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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
309/323

†16話†:黄昏ひな ― 任務拒否 ― ①





 ……よし、逃げきったか?


 サダオミは持ち前の全力疾走を使い、第一圏域の校舎裏から委員会棟のバルコニーへと跳躍した。

 顔はまだ、大きなリボンで隠したままだ。

 るるかから聞かされた七瀬永愛の「お婆様」発言。

 それを聞いた透哩の顔。

 死ぬ。

 死んじゃう。

 因果の消滅より先に、物理的な「死」が来る。


「ふぅ……。ひとまず、ここでやり過ごせば……」


「ふむ。そんなところで、何をしているんだ?」


 鈴を転がすような、けれど絶対零度の冷気を含んだ声。

 サダオミが恐る恐る顔を上げると、そこには手すりに身を預け、優雅に紅茶を傾ける透哩の姿があった。


「…………ですよねー……」


 サダオミはリボンの下で、深々と溜息をついた。

 逃げたところで意味を成さないのが透哩である。

 透哩の目は全く笑っていないが、口元だけは美しく弧を描いている。


「ところでサダオミ。 私の所有物が弟子をとったらしい。その弟子からすれば私は……」


「いや、違うんです。あれは、るるかさんが変な映像を見せたせいで、あいつが勝手に。俺は一言も許可してないし、そもそもお婆様なんて俺も思ってな――」


「ん?」


「いえ、なにも言ってないですぅ!」


「ふふっ」


 透哩はサダオミの傍らまで歩み寄ると、そのリボンの位置を優しく整えた。

 その機嫌が、ほんの少しだけ上向いたように見えるのが、逆に恐ろしい。


「……じゃあ、教室へ戻ろうか。サダオミ」





 第一圏域・教室。

 戻るなり、サダオミを待ち受けていたのは、事務デスクで端末を叩くるるかの無慈悲な一言だった。


「あ、サダオミさん。ちょうど良かったです。交代戦、発生しました」


「……あー、はいはい。結構な頻度であるんですね、交代戦。もう驚きませんよ」


 サダオミが肩を落とすと、隣の席で一式がスマホを構えていた。


「交代戦・第三戦なう! 推しが今から走るよ! 逃亡シーンのログもセットで公開中!」


「一式先輩め……。消せよ、あれ!!」


 文句を言いながらも、サダオミは重い腰を上げた。

 向かうは、学園の地下に広がる巨大な武闘場。





 武闘場のゲートが開いた瞬間、サダオミの視界はカオスな「光」に埋め尽くされた。


『備品ちゃん愛してる!』

『第二圏域はよ! 早くこっちまで降りてきて!』

『備品ちゃん師匠就任おめでとうございます! 祝・一番弟子(笑)』

『負けろ! 一回負けて泣き顔見せろ!!』


「……ちょ、前回より多くなってないか、弾幕!? っていうか、負けろは良くないってば!!」


 目の前を流れる『負けろ!』の弾幕を素手で払いながら、サダオミは対戦相手を視界に捉えた。

 だが、その相手が誰で、どんな武器を持っているのかを確認する前に――。


 ……イライラする!


 永愛、お婆様、一式、そしてこの弾幕。

 鬱憤の全てを乗せた一閃が、閃光となって武闘場を駆け抜けた。


 ――瞬殺。


 対戦相手が土煙の中に消えるのと同時に、武闘場に『終了www』『早すぎwww』『作画崩壊(速すぎて)』の文字が滝のように流れた。





 教室へ戻ると、海里たちが「圏域守護、お疲れ様」と、まるで部活帰りのような温度で迎えてくれた。

 サダオミはふと、窓際で退屈そうに爪を眺めているミレイナ・ルイファス――通称「姐さん」に目が留まった。

 そういえば、ゆっくり話せていなかった。


「……姐さん。ちょっと聞きたいんですけど」


「ん? 遅いぞ、チャッピー」


 ミレイナは椅子を回し、サダオミを見上げた。


「姐さんが、るるかさんの『従属天使』になった経緯、教えてくれませんか?」


「ああ。その件か。……始祖殿るるかはなかなかに愉快だぞ? 一度、全力でぶっ飛ばされてな。あぁ、この天使ひとの隣にいれば面白いものが観測できるだろうと思い、私が決めたんだ」


