†16話†:黄昏ひな ― 任務拒否 ― ①
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……よし、逃げきったか?
サダオミは持ち前の全力疾走を使い、第一圏域の校舎裏から委員会棟のバルコニーへと跳躍した。
顔はまだ、大きなリボンで隠したままだ。
るるかから聞かされた七瀬永愛の「お婆様」発言。
それを聞いた透哩の顔。
死ぬ。
死んじゃう。
因果の消滅より先に、物理的な「死」が来る。
「ふぅ……。ひとまず、ここでやり過ごせば……」
「ふむ。そんなところで、何をしているんだ?」
鈴を転がすような、けれど絶対零度の冷気を含んだ声。
サダオミが恐る恐る顔を上げると、そこには手すりに身を預け、優雅に紅茶を傾ける透哩の姿があった。
「…………ですよねー……」
サダオミはリボンの下で、深々と溜息をついた。
逃げたところで意味を成さないのが透哩である。
透哩の目は全く笑っていないが、口元だけは美しく弧を描いている。
「ところでサダオミ。 私の所有物が弟子をとったらしい。その弟子からすれば私は……」
「いや、違うんです。あれは、るるかさんが変な映像を見せたせいで、あいつが勝手に。俺は一言も許可してないし、そもそもお婆様なんて俺も思ってな――」
「ん?」
「いえ、なにも言ってないですぅ!」
「ふふっ」
透哩はサダオミの傍らまで歩み寄ると、そのリボンの位置を優しく整えた。
その機嫌が、ほんの少しだけ上向いたように見えるのが、逆に恐ろしい。
「……じゃあ、教室へ戻ろうか。サダオミ」
◇
第一圏域・教室。
戻るなり、サダオミを待ち受けていたのは、事務デスクで端末を叩くるるかの無慈悲な一言だった。
「あ、サダオミさん。ちょうど良かったです。交代戦、発生しました」
「……あー、はいはい。結構な頻度であるんですね、交代戦。もう驚きませんよ」
サダオミが肩を落とすと、隣の席で一式がスマホを構えていた。
「交代戦・第三戦なう! 推しが今から走るよ! 逃亡シーンのログもセットで公開中!」
「一式先輩め……。消せよ、あれ!!」
文句を言いながらも、サダオミは重い腰を上げた。
向かうは、学園の地下に広がる巨大な武闘場。
◇
武闘場のゲートが開いた瞬間、サダオミの視界はカオスな「光」に埋め尽くされた。
『備品ちゃん愛してる!』
『第二圏域はよ! 早くこっちまで降りてきて!』
『備品ちゃん師匠就任おめでとうございます! 祝・一番弟子(笑)』
『負けろ! 一回負けて泣き顔見せろ!!』
「……ちょ、前回より多くなってないか、弾幕!? っていうか、負けろは良くないってば!!」
目の前を流れる『負けろ!』の弾幕を素手で払いながら、サダオミは対戦相手を視界に捉えた。
だが、その相手が誰で、どんな武器を持っているのかを確認する前に――。
……イライラする!
