†9話†:小早川一樹 ― 実現経路消失 ― ②
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夜風が、二人の制服の裾を揺らす。
パトカーの赤色灯が遠ざかり、街は何事もなかったかのように静まっていた。
「……で?」
サダオミが歩きながら言う。
「詰んだ理由、聞いていいか?」
一樹は、すぐには答えなかった。
しばらく無言で歩き、コンビニの明かりを横目に通り過ぎたところで、ようやく口を開く。
「確認、忘れたんだよ」
「確認?」
「あなたの願いはなんですか?ってやつ。やるだろ?」
「そのために来てるしな」
「俺さ、焦っててさ。
目の前で“死にたい”って泣いてるやつ見て。
とりあえず“死なせなきゃいい”って思った」
一樹は笑う。
「で、不老不死付与。パァーってな」
「……」
「そしたらシステムが鳴った」
無機質な通知音。
願い:死にたい。確定。
「…………」
「でももう付与済み。不老不死。
だから死ねない。
でも死にたい願いは消えない」
静かに。
「ずっと自傷してるよ。
でも治る。
でも痛い。
でも死ねない」
沈黙。
「詰んだろ?」
「……確かにな」
「で、今日の昼。頭の中に音声が流れた」
一樹は空を指さす。
「『実現経路消失が確認されたため、救出委員が出動します』だとよ」
少しだけ、皮肉を込めて。
「遅ぇよな」
サダオミは肩をすくめる。
「まあ、俺だからな」
「そこは否定しろ」
一樹はそう言って、ポケットからくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出す。
だが、火をつけようとしてライターを何度かカチカチと鳴らしたが、結局火は点かなかった。
「……あー、クソ。ガス切れかよ。これだよ、俺の人生」
一樹は力なく笑って、火の点かないタバコを耳にかけた。
俺たちは、街灯のまばらな路地裏へと足を踏み入れる。
アスファルトの隙間から生えた雑草や、ゴミ捨て場の生臭い匂い。
ここには、天界のような清浄な空気なんてどこにもない。
「で、救出委員様。俺をどうやって救い出すつもりだ?」
一樹が歩きながら、背負った『飛鳥』を顎で指す。
「そいつで俺の『詰み』をぶった斬ってくれるのか? それとも、俺を殺してデータとして持ち帰るのか?」
その言葉には、明らかな諦念が混じっていた。
俺は背中の飛鳥に手をやる。
相変わらず、ただの重い鉄の棒だ。
温もりも、意志も、何一つ感じられない。
「……まだ、何も決めてない」
俺の答えに、一樹はあははと声を上げて笑った。
「最高だな。救う側が、救う方法を持ってないなんて」
一樹は路地の突き当たりにある、年季の入ったアパートの前で立ち止まった。
外階段は錆びつき、踊り場の電球は切れかかってチカチカと点滅している。
「入れよ。一応、冷房だけはガンガンに効かせてあるからさ」
一樹が鍵を開けてドアを押し開ける。
玄関には脱ぎっぱなしの派手なスニーカーと、コンビニのレジ袋がいくつか転がっていた。
床には脱ぎ散らかされた服や、新作ソフトのパッケージが散乱している。
だが、不思議と不潔な感じはしない。
棚には限定品のフィギュアが誇らしげに並び、デスクの上には最新のゲーミングPCが鎮座していた。
一樹はベッドにダイブすると、積んであったクッションを適当に俺の方へ投げ飛ばした。
「適当に座れよ。……悪いな、昨日も夜勤明けで掃除する暇なくてさ」
一樹は悪びれもせず、冷蔵庫からキンキンに冷えたエナジードリンクを取り出した。
一気に半分ほど飲み干し、プハッと息を吐くと、少しだけ真面目な顔で俺を見た。
「……そういやさ、海里さんは元気にしてる? あのお人好しの姉ちゃん。俺みたいなの拾って、いろいろ世話焼いてくれただろ」
その問いには、この街の毒に染まりきっていない、かつての「天使」としての名残のような響きがあった。
俺は床に転がっていた雑誌をどかし、クッションに腰を下ろした。
「あ、そっか。海里に迎えられて天使になったんだっけ?」
「そそ」
一樹はまたスマホに視線を戻したが、その口元には自嘲気味な、けれど少しだけ嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
俺はそんな一樹を眺めながら、改めて自分の置かれた状況の「詰み」具合を噛み締めていた。