「うそだろ……。るるかさん、そんなに強いの!?」


「……というか、チャッピーも『小波透哩の従属天使』だろう。いわば今の私と同じ立場じゃないか」


「あ……。そういえば、そういうことになってるみたいですね」


 サダオミは他人事のように呟いた。

 要するに自分にとっての透哩が、姐さんにとってのるるかなのだ。

 そう思うと、少しだけ親近感が……。


「……なってるみたい、か」


 ミレイナが、何とも言えない表情でニヤニヤし始めた。


「? ……え、なんですか、姐さん」


 サダオミが首を傾げた、その時。

 背後から、音もなく伸びてきた白い手が、サダオミの制服の首根っこをガシッと掴み上げた。


「お喋りはそこまでだ。委員会こっちの仕事がまだまだお前を呼んでるぞ」


「あ、透哩……ちょ、ズルズルいってる! 苦しい!!」


 サダオミは引きずられながら、教室の扉の向こうへと消えていく。

 

「ドナ、ドナ、ド〜ナ〜、ド〜ナ〜」


「それ毎回、口ずさむつもりか? チャッピー」


 そんなミレイナの言葉を後に。





「今回の任務は少し特殊なものになる」


 首根っこを掴んでサダオミを引きずってきた透哩が、委員会棟の執務室でそう告げた。


「……ぇ、やだなにそれこわい。嫌な予感しかしないんですけど」


「どこの世界にも働かないやつはいる。……そうだろう?」


「天界にも?」


「そうだ。叩き出してこい」


 透哩から知らされたのは、第一圏域内の居住区にある住所だった。

 まさか天界に、引きこもりすぎて任務期限を迎えて、消滅しかけている天使がいるなんて。

 サダオミは溜息をつきながら、目的地へと向かった。


 辿り着いたのは、天界の白亜の街並みには不似合いな、二階建てのボロボロの日本様式アパートだった。


「たそがれさん、たそがれさんっと……。あ、ここか」


 表札には『黄昏』。

 ピンポーン、と古びたチャイムを鳴らすが、当然のように反応がない。


「あのー、黄昏さーん? ちょっと消滅しそうらしいので、扉失礼しますねー!」


 サダオミが手刀で扉の番を外すと、バタンと派手な音を立てて扉が倒れた。

 薄暗い部屋の奥、モニターの光に照らされていたのは、大きなヘッドフォンをし、コントローラーを握りしめた少女の姿。

 その指先は、修羅のごとくキーを弾き続けている。


「んぁ?」


「あっ、すみません。黄昏さん」


「……なんか知らない天使ひときた」


「あ、救出委員の川篠サダオミといいます」


「んぁ? なに言ってるか聞こえないなぁ」


 そりゃヘッドフォンしてるし……。

 漏れ聞こえてくるBGM、そして画面。


「……っ、このBGM!? うわっ、なつかしっ! 伝説のクソゲー……いや、名作MMORPG!」


「あー、これかー。耳だと思ってた。そういえばこんなのつけてたなー」


 ひながようやくヘッドフォンを外す。


「どんだけ長いこと外してなかったんですか……っていうか、キャラ名! 画面中央のキャラ名!!」


「あー、このゲーム知ってるのー?」


「大好きでよくやってたゲームですよ、『ひな吉くん』!」


「あー、そうなんだー。じゃあ、どこかで会ってるかもね?」


「会ってたみたいだよ、『ひな吉くん』!」


「さっきからなんでキャラ名で呼ぶのー? 僕は黄昏ひなだよー」


「さすがに気がついてくれないか……俺だよ俺! オミっちだよ!」


 ひなの動きが止まった。

「Σ」という効果音が聞こえそうなほど、完璧なフリーズ。


「あははは! 顔! その顔!」


「 最近インしないと思ったらなにやってんの?  ここ天界だよ?  なんで天使なの?  ちょっと、次はあのID一緒にいこって言ってたのにいきなり失踪するとか!  鯖移転したのかとか飽きたのかとか色々考えてたんだぞ!」