永愛、お婆様、一式、そしてこの弾幕。
鬱憤の全てを乗せた一閃が、閃光となって武闘場を駆け抜けた。
――瞬殺。
対戦相手が土煙の中に消えるのと同時に、武闘場に『終了www』『早すぎwww』『作画崩壊(速すぎて)』の文字が滝のように流れた。
◇
教室へ戻ると、海里たちが「圏域守護、お疲れ様」と、まるで部活帰りのような温度で迎えてくれた。
サダオミはふと、窓際で退屈そうに爪を眺めているミレイナ・ルイファス――通称「姐さん」に目が留まった。
そういえば、ゆっくり話せていなかった。
「……姐さん。ちょっと聞きたいんですけど」
「ん? 遅いぞ、チャッピー」
ミレイナは椅子を回し、サダオミを見上げた。
「姐さんが、るるかさんの『従属天使』になった経緯、教えてくれませんか?」
「ああ。その件か。……始祖殿はなかなかに愉快だぞ? 一度、全力でぶっ飛ばされてな。あぁ、この天使の隣にいれば面白いものが観測できるだろうと思い、私が決めたんだ」
「うそだろ……。るるかさん、そんなに強いの!?」
「……というか、チャッピーも『小波透哩の従属天使』だろう。いわば今の私と同じ立場じゃないか」
「あ……。そういえば、そういうことになってるみたいですね」
サダオミは他人事のように呟いた。
要するに自分にとっての透哩が、姐さんにとってのるるかなのだ。
そう思うと、少しだけ親近感が……。
「……なってるみたい、か」
ミレイナが、何とも言えない表情でニヤニヤし始めた。
「? ……え、なんですか、姐さん」
サダオミが首を傾げた、その時。
背後から、音もなく伸びてきた白い手が、サダオミの制服の首根っこをガシッと掴み上げた。
「お喋りはそこまでだ。委員会の仕事がまだまだお前を呼んでるぞ」
「あ、透哩……ちょ、ズルズルいってる! 苦しい!!」
サダオミは引きずられながら、教室の扉の向こうへと消えていく。
「ドナ、ドナ、ド〜ナ〜、ド〜ナ〜」
「それ毎回、口ずさむつもりか? チャッピー」
そんなミレイナの言葉を後に。
◇
「今回の任務は少し特殊なものになる」
首根っこを掴んでサダオミを引きずってきた透哩が、委員会棟の執務室でそう告げた。
「……ぇ、やだなにそれこわい。嫌な予感しかしないんですけど」
「どこの世界にも働かないやつはいる。……そうだろう?」
「天界にも?」
「そうだ。叩き出してこい」
透哩から知らされたのは、第一圏域内の居住区にある住所だった。
まさか天界に、引きこもりすぎて任務期限を迎えて、消滅しかけている天使がいるなんて。
サダオミは溜息をつきながら、目的地へと向かった。
辿り着いたのは、天界の白亜の街並みには不似合いな、二階建てのボロボロの日本様式アパートだった。
「たそがれさん、たそがれさんっと……。あ、ここか」
表札には『黄昏』。
ピンポーン、と古びたチャイムを鳴らすが、当然のように反応がない。
「あのー、黄昏さーん? ちょっと消滅しそうらしいので、扉失礼しますねー!」
サダオミが手刀で扉の番を外すと、バタンと派手な音を立てて扉が倒れた。
薄暗い部屋の奥、モニターの光に照らされていたのは、大きなヘッドフォンをし、コントローラーを握りしめた少女の姿。
その指先は、修羅のごとくキーを弾き続けている。
「んぁ?」
「あっ、すみません。黄昏さん」
「……なんか知らない天使きた」
「あ、救出委員の川篠サダオミといいます」
「んぁ? なに言ってるか聞こえないなぁ」
そりゃヘッドフォンしてるし……。
漏れ聞こえてくるBGM、そして画面。
「……っ、このBGM!? うわっ、なつかしっ! 伝説のクソゲー……いや、名作MMORPG!」
「あー、これかー。耳だと思ってた。そういえばこんなのつけてたなー」
ひながようやくヘッドフォンを外す。
「どんだけ長いこと外してなかったんですか……っていうか、キャラ名! 画面中央のキャラ名!!」
「あー、このゲーム知ってるのー?」
