†1話†:純白のバグ
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「……合格、おめでとう。サダオミ」
海里が、一歩前に出た。
普段は厳格な彼女だが、今はその眉尻を下げ、柔らかな笑みを浮かべている。
「…‥ありがとう。なんとかなって良かったです」
「あれはなんとか出来る難易度では……。まぁいい。学園で困ったことがあれば、すぐに私を頼れ。お前が面倒事に首を突っ込むのは、既定路線みたいなものだからな」
サダオミがニヤリと笑い、おもむろに海里の頭を「よしよし」と撫でた。
一瞬、時が止まる。
「なっ……ななな、貴様ぁ! 何を、何を自然な動作で、しおって……っ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る海里。
サダオミは「やれやれ」と肩をすくめるが、その手には、いつもそこにあるはずの「彼女」の感触がない。
天界の武器預かりシステム。この領域では、相棒を帯びることは許されないのだ。
「――再会を約束しよう。また、学園で」
海里は、武器として保管されている実の妹――飛鳥を案じるように一瞬だけ視線を虚空へ泳がせ、再会を期して去っていった。
その後ろを試験に協力していた天使達が続いていく。
高鷺ゆえはひらひらと手を振っていた。
透哩はいつの間にか姿を消していた。
静寂。
真っ白な天界の広場に、サダオミとるるかの二人だけが取り残される。
「さて。承認も終わりましたし……。サダオミさん、身だしなみを整えましょうか。はい、祝福~」
「え、あ――」
ぺち。
額に触れた、るるかの指先。
爆ぜる光。
「ちょっ、待――なにこれ真っ白!? しかも短い! 短すぎるだろ!!」
光の後に現れたのは、眩いばかりの純白のブレザーと、同じく純白のプリーツスカートを纏ったサダオミだった。
「ふふ。合格祝いの特別仕様、天界制服です。もちろん、状態をリセットされる天界装備仕様ですから、心置きなく暴れてくださいね」
「物理的に落ち着かないんだが……っ!」
最強の相棒も、慣れ親しんだ戦装束も失い。
サダオミは必死にスカートの裾を抑えながら、るるかを恨めしそうに見る。
「気に入って頂けたようで嬉しいです~」
「そう見えましたかね!?」
「ふふ、さて――『学園』について少し伝えておきますね」
白亜の揺り籠
――正式名称:冠位時計神導学府
通称『学園』
名前からして覚えられない。
そう、ぼやくサダオミを傍らに、るるかは説明を続けた。
本来であれば戦闘スキルを6つ獲得しなければ入学を許可されないこと。
今回、サダオミは特例の一芸入学になること。
学園では大天使を目指し、研鑽することになること。
「はい、師匠! わかりました! そしてスカート短いです」
「ふふ、それは慣れてもらって」
「ぇ~……」
「それでは――」
るるかはそう言うと門を開く。
その向こうには学園の入り口がサダオミを待ち構えていた。
「いってらっしゃい」
◇
「いや、だから短いってば!」
サダオミは必死に純白の裾を抑えながら、白亜の学園の門を潜る。
汚れなき白を纏った「最強のバグ」が、ついに放たれた。
門を潜った瞬間、肌を刺すような視線の密度が変わった。
「……ッ」
サダオミは咄嗟に身を低くしようとして、自分の今の格好を思い出し、慌てて直立に戻った。少しでも屈めば、この純白の布地は一切の隠蔽を放棄する。
白亜の石畳。見上げるような高いアーチ。
そこには、サダオミと同じ白を纏った若者たちが、吸い込まれるように校舎へと向かっていた。
天界の住人である彼らは、例外なく美しい。磨き抜かれた大理石のような肌と、調和の取れた容貌。だが、その群れの中にあって、サダオミの存在感はあまりに異様だった。
「おい、見ろよ……あの子」
「……息が止まるかと思った。何なんだ、あの美しさは」
「というか、スカート短すぎないか。特注か何かか。いや、それ以前に、あの透明感は何だ」
ざわめき。
天界における正規の状態を維持し続ける純白の制服は、本人の羞恥心を置き去りにして、道ゆく者たちの視線を吸い寄せていく。周囲に並ぶ美男美女たちでさえ、サダオミが通り過ぎる瞬間、その光を吸い取られたかのように影に沈む。
やれやれ。これ、天界ってのはどこもかしこも趣味が悪いな。
内心で悪態をつきながら、サダオミは目的地である新入生が最初に目指すべきオリエンテーション・ホールへの道筋を確認しようとした。
その時。
「おっと、失礼。君、迷子かな」
前方から歩いてきた一人の男が、サダオミの正面で足を止めた。
整った顔立ちに、余裕のある微笑。彼もまた、地上であれば千人に一人と言われるほどの美形だ。その胸元には、サダオミとは異なる上級生を示す意匠のブローチが光っている。
「新入生だよね。その……非常に際どい服装のようだけど、何か手助けが必要かい」
