†6話†:純白の観測対象
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学園の静寂を切り裂くように、頭蓋へ直接響く無機質な電子音アラートが鳴り渡った。
『階層戦成立。第一圏域所属、E固定備品・川篠サダオミ。対、第二圏域第一席、楢葉宗太郎』
「……は?」
透哩の背中を追って廊下に出たばかりのサダオミは、その場で変な声を出した。
途端、周囲の教室から殺気立った視線が次々と廊下へ突き刺さり、学園全体がそのアナウンスに沸き立つのを感じる。
「いや、ちょっと待て! 今さらっと言ったけど……俺がいたあの教室って、一番上の第一圏域だったのか!?」
サダオミは慌てて教室の入り口を振り返った。
そこには既に眼鏡をかけ直したるるかが、扉の陰からひょこっと顔を出している。
「ふえぇ……大変ですよぉサダオミさん。あなたの席を狙う申請があまりに多すぎて、システムがパンクしちゃったみたいですぅ。それで、既存の申請者の中から優先的に、抽選が前倒しで行われちゃって……」
「パンクって……どんだけ俺、カモだと思われてるんだよ!」
「……いつまで喋っている。行くぞ、サダオミ」
前を歩く透哩は、足を止めずに冷たく言い放つ。
だが、透哩の瞳には隠しきれない不快感の残滓が、わずかな舌打ちと共に宿っていた。
「ぁ~、これ無理なやつだ。拒否権ないやつだ。対決だ。テンプレだ……」
サダオミは天を仰ぎ、力なく呟きながら、半ば引きずられるように透哩の背中を追った。
連行された先の体育館は、既に異様な熱気に包まれていた。
上空を流れるホログラムの弾幕。
そこには『備品ちゃんを愛でる会』という文字と共に、先程サダオミが教室で見せたあのエンジェル・ウィスパーの決定的瞬間が、高画質かつスローモーションで繰り返し再生されている。
「……ぐはっ!?」
サダオミは自分の映像を直視できず、その場に崩れ落ちた。
「なにあの映像! いつの間に撮ったんだよ! 消せ、今すぐ消してくれ!」
「映像提供なう、だ。サダオミ、お前の魅力は天界の共有財産だからな」
隣でシレッと端末を操作している中村一式が、親指を立てて爽やかに告げる。
「一式先輩! あんた、味方のフリして一番酷いよ! 敵なの!? 敵なのか!? っていうか愛でる会とかなに発足してるの! 俺、まだ入学したてなんだけど!」
サダオミの魂の叫びをかき消すように、会場からは、拝め、ウィスパーおかわり、守護りたい、この太もも、といった、純度の高すぎる熱狂が地鳴りのように響いていた。
サダオミの悶絶を無視して、巨大パネルには属性が表示された。
E固定備品。
――近接戦闘・高速対応型。
川篠サダオミ。
「見て、あの儚いスペック。守ってあげなきゃ」
「まさに天界の癒やし個体だわ」
「脚、細すぎだろ。最高かよ」
野次馬たちの愛ゆえの全肯定が、刃のようにサダオミに突き刺さる。
だが、次の瞬間。
パネルの表示が、重苦しい警告音と共に塗り替えられた。
第二圏域・第一席。
――対個体制圧・執行特化型。
楢葉宗太郎。
表示が切り替わると同時に、体育館の空気が一気に凍りついた。
そんな静寂を割って、階段の上から一人の男が静かに降りてきた。
楢葉宗太郎。
本来、ミレイナへの再戦を期して、第一圏域への復帰申請を出し続けていた男だ。
「……不運だな、お前も」
楢葉の声は、感情を排した絶対零度だった。
サダオミを狙った有象無象の申請。
それがシステムを加速させ、結果として最優先の申請者であった楢葉を、予定外の相手へと引きずり出した。
「俺は元々、上にしか申請していない。……だが、システムがこのカードを組んだ以上、取り下げはしない」
「……いや、そこは取り下げてよ! 空気読んでよ!」
「断る。……始めようか」
開始の合図と同時、楢葉が動いた。
無駄のない踏み込み。
空気を断つ一撃がサダオミの喉元を掠める。
「――っ!」
サダオミは本能的に身体を捻り、初撃を紙一重で回避した。
だが、鋭い風圧を受けてミニスカートの裾がふわりと舞い上がる。
「うおっ、危なっ!?」
サダオミは慌てて両手で裾を抑え、不恰好に飛び退いた。
会場からは、ナイスひらり、カメラ、今の録画したか、と、戦いとは無関係な歓喜が爆発する。
「……ふざけているのか、貴様」
楢葉の眉間に深い皺が刻まれた。
だが、サダオミの脳内は別の方向に加速していた。
待てよ。
今のでめくれるってことは、俺の軸がぶれている証拠だ。
もし、このヒラヒラを一切なびかせずに楢葉の攻撃をかわせるようになれば。
それ、究極の体捌きになるんじゃないか?
