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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 6 部 入学試験 編
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第9話:祝祭の終焉、背負う覚悟





「…………」


 第四の門を背に、境界の光を抜けたその時だった。

 サダオミの鼓膜を、暴力的なまでの破壊音が貫いた。


 ドガアアアァァン!!


 空気を、空間を、物理的に叩き割るような連続銃火。

 まだ次なる第五の門は、視界の先、遥か遠くにあるというのに。


「…………っ!」


 サダオミは戦慄し、反射的に重心を落とした。

 あり得ない。門の「外」にまでその殺意が漏れ出しているなど、もはやシステムの欠陥でしかない。


 だが、その脳を揺さぶるような、狂気的なまでのリズム。

 嫌でも思い出させられる。

 かつてサダオミが相対した、鮮烈にして強烈な、あの「女」。


「……あ~、……。間違いねぇ。……この、耳が馬鹿になるような無茶苦茶な音」


 サダオミは引きつった笑みを浮かべ、その名を――かつて世界を震撼させたその異名を吐き捨てた。


祝祭カーニバル


 弾丸が舞い、硝煙が踊り、死が華やかに着飾る。

 そこにあるのは戦いではない。終わりなき蹂躙、あるいは――完膚なきまでの狂った宴。


「……門を潜る前からこれかよ。どんだけ暴れたいんだ、あんたは」


 サダオミは飛鳥の柄を握り直し、覚悟を決める。

 第四の門で見せたあの穏やかな顔は、すでに消えていた。

 

 祝祭カーニバルを終わらせるには、こちらも相応の熱量(地獄)で応えるしかないのだ。


 サダオミが第五の門の前に辿り着いた、その瞬間だった。

 本来なら資格を問い、静かに開くはずの重厚な門が――内側から、爆ぜた。


 ドガアアアァァァァン!!


 鉄錆の雨と爆風。

 門そのものを弾丸で粉砕し、硝煙の中からその「狂気」が躍り出る。


「くははっ! やっぱサダオミじゃねぇかよ?」


 煤けた煙の向こう側。

 案の定、そこには祝祭カーニバルが、耳まで裂けそうな愉悦の笑顔を浮かべて立っていた。


「…………っ!」


 サダオミは飛鳥を抜き放ち、爆風を切り裂いて身構える。

 だが、視界に映ったのは彼女一人ではなかった。


 祝祭カーニバルのすぐ傍ら。

 しなやかな肢体に、見る者を射抜くような鋭い殺気を纏った女――女豹ラストダンスが、そこにいた。


 かつてサダオミを追い詰めた二大巨頭。

 絶望的な挟み撃ちの構図。……かと思われた、次の刹那。


「あ?」


 祝祭カーニバルが、隣に立つ女豹ラストダンスに向けて、至近距離から銃口を向け火を噴かせた。

 同時に、女豹ラストダンスもまた、挨拶代わりの銃撃を祝祭カーニバルの眉間に叩き込もうとする。


「死ねっ!」

「お前が死ねっ!」


 サダオミを完全に「置いてけぼり」にしたまま、二人の間で激越な殺意が交差する。

 火花が散り、互いの肌を掠める弾丸。

 そこにあるのは連携などという生温い言葉ではない。


「……はは、二人とも、相変わらずだね」


 サダオミは引きつった笑いをこぼした。

 味方ですら、その銃口の「ついで」でしかない。

 

 だが、このデタラメな殺気こそが、今のサダオミの「速度」をさらに引き出すための、最高の燃料になる。


「……拾うぞ。あんたらの全部」


 決意表明と共に、サダオミは第五の門を潜った。


「やっと来やがったかよ?」 

「ようやくお越しかい?」


 硝煙の中から現れた二人の狂女は、サダオミを視界に入れながらも、その意識の大部分を彼の腰にある鞘へと割いていた。

 