「大好きでよくやってたゲームですよ、『ひな吉くん』!」
「あー、そうなんだー。じゃあ、どこかで会ってるかもね?」
「会ってたみたいだよ、『ひな吉くん』!」
「さっきからなんでキャラ名で呼ぶのー? 僕は黄昏ひなだよー」
「さすがに気がついてくれないか……俺だよ俺! オミっちだよ!」
ひなの動きが止まった。
「Σ」という効果音が聞こえそうなほど、完璧なフリーズ。
「あははは! 顔! その顔!」
「 最近インしないと思ったらなにやってんの? ここ天界だよ? なんで天使なの? ちょっと、次はあのID一緒にいこって言ってたのにいきなり失踪するとか! 鯖移転したのかとか飽きたのかとか色々考えてたんだぞ!」
「……はやいはやいはやいって」
「で、なんでここにいるのさ」
「んぁー……そっか。オミっち、天使になってたか」
「そこはなぜか納得するんだね」
「まぁそういうこともあるかー」
「あるんだ。……で、ひな吉くん」
「じゃあ冒険にいこうかー」
「いや、久しぶりにマジで一緒に遊びたいんだけどさ、今ちょっと忙しくて」
「そっかー。じゃあ、一緒に遊べるようになったらまたきてねー」
「うん、わかった。次は一緒に遊ぼうねー……って、じゃなくてですね!?」
セルフノリツッコミの衝撃波がボロアパートを揺らす。
「あなた、消滅しそうなんですよ! 1000年ニートとか前代未聞ですよ!」
「あー……まぁそういうこともあるよねー」
「そこは受け入れないで!? あー、じゃなくて任務行きましょうよ任務!」
「えー……」
「あ、これダメだ。任務したら死ぬとか言い出しそう」
「家から出たら死ぬー」
「もっと酷かった!」
ひなが再びヘッドフォンを装着しようとする。
「すちゃ」
「いやいやいや、すちゃ、じゃないんだよ!」
埒が明かないと判断したサダオミは、ゲーマーとしての禁忌に触れる決意をした。
「すまない、ひな吉くん! とりゃぁ!」
主電源、オフ。
「……見損なったよ、オミっちぃ……」
「ですよねー……。でも、折角会えたのにいきなり消滅とか俺かなしいよ。さすがに現実では俺の蘇生魔法は効かないんだよ?」
「んー……。じゃあ、また一緒にゲームしてくれる?」
「よろこんで!」
「じゃぁ、やるかー」
こうして、なんとか自宅からの連れ出しに成功する。
道中、サダオミは気になっていたことを尋ねた。
「なんでキャラ名、『ひな吉くん』なの?」
「お前、やってること鬼畜だなーって、第二圏域の連中によく言われてたから。それ気に入って、ひな吉」
キリッとした顔で言い放つひなに、サダオミは頭を抱えた。
「鬼畜て……。それ、絶対褒められてないから」
任務水晶の部屋に到着すると、ひなは「じゃぁいくよー」と水晶に手をかざした。
「あー、これだめー。あ、黒だめー。これもだめー」
「ちょ! カンニングじゃないですかそれ!」
「え? そりゃ見るよ。確認もせずにとりゃっーって突っ込んだらさー。誰かの復讐とかみんなの笑顔を取り戻すとか、挙句の果てに世界平和とか、ふわっとして曖昧な願いが当選しちゃうと困るよね」
「うぐっ」
「黒とか引いたら終わりだよー。詰みだもん、あれ」
過去の苦労を全否定され、サダオミは言葉を失う。
「だから僕ぁ単純なのがいいのさ。……例えば、いまが最後! ラスボス! みたいな瞬間に、全世界の人たちの願いで降臨して、ラスボスぶっ飛ばして終わるやつぅ」
「それ簡単に言ってるけど、難易度やばいのでは?」
「えー、でもすぐ終わるよー」
ひなが選んだのは、真っ赤に染まり、棘だらけになった禍々しい水晶だった。
「……絶対あかんやつ」
「じゃ、いってくるねー」
「あ――」
ひなが消える。
さすがに心配になり、サダオミが水晶を覗き込もうとした、その数秒後。
水晶の色が、一瞬だけ完全に消えた。
「ただいまー」
「うそおおお!?」
サダオミの絶叫が、無人の委員会棟に木霊した。