サダオミの瞳から、余計な雑念が消えた。
「よし、めくらせない……! 絶対に、一枚たりともなびかせねえ!」
再び楢葉が踏み込む。
最小限の予備動作。重心を極限まで低く保ち、風を逃がすような滑らかな転身。
楢葉の猛攻がサダオミの肌をなぞるように通り過ぎていくが、そのミニスカートの裾は、まるで脚に吸い付いているかのようにピタリと静止したままだ。
なんだ、この違和感は。
楢葉は刀を振るうたび、理解不能なバグに直面していた。
サダオミの動きは未熟だ。
だが、致命圏を外す軌道修正が異常に精密。
何より、この絶体絶命の状況で、サダオミの殺気は一向にこちらを向いていない。
この個体は今、俺と戦っていない。戦場を制御しようとしているのか。
楢葉は不意に、自ら間合いを切った。
「……つまらん。辞退する」
静まり返る体育館。
「……えっ。いや、辞退って、あっ、もう終わり?」
サダオミの呆然とした問いに、楢葉は応じない。
ただ、事務的に一瞥をくれただけだ。
「表示はE。動きはそれ以上。……バグか」
「いやいや、バグって……」
サダオミが言い返す前に、楢葉はそのまま背を向ける。
その歩みが、階段の脇で静観していた男の前で止まった。
「不戦敗だな、第一席」
静かな声。
男が一歩前に出る。
その瞳には、規律に基づいた冷徹な野心が宿っていた。
「第二圏域・第一席は空席になる。……挑戦する」
ざわ、と空気が張る。
楢葉は振り返らない。
「好きにしろ」
次の瞬間。
男の膝が折れ、音だけが遅れて響いた。
楢葉の刀は、既に鞘に収まった状態で微動だにしていない。
「……いや、今……」
サダオミの視界が、遅れて繋がる。
「三……いや、四回?」
だが、どこを、どう斬ったのかは分からない。
「……何が起きた?」
サダオミだけが、その光景を理解できずに呟いた。
周囲の天使たちが凍りつき、道を開ける中、楢葉は静かに言い残す。
「席は、空くものではない」
その言葉と共に、楢葉は弾幕をちらりと見る。
『備品ちゃんを愛でる会』
『ウィスパー最高』
『直轄下尊い』
わずかに目を細める。
「……あのだな」
サダオミが身構える。
「また会おう」
一拍。
「備品ちゃん」
「備品ちゃん言うなっ!!」
楢葉、ほんの少し首を傾げる。
「違うのか?」
「違うわ!! 名前あるから! 川篠サダオミだから!」
「……覚えた」
ほんの一拍。
「忘れるが」
「覚える気ゼロじゃん!!」
サダオミの叫びが響く中、透哩が、ちっ、と再び舌打ちをした。
「……面倒な奴に、変な風に見つかったな。行くぞ、サダオミ。仕事だ」
「……仕事って、まだ初日なんだけど……」
サダオミは溜息をつき、スカートを直しながら、透哩の背中を追いかけた。
第一圏域。
天界直轄下。
その不気味なログが、世界の深部へと静かに刻まれ始めていた。




