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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
303/326

†10話†:小早川一樹 ― 実現経路消失 ― ③



 冷房の唸る音が、静まり返った部屋に低く響いている。


 俺はクッションに深く腰を沈め、手元にあるエナジードリンクの缶を指先で弾いた。


「……不老不死、か」


 一樹がやらかした「詰み」の全貌を反芻する。


 死にたいと願う人間に、死ねない体を与える。


 救済なんかじゃない。


 ただの拷問だ。


「海里が知ったら、泣きそうな話だな」


 俺がそう言うと、一樹は天井を見上げたまま、乾いた笑いを漏らした。


「だろ? あのお人好しの姉ちゃんなら、俺と一緒に頭抱えてくれたかもな」


 一樹はベッドの上で寝返りを打ち、ふと思い出したように俺を見た。


「そういや、お前を迎えに来たあの人……透哩だっけ。遠目から見たけどさ、あんな氷人形みたいな美人の下でよくやってるよな。サダオミ、お前。結構苦労してんだろ?」


「……あぁ、否定はしない。あいつは結果がすべてだ。過程なんてゴミ箱に捨てて歩くような奴だからな」


 俺は脳裏に浮かぶ透哩の無機質な美貌を振り払う。


 一樹はそんな俺を、天界で初めて会った時と変わらない、整いすぎた顔で見つめていた。


「……っていうかさ。お前がその制服着てるってことは、学園に入学したんだよな」


 一樹が俺の胸元の校章を指差して、少しだけ悔しそうに肩をすくめた。


「どっちが先に学園に辿り着くか勝負しようぜ、なんてロケットスタート切った俺の負けか。……完敗だな、サダオミ」


「……勝負にはなってないよ。俺は一芸だけで、無理やり捩じ込まれただけだ」


 俺はそう言って、背負った『飛鳥』に手をやる。


 一樹は一瞬、俺の言葉を咀嚼するように目を瞬かせたが、やがていつもの調子で笑い飛ばした。


「ははっ、いいじゃん。どんな手だろうが、先に着いたお前の勝ちだよ」


 一樹はベッドから身を起こし、窓の外のネオンを眺めた。


「……相手は、近所だよ。この街の、一番深いところで、ずっと『祈って』るよ。俺がコンビニで夜勤してるのも、そこから近いからなんだ。……仕事上がりに、たまに見に行くんだよ。まだ生きてるか、じゃなくて。……まだ死ねてないか、を」


 その声は、ひどく冷え切っていた。


 俺は床に置いた空き缶を見つめながら、軽い口調で言った。


「じゃあさ、主人公に願いを変えてもらえば?」


「……は?」


 一樹が、聞き返してきた。


「だから、死にたいってやつ。別の何かを願ってもらうんだよ。主人公の願いって割とふわっとしてるんだよ」


 一樹はしばらく沈黙した後、目を見開いて俺を見た。


「……お前、何言ってんの? 願いは『確定』したんだぜ。天界の記録に刻まれた、絶対の命令なんだ。それを変えるなんて、そんなの、聞いたこともないし……」


「いや、多分ふつうにできるよ。願いが叶った判定もいつもいい加減だしさ。天使のいい加減さなめるなよ?」


 強烈な意志が理をねじ曲げる瞬間なんて、

 嫌というほど見てきた。


「……マジで? そんなんできるの?」


 一樹の声が、微かに震えていた。


「できるだろ。……よし、作戦会議だ。一樹、その主人公ついて詳しく教えろ」


「え、あ、あぁ……わかったよ」


 一樹は戸惑いながらも、ベッドの上に胡坐をかいた。


 深夜のボロアパートで、二人は向かい合う。


 片方は天界を疑わない。

 片方は、最初から信じていない。


 ネオンが窓硝子に揺れた。


「……名前は佐伯さえきひより。地元の進学校に通ってた普通のJKだよ。いや、普通だった、って言うべきか」


 一樹はスマホを操作し、保存していたらしい画像を表示した。

 画面の中には、どこか遠くを見つめるような、影のある少女が立っている。


「理由は、まあ、よくある話だよ。いじめ、家庭不和、成績……それらが全部重なって、あの日、プツンと切れたんだ。で、俺が良かれと思って『死なないギフト』を贈ったせいで、彼女は死の安らぎすら奪われた」


