第9話:祝祭の終焉、背負う覚悟
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「…………」
第四の門を背に、境界の光を抜けたその時だった。
サダオミの鼓膜を、暴力的なまでの破壊音が貫いた。
ドガアアアァァン!!
空気を、空間を、物理的に叩き割るような連続銃火。
まだ次なる第五の門は、視界の先、遥か遠くにあるというのに。
「…………っ!」
サダオミは戦慄し、反射的に重心を落とした。
あり得ない。門の「外」にまでその殺意が漏れ出しているなど、もはやシステムの欠陥でしかない。
だが、その脳を揺さぶるような、狂気的なまでのリズム。
嫌でも思い出させられる。
かつてサダオミが相対した、鮮烈にして強烈な、あの「女」。
「……あ~、……。間違いねぇ。……この、耳が馬鹿になるような無茶苦茶な音」
サダオミは引きつった笑みを浮かべ、その名を――かつて世界を震撼させたその異名を吐き捨てた。
「祝祭」
弾丸が舞い、硝煙が踊り、死が華やかに着飾る。
そこにあるのは戦いではない。終わりなき蹂躙、あるいは――完膚なきまでの狂った宴。
「……門を潜る前からこれかよ。どんだけ暴れたいんだ、あんたは」
サダオミは飛鳥の柄を握り直し、覚悟を決める。
第四の門で見せたあの穏やかな顔は、すでに消えていた。
祝祭を終わらせるには、こちらも相応の熱量(地獄)で応えるしかないのだ。
サダオミが第五の門の前に辿り着いた、その瞬間だった。
本来なら資格を問い、静かに開くはずの重厚な門が――内側から、爆ぜた。
ドガアアアァァァァン!!
鉄錆の雨と爆風。
門そのものを弾丸で粉砕し、硝煙の中からその「狂気」が躍り出る。
「くははっ! やっぱサダオミじゃねぇかよ?」
煤けた煙の向こう側。
案の定、そこには祝祭が、耳まで裂けそうな愉悦の笑顔を浮かべて立っていた。
「…………っ!」
サダオミは飛鳥を抜き放ち、爆風を切り裂いて身構える。
だが、視界に映ったのは彼女一人ではなかった。
祝祭のすぐ傍ら。
しなやかな肢体に、見る者を射抜くような鋭い殺気を纏った女――女豹が、そこにいた。
かつてサダオミを追い詰めた二大巨頭。
絶望的な挟み撃ちの構図。……かと思われた、次の刹那。
「あ?」
祝祭が、隣に立つ女豹に向けて、至近距離から銃口を向け火を噴かせた。
同時に、女豹もまた、挨拶代わりの銃撃を祝祭の眉間に叩き込もうとする。
「死ねっ!」
「お前が死ねっ!」
サダオミを完全に「置いてけぼり」にしたまま、二人の間で激越な殺意が交差する。
火花が散り、互いの肌を掠める弾丸。
そこにあるのは連携などという生温い言葉ではない。
「……はは、二人とも、相変わらずだね」
サダオミは引きつった笑いをこぼした。
味方ですら、その銃口の「ついで」でしかない。
だが、このデタラメな殺気こそが、今のサダオミの「速度」をさらに引き出すための、最高の燃料になる。
「……拾うぞ。あんたらの全部」
決意表明と共に、サダオミは第五の門を潜った。
「やっと来やがったかよ?」
「ようやくお越しかい?」
硝煙の中から現れた二人の狂女は、サダオミを視界に入れながらも、その意識の大部分を彼の腰にある鞘へと割いていた。
二人の声が、重なる。
「おいサダオミ。あいつは呼ばねぇのかよ?」
「主様よぉ。お嬢ちゃんはいらっしゃらないのかい?」
祝祭の苛立ちを含んだ愉悦と、女豹の鋭くも馴れ馴れしい呼びかけ。
かつての地獄を共に駆けた顔見知りであり、サダオミを巡る隣の席を奪い合った執着の対象だからこその、迷いのない同時言及だった。
「…………」
サダオミが口を開くより先に。
鞘の中に収まったままの飛鳥が、二人の問いに答えるように、一度だけ純白に強く、そして誇らしげに発光した。
私はここにいる。
そして今、主様が向き合っているのは私ではなく、あなたたち。
そんな飛鳥の、唯一無二のパートナーとしての余裕と、主様の試練を尊重する自重の意思を、二人の女が読み取らないはずがなかった。
「――はっ。相変わらずノリ悪いこった。あのお高くとまった光、反吐が出るねぇ!」
祝祭が忌々しそうに吐き捨てる。
飛鳥が出てこないのなら、サダオミを盾として、あるいは所有物として再び分からせるだけだ。
ドガアアアァァン!!
祝祭の銃撃が、サダオミの退路を断つように周囲を耕す。
同時に、女豹の銃弾が、無自覚な甘さを抉るように、死角から心臓を狙い撃つ。
ああ、やっぱり重たいな。あんたらの地獄も、……この執着も。
彼女たちの嫉妬と独占欲の板挟みになりながら、それでも全員を背負って戦い抜いたサダオミ。
斬り捨ててしまえば楽になれる。
けれど、そんなことをすれば腰の飛鳥が悲しむし、何より、この二人の熱を捨てていくことなど、今のサダオミには到底できない。
「……っ、まだだね」
サダオミは飛鳥を抜かない。
それどころか、彼は弾丸の雨を回避することすらやめ、その「爆心地」へと加速した。
――重たいなら、その重さを利用するだけだ。
祝祭が引き金を引く、わずかな指の予備動作。
女豹が照準を固定する、コンマ数秒の硬直。
サダオミはその「ズレ」の隙間に、神速をもって入り込んだ。
ただそれだけで。
祝祭の掃射を止める必要はない。
女豹の狙撃を止める必要もない。
ただ、ほんの指先一つ分だけ狂わせる。
それだけでいい。
祝祭の放った弾丸が、女豹へ向かう。
その軌道が、ほんの僅かにずれる。
女豹の狙撃線へ入り込んだ一発が、別の弾丸を弾いた。
連鎖した衝撃で、二人の銃撃は互いの威力を殺し合う。
硝煙の中で、サダオミだけが「静止」している。
二人の殺意をすべて編み上げ、無害な火花へと変えて。
「…………っ!」
硝煙の向こう側。
祝祭は、かつて見たことのない、どこか「置いていかれた子供」のような呆然とした顔をした。
女豹は、己の執念が届かなかったことを悟り、僅かに悔しそうに歯を噛み締める。
二人の時間は、止まった。
サダオミの速度に、完全に置いていかれたのだ。
「……二人とも、遅いよ」
静かな宣告。
だが、サダオミはそこで突き放しはしなかった。
「俺はもう、あんたらを背負ったまま進む。……だから、そこでおとなしく見てな」
それは、五かつて彼女たちが向けた一方的な執着への、サダオミなりの最終回答。
切り捨てるのではなく、彼女たちの重すぎる地獄ごと、理想の速度の一部にして連れて行くという誓い。
「…………」
沈黙が流れる。
やがて、祝祭は手に持った銃を下ろし、髪をくしゃりと掻いた。
「……ちっ、つまんねぇ。……勝手にしな」
悪態をつきながらも、その口角は僅かに上がっていた。
負けた悔しさよりも、自分が執着した男が、自分たちの想像すら届かない「極致」へ辿り着いたことへの、深い満足感。
第五の門が、今度は破壊ではなく、主を認めるように静かに溶けて消えていく。




