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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 7 部 天界学園 編
301/322

†8話†:小早川一樹 ― 実現経路消失 ― ①





 落下の衝撃は、地表に激突する直前でふっと消えた。

 無重力にも似た「処理」のあと、サダオミは硬い地面の上にすとんと着地した。


「……いや、普通に突き落としやがったな!……透哩のやつ」


 サダオミは軽く膝の汚れを払い、立ち上がる。

 指先に伝わるアスファルトの硬い感触。鼻を突く排気ガスの匂い。

 周囲を見渡すより先に、視界の端に天界特有のUIがポップアップした。

 かつての洗練された弾幕とは違う、絶望的にセンスの悪いフォントが夜の闇に浮かぶ。


『対象:小早川一樹(下級天使)』

『現在地:東京都●●区内』

『状況:実現経路消失。速やかな回収を推奨』


「……東京都? ……マジか。っていうか対象者って一樹かよ」


 サダオミは苦笑しながら、まずは自分の状態を確認する。

 背中を意識するが、翼は出ない。

 指先を巡るはずの魔力さえ、この世界の理に拒絶されたかのように全く通らなかった。


「まぁ、そうだよね」

 

 背負った『飛鳥あすか』に手をかける。

 案の定、なんの反応も無かった。


「ぉぉぅ……これはなかなか……」


 能力のすべてが封じられ、今の自分はただの「刀を背負った変な女生徒」でしかない。


「……まあ」


 小さく息を吐く。


「なんとかなるか」


 それにしても――

 本来おかしいとは分かっている。

 実家の匂いを知っている。

 でも懐かしくない。

 ただ、そこに感情が伴わない。

 それが不自然だという認識だけは、残っていた。


「まぁ、ホームシック予防策の一環なんだろうなぁ。

 なにかといい加減な天使のことだ。

 いちいち深く考えてちゃやってられないしな。」


 サダオミが歩き出そうとした、その時だった。


「——はい、止まって。そこの君」


 背後から放たれた懐中電灯の鋭い光が、サダオミの影をアスファルトに長く伸ばした。


「……え?」


 振り返ると、そこには自転車を降りた二人の警察官が立っていた。

 職務に忠実で冷ややかな眼光。


「夜中にその格好は、ちょっと目立ちすぎるね。……コスプレかな? イベント帰り?」


「あ、いや……」


「身分証、持ってるかな。あとその背中のやつ。真剣じゃないよね? ちょっと見せてもらえる?」


 サダオミは思考を巡らせる。

 今の自分は身分証そんなものなど持っていない。

 そして、背負っているのは紛れもない真剣だった。


「えーと……自分、住所不定の……備品ちゃんです☆」


 警察官たちの目が、明らかに「不審者確定」のそれに変わった。


「……署でゆっくり話を聞こうか。お姉さん」


 ――それから一時間後。

 

 サダオミは、都内某警察署の留置所の中にいた。

 鉄格子の向こう側で、呆れ果てた顔の女が書類にサインをしている。


 茶褐色の肌、快活そうな眉。

 天界で最初に出会った友人、小早川一樹。


「……救出委員が来るっていうアナウンスがあったからさ。期待して待ってたんだよ、俺」


 一樹はペンを置き、鉄格子の中のサダオミを指差した。


「なんで俺が警察に呼び出されて、お前の身元保証人になってるわけ? お前、俺を救いに来たんじゃないの?」


「……救済されてるのは、俺だな」


 サダオミは膝を抱え、情けなく呟いた。


「久しぶり、一樹。……で、なんでお前、そんな警察に顔が利くんだよ」


「バイトだよ。ここの署の近くのコンビニで夜勤してんだよ。夜食の差し入れで、お巡りさんとは顔見知りなんだ」


 一樹は深く溜息をつき、警察官にペコペコと頭を下げながら、サダオミの釈放手続きを終えた。


「……行くぞ、サダオミ。俺の『地獄』へ案内してやる」


 一樹は笑っていた。

 だがその目だけが、どこにも向いていなかった。


 警察署の玄関を出ると、街のネオンが眩しかった。

 

 よく知るはずのこの世界は重く、そしてあまりにも日常的だった。

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