†4話†:純白の管理対象
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「……さてと」
サダオミが絶望に打ちひしがれている中、るるかがふわりと席を立った。
そのまま、いつもの足取りで教壇へと向かう。
辿り着いた彼女は、自身の顔半分を覆っていた大きな眼鏡にそっと指をかけた。
すっ、と眼鏡が外される。
途端、纏う空気が静かに、だが決定的に変貌した。
露わになったその瞳は、驚くほど澄んでいて、同時にすべてを見透かすような知性に満ちている。
「それでは、始めます」
間延びした語尾が消え、凛とした上品な声が教室に響き渡る。
サダオミは呆然と教壇を見上げることしかできなかった。
「え、るるかさん……? 眼鏡……。というか、なんで教壇に立ってるんすか」
「るるか先生、スイッチオンなう」
窓際から一式の短い野次が飛ぶ。
るるかはそれに構うことなく、穏やかな、それでいて拒絶を許さない微笑をサダオミに向けた。
「今回このクラスに合流した新入生は――サダオミさん。起立してください」
「はいっ!」
あまりの通りの良い声に、サダオミは椅子を鳴らして反射的に立ち上がった。
ミニスカートの心許なさに、思わず裾をぎゅっと握りしめる。
隣の透哩は、教壇で起きた劇的な変化に目を向けることすらなく、淡々と教科書のページをめくっていた。
「そんなに怯えないで。今日は簡単な自己紹介と、天界での『身の振り方』を学んでもらうだけですから」
るるかは優雅に指を鳴らした。
途端、サダオミの頭上に、大きく「E(固定備品)」というホログラムが浮かび上がる。
「ちょ……何これ。るるかさん、冗談だろ? これ消してくださいよ。というか、その喋り方マジでやめてくださいって」
「いいえ、消せません。今のあなたのステータス、そのままですから。……それとサダオミさん、今は『先生』と呼びなさい」
るるかは楽しげに目を細め、サダオミの逃げ場を塞ぐように告げた。
その丁寧で完璧な微笑みは、先ほどまで隣で「困りましたねぇ」と笑い合っていた彼女のものとは、あまりにもかけ離れていた。
「……いいですか、サダオミさん。天界において『自己紹介』とは、単なる名前の公表ではありません。自身の魂の在り方を、他者に刻み込む儀式です」
るるか先生は、眼鏡のない涼やかな瞳でサダオミを射抜いた。
黒板には、いつの間にかサダオミの顔写真と、その横に大きく【等級:E(特例備品/エンジェルフォーム固定)】という無慈悲な文字が並んでいる。
「さあ。前へ。皆さんに、あなたの今の『価値』を証明して見せてください」
「……ま、マジで言ってる? この格好で?」
サダオミは周囲を伺う。
海里は「頑張れサダオミ! 君ならできる!」と無闇に熱い視線を送り、透哩は相変わらず興味なさげにページをめくっているが、その耳は心なしかこちらを向いている気がする。
一式はスマホを構え、「備品の初鳴き、待機なう」と口角を上げていた。
逃げ場はない。
サダオミは震える足で教壇の横まで歩み出た。
視界に入るのは、自分を見る大量の「天使(生徒)」たちの目。そして、ミニスカートから伸びる、白く細い脚。
「……かわし、の。サダオミ、です」
消え入りそうな声。
だが、るるか先生の微笑みは崩れない。
「聞こえませんね。もっと誇りを持って。あなたは今、この学園で唯一の『固定個体』なんですよ?」
「……そんな誇り、いらないですよ……!」
サダオミはヤケクソ気味に声を張り上げた。
「川篠サダオミです! ランクはE! 見ての通り、なぜかモデルチェンジができなくてこの格好です! 意気込みは……ええっと、一刻も早く、ここから脱出したいです!」
静まり返る教室。
サダオミの心臓がうるさいほど脈打つ。
沈黙を破ったのは、窓際からの乾いたシャッター音だった。
「脱出宣言、撮影なう」
「一式先輩、撮るなよ!」
「ふふ、いいでしょう。Eランクらしい、実に瑞々しい自己紹介でした」
るるか先生が上品にパチパチと手を叩く。
それに合わせて、他の生徒たちからも、どこか他人事のような、あるいは憐れむような拍手がパラパラと沸き起こった。
「では、次は自己紹介の仕上げです。サダオミさん、そのエンジェルフォーム固有のポーズで、クラスの皆さんに『癒やし』を提供してください」
「は? ……ポーズ? 癒やし? ちょ、るるかさん、それは聞いてないっすよ!」
「『先生』でしょう? さあ、早く。でないと評価をさらに下げて、スカート、あと五センチ短く設定しますよ?」
「……っ!!」
サダオミは絶句した。
師匠の瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
「……あ、あの、るるかさん、ポーズって、俺に何をやらせる気――」
「いいえ、自分でする必要はありません。システムにお任せください」
るるか先生が、タクトを振るうように指先をしなやかに動かした。
途端、サダオミの全身を、見えない糸で吊られたような奇妙な感覚が襲う。
「な、あ……ちょっ、勝手に、体がッ!?」
関節が、筋肉が、サダオミの脳からの指令を完全に無視して駆動を開始した。
スッと右足が内側に入って内股になり、腰がわずかにくねって絶妙な曲線を形成する。左手はふわりと胸元に浮き、人差し指が静止を促すように、吸い付くような動きで桜色の唇へと添えられた。
極めつけは、小首を傾げたと同時に放たれた、パチリという完璧なタイミングのウィンク。
「ないわああああああああああああああああッ!!」
サダオミの絶叫が教室に虚しく響き渡る。
本人の意識とは無関係に、システムがサダオミの持つ美貌出力を強制的に最大化させていく。その姿は、羞恥に染まった頬の赤みさえも計算されたあざとさとして取り込み、教室中の視線を釘付けにした。
「……ふふ、合格です。今のポーズはエンジェル・ウィスパー。任務地でターゲットの懐柔、あるいは情報の秘匿を行う際の基本所作です。魅了効果は通常時の三割増しですよ」
るるか先生の上品な解説が響く中、教室内には静寂……そして、凄まじい勢いのシャッター音が鳴り響いた。
「初ウィスパー、無音シャッターで確保なう」
「一式先輩!! 今すぐその端末を叩き割ってくださいっ!!」
ポーズが解けた瞬間、サダオミは顔を覆ってその場に蹲った。
だが、隣の透哩がめくる教科書の音が、心なしかいつもより少しだけ速くなったことに、今のサダオミは気づく由もなかった。