 二人の声が、重なる。


「おいサダオミ。あいつは呼ばねぇのかよ?」

「主様よぉ。お嬢ちゃんはいらっしゃらないのかい?」


 祝祭カーニバルの苛立ちを含んだ愉悦と、女豹ラストダンスの鋭くも馴れ馴れしい呼びかけ。

 かつての地獄を共に駆けた顔見知りであり、サダオミを巡る隣の席を奪い合った執着の対象だからこその、迷いのない同時言及だった。


「…………」


 サダオミが口を開くより先に。

 鞘の中に収まったままの飛鳥が、二人の問いに答えるように、一度だけ純白に強く、そして誇らしげに発光した。


 私はここにいる。

 そして今、主様が向き合っているのは私ではなく、あなたたち。


 そんな飛鳥の、唯一無二のパートナーとしての余裕と、主様の試練を尊重する自重の意思を、二人の女が読み取らないはずがなかった。


「――はっ。相変わらずノリ悪いこった。あのお高くとまった光、反吐が出るねぇ!」


 祝祭カーニバルが忌々しそうに吐き捨てる。

 飛鳥が出てこないのなら、サダオミを盾として、あるいは所有物として再び分からせるだけだ。


 ドガアアアァァン!!


 祝祭カーニバルの銃撃が、サダオミの退路を断つように周囲を耕す。

 同時に、女豹ラストダンスの銃弾が、無自覚な甘さを抉るように、死角から心臓を狙い撃つ。


 ああ、やっぱり重たいな。あんたらの地獄も、……この執着も。


 彼女たちの嫉妬と独占欲の板挟みになりながら、それでも全員を背負って戦い抜いたサダオミ。

 斬り捨ててしまえば楽になれる。

 けれど、そんなことをすれば腰の飛鳥が悲しむし、何より、この二人の熱を捨てていくことなど、今のサダオミには到底できない。


「……っ、まだだね」


 サダオミは飛鳥を抜かない。

 それどころか、彼は弾丸の雨を回避することすらやめ、その「爆心地」へと加速した。


 ――重たいなら、その重さを利用するだけだ。


 祝祭カーニバルが引き金を引く、わずかな指の予備動作。

 女豹ラストダンスが照準を固定する、コンマ数秒の硬直。


 サダオミはその「ズレ」の隙間に、神速をもって入り込んだ。


 ただそれだけで。


 祝祭の掃射を止める必要はない。

 女豹の狙撃を止める必要もない。


 ただ、ほんの指先一つ分だけ狂わせる。


 それだけでいい。


 祝祭の放った弾丸が、女豹へ向かう。

 その軌道が、ほんの僅かにずれる。


 女豹の狙撃線へ入り込んだ一発が、別の弾丸を弾いた。


 連鎖した衝撃で、二人の銃撃は互いの威力を殺し合う。


 硝煙の中で、サダオミだけが「静止」している。

 二人の殺意をすべて編み上げ、無害な火花へと変えて。


「…………っ!」


 硝煙の向こう側。

 祝祭カーニバルは、かつて見たことのない、どこか「置いていかれた子供」のような呆然とした顔をした。

 女豹ラストダンスは、己の執念が届かなかったことを悟り、僅かに悔しそうに歯を噛み締める。


 二人の時間は、止まった。

 サダオミの速度に、完全に置いていかれたのだ。


「……二人とも、遅いよ」


 静かな宣告。

 だが、サダオミはそこで突き放しはしなかった。

 

「俺はもう、あんたらを背負ったまま進む。……だから、そこでおとなしく見てな」


 それは、五かつて彼女たちが向けた一方的な執着への、サダオミなりの最終回答。

 切り捨てるのではなく、彼女たちの重すぎる地獄ごと、理想の速度の一部にして連れて行くという誓い。


「…………」


 沈黙が流れる。

 やがて、祝祭カーニバルは手に持った銃を下ろし、髪をくしゃりと掻いた。


「……ちっ、つまんねぇ。……勝手にしな」


 悪態をつきながらも、その口角は僅かに上がっていた。

 負けた悔しさよりも、自分が執着した男が、自分たちの想像すら届かない「極致」へ辿り着いたことへの、深い満足感。


 第五の門が、今度は破壊ではなく、主を認めるように静かに溶けて消えていく。

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