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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
302/326

†9話†:小早川一樹 ― 実現経路消失 ― ②



 夜風が、二人の制服の裾を揺らす。

 パトカーの赤色灯が遠ざかり、街は何事もなかったかのように静まっていた。


「……で?」


 サダオミが歩きながら言う。


「詰んだ理由、聞いていいか?」


 一樹は、すぐには答えなかった。


 しばらく無言で歩き、コンビニの明かりを横目に通り過ぎたところで、ようやく口を開く。


「確認、忘れたんだよ」


「確認?」


「あなたの願いはなんですか?ってやつ。やるだろ?」


「そのために来てるしな」


「俺さ、焦っててさ。

 目の前で“死にたい”って泣いてるやつ見て。

 とりあえず“死なせなきゃいい”って思った」


一樹は笑う。


「で、不老不死付与。パァーってな」


「……」


「そしたらシステムが鳴った」


 無機質な通知音。

 願い:死にたい。確定。


「…………」


「でももう付与済み。不老不死。

 だから死ねない。

 でも死にたい願いは消えない」


 静かに。


「ずっと自傷してるよ。

 でも治る。

 でも痛い。

 でも死ねない」


 沈黙。


「詰んだろ?」


「……確かにな」


「で、今日の昼。頭の中に音声が流れた」


 一樹は空を指さす。


「『実現経路消失が確認されたため、救出委員が出動します』だとよ」


 少しだけ、皮肉を込めて。


「遅ぇよな」


 サダオミは肩をすくめる。


「まあ、俺だからな」


「そこは否定しろ」


 一樹はそう言って、ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出す。


 だが、火をつけようとしてライターを何度かカチカチと鳴らしたが、結局火は点かなかった。


「……あー、クソ。ガス切れかよ。これだよ、俺の人生」


 一樹は力なく笑って、火の点かないタバコを耳にかけた。


 俺たちは、街灯のまばらな路地裏へと足を踏み入れる。


 アスファルトの隙間から生えた雑草や、ゴミ捨て場の生臭い匂い。


 ここには、天界のような清浄な空気なんてどこにもない。


「で、救出委員様。俺をどうやって救い出すつもりだ?」


 一樹が歩きながら、背負った『飛鳥』を顎で指す。


「そいつで俺の『詰み』をぶった斬ってくれるのか? それとも、俺を殺してデータとして持ち帰るのか?」


 その言葉には、明らかな諦念が混じっていた。


 俺は背中の飛鳥に手をやる。


 相変わらず、ただの重い鉄の棒だ。


 温もりも、意志も、何一つ感じられない。


「……まだ、何も決めてない」


 俺の答えに、一樹はあははと声を上げて笑った。


「最高だな。救う側が、救う方法を持ってないなんて」


 一樹は路地の突き当たりにある、年季の入ったアパートの前で立ち止まった。


 外階段は錆びつき、踊り場の電球は切れかかってチカチカと点滅している。


「入れよ。一応、冷房だけはガンガンに効かせてあるからさ」


 一樹が鍵を開けてドアを押し開ける。


 玄関には脱ぎっぱなしの派手なスニーカーと、コンビニのレジ袋がいくつか転がっていた。


 床には脱ぎ散らかされた服や、新作ソフトのパッケージが散乱している。


 だが、不思議と不潔な感じはしない。


 棚には限定品のフィギュアが誇らしげに並び、デスクの上には最新のゲーミングPCが鎮座していた。


 一樹はベッドにダイブすると、積んであったクッションを適当に俺の方へ投げ飛ばした。


「適当に座れよ。……悪いな、昨日も夜勤明けで掃除する暇なくてさ」


 一樹は悪びれもせず、冷蔵庫からキンキンに冷えたエナジードリンクを取り出した。


 一気に半分ほど飲み干し、プハッと息を吐くと、少しだけ真面目な顔で俺を見た。


「……そういやさ、海里さんは元気にしてる? あのお人好しの姉ちゃん。俺みたいなの拾って、いろいろ世話焼いてくれただろ」


 その問いには、この街の毒に染まりきっていない、かつての「天使」としての名残のような響きがあった。


 俺は床に転がっていた雑誌をどかし、クッションに腰を下ろした。


「あ、そっか。海里に迎えられて天使になったんだっけ?」


「そそ」


 一樹はまたスマホに視線を戻したが、その口元には自嘲気味な、けれど少しだけ嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


 俺はそんな一樹を眺めながら、改めて自分の置かれた状況の「詰み」具合を噛み締めていた。


 



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