†7話†:因果の投下
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観測管理記録:第一圏域/直轄管轄下
入替戦番号:A-77
対象:川篠サダオミ(E固定備品)
■ 観測分類一次判定
因果制御(単一極致型)
裁定:否定
情報:非公開指定
■ 観測分類二次判定
神速
裁定:保留
■ 観測分類最終処理
近接戦闘(高速対応型)
階位:第一座
承認
観測誤差率:基準値超過
原因:特定不能
対応:固定処理継続
※単一極致型判定履歴を封鎖領域へ移送。
※当該個体、再観測優先順位を一段階上方修正。
◆
学舎の廊下は、先程までの静寂が嘘のような熱気に包まれていた。
頭上を流れるホログラムの弾幕が、これまでにない速度で更新されていく。
『非公開処理って何?』
『一瞬で消えた』
『固定のくせに?』
「……なんだこれ。勝手に変な設定つけないでよ……」
サダオミは自分の肩越しに流れる「備品ちゃん」の文字を睨みつけ、足早に歩く。
だが、その進路を塞ぐように一団が立ちふさがった。
入学してすぐにサダオミに声をかけ、「可愛いのに中身が可愛くない」と切り捨てた天使とその取り巻きたちだ。
「やあ、時の人。いや、時の備品ちゃんかな?」
男は満足げに、自分の眼前に浮かぶ弾幕を指差した。
「階層戦の記録、見たよ」
「やたら再分類されてたな?」
「最初の判定、すぐ消えたらしいじゃないか」
しかし息ぴったりだな。この三人組。
内心で感想を述べつつ、相手をする。
「よくわからないけど、そうみたいですね?」
「今度はちゃんと話してくれるのかい? 愛しの備品ちゃん」
「うっさい!備品ちゃん言うなっ!」
サダオミの鋭いツッコミが飛ぶ。
だが、男たちはそれを「解釈一致」と言わんばかりの恍惚とした表情で受け流した。
その時だった。
廊下の喧騒が、まるで誰かが音量をゼロにしたかのように一瞬で凍りついた。
流れていた弾幕の動きが止まり、野次馬たちが弾かれたように左右へ避ける。
そこには、冷徹な静寂を纏った透哩が立っていた。
「……サダオミ。委員棟だ」
「ちょ、待って、引っ張らないでっ」
制止するサダオミの言葉が終わるより早く、透哩の細く強靭な指先がサダオミの腕を掴んだ。
「来い」
「わっ、ちょっと、引っ張るなってば! 離せー!」
抗議の声を無視して、透哩はサダオミを引きずるようにして歩き出す。
その背後、沈黙していた弾幕が、怯えたように、しかし猛烈な勢いで再起動した。
『直轄きた』
『空気が重い』
『やば』
『連行なう』
『ドナドナ備品ちゃん』
『あ、これ死ぬやつだ』
上級生たちが石のように固まって見送る中、サダオミはバタつく足でずるずると連行されていく。
学園の喧騒が遠ざかり、温度の低い「委員棟」の領域へと、サダオミは強制的に引きずり込まれていった。
◇
委員棟の内部は、学舎の喧騒が届かない無音の聖域だった。
透哩は部屋の中央に立つと、無造作に両手の掌を返した。
――空間が歪み、無数の任務水晶が星屑のように浮かび上がる。
「……何、これ」
サダオミが息を呑む。
光のない、だが冷徹な意味を宿した無数の結晶。
透哩がそのうちの一つに触れた。
撫でるような、ごく自然な動作。
その瞬間、サダオミの視界の端で、遠くの空に浮かんでいた光の一つが、瞬きもなく静かに消えた。
「……今、何か消えた?」
「帰還処理だ」
透哩は淡々と、次、また次と水晶を撫でていく。
遠方の光が、ひとつ、またひとつ消える。
抵抗も、逡巡もなく。
「こうやる」
透哩は残った一つの水晶を、サダオミの目の前に差し出した。
「できるかあああ! 」
サダオミは必死に首を横に振る。
だが、透哩の瞳に揺らぎはなかった。
「救出ってもっとこう、頑張ってやる感じなんじゃないの?」
「これが正規手順だ」
透哩は一歩、サダオミに詰め寄る。
「ほっ」
「?」
「いや、真似してみたんだけど? そんな悲しい奴を見る目で見ないでよ」
「なるほど」
その一言にサダオミは、戦慄する。
こういう予感はよくあたる。
そう考えた直後だった――。
「できないなら、行け」
「えっ――」
言葉が終わるより早く、透哩の掌がサダオミの背中を、有無を言わさず押し出した。
重力からの解放。
視界が反転し、委員棟の無機質な天井が遠ざかっていく。
任務水晶の冷たい光が尾を引く中、サダオミの叫び声は加速する風の中に吸い込まれていった。
第一圏域の空が、静かに閉じる。