「今はどこにいるんだ?」


「駅前の古い商業ビルの屋上階だ。あそこ、夜は誰も来ないからさ。あの子、そこでずっと『実験』してるんだよ。どうやったら、この呪いを解いて死ねるかって。さっき言っただろ? 飛び降りてぐちゃぐちゃになっても、その場で座り込んだ状態で復活しちゃうんだ。その時の顔、お前に見せてやりたいよ……俺のせいなんだけどさ」


 一樹は自嘲気味に吐き捨てた。

 サダオミは飛鳥を膝に置き、冷静に分析する。


「死ぬことに執着してるうちは、システムは『死にたい』って願いを叶え続けようとする。不老不死が解けないのは、本人が死ぬ以外の出口を見つけてないからだ。……なぁ、一樹。その子、他に何かないのか? 好きな食い物とか、ずっと見てる動画とかさ」


「それが……何もないんだよ。俺もバイト代で美味いもん差し入れしたり、面白い漫画持ってったりしたけどさ。全部無視。あの子にとって、今は『死ぬこと』が唯一の娯楽で、唯一の救いなんだ」


「娯楽、ね……」


 サダオミは天井を仰いだ。

 死ぬことが、生活の一部になってしまった女子高生。

 死ぬことより強いか。

 あるいは、死ぬことよりくだらない何か。


「……いいか、一樹。こういうののコツはな、高尚な目的を与えることじゃない。もっと、こう、中毒性のある『しょうもなさ』だ」


「しょうもなさ?」


「あぁ。理屈じゃなくて、“つい手が伸びるやつ”な。

 例えば……そうだな」


 サダオミは、この世界に降りてからずっと鼻を突いている、ある匂いを思い出した。


「一樹、お前のバイト先のコンビニ。あそこの新作のスイーツとか、まだ食わせてないだろ?」


「……は? スイーツ? お前、あの子がそんなもんで……」


「なめるなよ。地獄にいる奴が一番弱いのは、天界の救いじゃない。隣のコンビニの期間限定新作だ」


 作戦は決まった。


 救いではない。

 スイーツだ。


「本気か? サダオミ。あの子、俺が持ってった高級ホテルのケーキだって、一口もつけずに窓から投げ捨てたんだぞ」


 一樹が信じられないといった顔で立ち上がる。

 その足元では、サンダルが片方脱げたままだ。


「高級ホテルのケーキなんて、『施し』の味がするだろ。あの子が今求めてるのは、もっとジャンクで、期間限定で、今買わないと明日には消えてるっていう――その場しのぎの『今』だよ」


 俺は立ち上がり、背中の飛鳥を揺らす。


「いいから行くぞ。お前のバイト先、ここから近いんだろ? 」


「……はぁ。わかったよ。もうどうにでもなれ」


 一樹は観念したように笑い、乱雑に脱ぎ捨てられたサンダルを履き直した。


 深夜二時。

 街灯の下を、二人が歩く。

 一人は名刀を背負った制服姿。

 一人はコンビニの制服にスタジャン。


 行き先は、煌々と光るコンビニだった。


 自動ドアが軽快なチャイムを鳴らす。

 一樹は「よぉ」と夜勤の相方に軽く手を上げると、迷うことなくデザートコーナーへ向かった。


「これか? サダオミ。今週の新作。『禁断の背徳・キャラメルバター・タルト』。名前からして身体に悪そうだけど」


「それだ。その『禁断』とか『背徳』とかいう、天使が一番嫌いそうな言葉が載ってるやつにしろ」


 カゴに放り込まれたタルト。

 ついでに温かいホットコーヒーを二つ。


「……これで願いが変わるなら、苦労しねぇよ」


 一樹がレジで財布を出している横で、俺は視界にポップアップしたUIを横目で払った。


『警告:因果干渉の手段が不適切です。成功確率は極めて――』


「うるせぇよ、ポンコツ」


 俺の呟きに、一樹が「え?」と振り返る。


「なんでもない。さっさと行くぞ。コーヒーが冷める前に、その死にたがりの主人公に『背徳の味』を教えてやる」


 スイーツ一個で、不老不死っていう世界のバグをぶっ壊す。


 しょうもない戦いが、始まる。

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