぬまで。

 僕は死なない。


 つまり無限……!


「……のった。1コインにつき、オミっちは僕のヒーラーとして専属契約ね」


「勝手に決めるなよ!!」


「僕ぁ死なないからねぇ~」


「いや、ゲーム内ではめっちゃ死んでるからね!?あの頃はまさか中の天使ひとのことだと思っていなかったからね!?」


「中の人などいないからねぇ~」


「中に人はいなかった!天使だったわ!ちきしょうめぇ!」


 こうして、天界で最も効率的で、最も不純な動機による「雇用契約」が成立した。

 サダオミは、背中に残るひなの重みと、目の前で微笑む透哩の冷気を感じながら、自分のこれからの過労を確信して遠い目をした。


「……1コイン、ね…」


 サダオミは、自分の未来の残業を確信して遠い目をした。

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···因りにも因って「コレ」が「天界で最も「効率的」」なのか···WWW
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