男の視線は、サダオミの顔から離せなくなっていた。あまりにも完成された美貌に気圧され、自らの余裕を取り繕うように、純白の裾から伸びる脚のラインへと視線を逃がしている。
「…………」
サダオミの右手が、無意識に背のないはずの刀を求めて空を切る。
最強のバグ、サダオミ。
天界という美の極致において、なおも際立つ「美貌」という武器なき凶器。
最初の戦いは、物理的な闘争ではなく、この男をどう黙らせるかという判断から始まる予感に満ちていた。
「…………」
サダオミは無意識に腰のないはずの刀を求めた手を、そのまま後頭部へと持っていき、ガシガシと掻いた。
それから、目の前で余裕の笑みを浮かべている男を、ひどく面倒くさそうな眼で見上げた。
「……あの。意味あり気にこういうタイミングで話仕掛けてくれる上級生の方って、あれですか。生徒会長とか、なんとか委員の委員長とか、どこかの御曹司とかだったりしますか?」
一拍、男の微笑が凍りついた。
「え、あ……いや、そういうのでは……」
「いえいえ、謙遜とかしないでくださいよ。これだけ光り輝く学園の門を潜って一発目ですよ? 迷子の美少女(俺)に声をかける親切な上級生。これもう、物語なら重要キャラ確定の立ち位置じゃないですか」
サダオミは「やれやれ」と溜息をつき、空いた左手で必死に純白のスカートの裾を押さえ直す。
その仕草すらも、周囲からすれば計算された誘惑に見えてしまうのが、この美貌の業だった。
「で、どうなんすか。俺、さっさとオリエンテーションとかいうやつに行きたいんですけど。あんたの背後に、実は取り巻きとか控えてたりします?」
「なっ……」
男は絶句し、みるみるうちに耳まで真っ赤に染まった。
天界の美青年として数多の誘いを優雅に捌いてきたはずの彼にとって、「重要キャラ確定」「取り巻きの有無」などという、因果のメタ構造を直接殴りつけるような言葉は、物理的な一撃よりも深くその自尊心を抉った。
「う、うわぁぁぁ! 何なんだ君は! 綺麗なのに……綺麗なのに、中身が可愛くない!!」
男は謎の絶叫を上げ、股間のチャックでも空いていたかのような悲惨な顔で、回れ右をして脱兎のごとく逃げ出した。
その後方、植え込みの陰から「先輩、失敗っすか!?」「あの美少女、精神攻撃持ちだぞ!」という取り巻きたちの情けない声が聞こえてくる。
「……やれやれ。中身が可愛くないのは百も承知だよ」
サダオミは呆れたように溜息をつき、再び純白のスカートの裾を必死に抑え直した。
さて、地図によれば目的地は、この「因果の回廊」を抜けた先だ。
壁一面には、巨大な時計の歯車が剥き出しで噛み合い、不気味なほど正確なリズムを刻んでいる。
歩くたびに足元の床が「カチッ」と鳴り、その瞬間、サダオミが今踏みしめた足跡が淡い光の残像となって浮かび上がった。
だが、その残像はただの足跡ではなかった。
サダオミが一歩踏み出すたび、コマ送りの映像のように、彼が潜り抜けてきた「一瞬の剣筋」や「返り血の記憶」が、淡いエフェクトとなってチリチリと弾けては消えていく。
「……何だよこれ。一歩ごとにログが残るとか、隠密泣かせにも程があるだろ。ストーカー養成ギミックか?」
独り言をこぼしながら進むサダオミの前に、今度は新入生の集団が現れた。
誰もが彫刻のような美貌を持ち、自らの「格」を誇示するように優雅に歩いている。
だが、サダオミが視界に入った瞬間、その調和は無惨に崩れ去った。
「――っ!?」
すれ違った美少年が、持っていた教科書を床にぶちまける。
隣を歩いていた美少女は、サダオミの顔を二度見した拍子に、豪華な柱に思い切り肩をぶつけて悶絶した。
サダオミが通り過ぎるたびに、周囲の天使たちの「自信という名のバリア」がパリンパリンと割れていく。
「おい、君。そんなに見つめられると、俺の背後霊が嫉妬して、君の明日の運勢を『凶』に書き換えちゃうよ?」
固まっている新入生に、サダオミが適当なボケを飛ばすと、言われた相手は「あ、あわわ……光栄です!」と謎の感謝を述べて崩れ落ちた。
「……光栄なのかよ。天界の感性はやっぱりわからん」
サダオミはさらに歩を進める。
床の鏡面仕上げに映る自分の「絶対領域」に毒づき、歯車の鳴る音に文句を言い、ようやく辿り着いたオリエンテーション・ホールの巨大な扉。
そこには文字盤の針が「XII」を指して待ち構えていた。
『――特例入学生、川篠サダオミ。規定時刻の三秒前に到着。因果律の誤差、許容範囲内』
脳内に響く無機質なアナウンス。
「三秒前とか、性格細かいんだよな……。よし、作戦は『速やかに着席して存在を消す』。これで行く」
サダオミは意を決して、大扉を押し開いた。
――瞬間。
数千の視線が、まるで物理的な熱量を持ってサダオミに突き刺さった。
壇上にいた教師らしき人物の手から、光の筆がポロリと落ちる。
静寂。
広大なホールが、一人の「純白のバグ」によって、完全にフリーズした。
「……あー。……こんにちは。座っていいですか?」
サダオミのその緊張感のない第一声が、学園の歴史に刻まれた。