「……はやいはやいはやいって」


「で、なんでここにいるのさ」


「んぁー……そっか。オミっち、天使になってたか」


「そこはなぜか納得するんだね」


「まぁそういうこともあるかー」


「あるんだ。……で、ひな吉くん」


「じゃあ冒険にいこうかー」


「いや、久しぶりにマジで一緒に遊びたいんだけどさ、今ちょっと忙しくて」


「そっかー。じゃあ、一緒に遊べるようになったらまたきてねー」


「うん、わかった。次は一緒に遊ぼうねー……って、じゃなくてですね!?」


 セルフノリツッコミの衝撃波がボロアパートを揺らす。


「あなた、消滅しそうなんですよ! 1000年ニートとか前代未聞ですよ!」


「あー……まぁそういうこともあるよねー」


「そこは受け入れないで!? あー、じゃなくて任務行きましょうよ任務!」


「えー……」


「あ、これダメだ。任務したら死ぬとか言い出しそう」


「家から出たら死ぬー」


「もっと酷かった!」


 ひなが再びヘッドフォンを装着しようとする。


「すちゃ」


「いやいやいや、すちゃ、じゃないんだよ!」


 埒が明かないと判断したサダオミは、ゲーマーとしての禁忌に触れる決意をした。


「すまない、ひな吉くん! とりゃぁ!」

 

 主電源、オフ。


「……見損なったよ、オミっちぃ……」


「ですよねー……。でも、折角会えたのにいきなり消滅とか俺かなしいよ。さすがに現実こっちでは俺の蘇生魔法は効かないんだよ?」


「んー……。じゃあ、また一緒にゲームしてくれる?」


「よろこんで!」


「じゃぁ、やるかー」


 こうして、なんとか自宅からの連れ出しに成功する。

 道中、サダオミは気になっていたことを尋ねた。


「なんでキャラ名、『ひな吉くん』なの?」


「お前、やってること鬼畜だなーって、第二圏域の連中によく言われてたから。それ気に入って、ひな吉」


 キリッとした顔で言い放つひなに、サダオミは頭を抱えた。


「鬼畜て……。それ、絶対褒められてないから」


 任務水晶の部屋に到着すると、ひなは「じゃぁいくよー」と水晶に手をかざした。


「あー、これだめー。あ、黒だめー。これもだめー」


「ちょ! カンニングじゃないですかそれ!」


「え? そりゃ見るよ。確認もせずにとりゃっーって突っ込んだらさー。誰かの復讐とかみんなの笑顔を取り戻すとか、挙句の果てに世界平和とか、ふわっとして曖昧な願いが当選しちゃうと困るよね」


「うぐっ」


「黒とか引いたら終わりだよー。詰みだもん、あれ」


 過去の苦労を全否定され、サダオミは言葉を失う。


「だから僕ぁ単純なのがいいのさ。……例えば、いまが最後! ラスボス! みたいな瞬間に、全世界の人たちの願いで降臨して、ラスボスぶっ飛ばして終わるやつぅ」


「それ簡単に言ってるけど、難易度やばいのでは?」


「えー、でもすぐ終わるよー」


 ひなが選んだのは、真っ赤に染まり、棘だらけになった禍々しい水晶だった。


「……絶対あかんやつ」


「じゃ、いってくるねー」


「あ――」


 ひなが消える。

 さすがに心配になり、サダオミが水晶を覗き込もうとした、その数秒後。


 水晶の色が、一瞬だけ完全に消えた。


「ただいまー」


「うそおおお!?」


 サダオミの絶叫が、無人の委員会棟に木霊した。

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