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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 6 部 入学試験 編
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第7話:白の俺





 焼け落ちた空から、灰が雪のように降っている。

 かつて、終わってしまった世界。サダオミの「一騎大国」の終焉地。


 その中央に、奴は立っていた。


 巨大な、純白の全身装甲。

 見る者を凍りつかせるその姿に、サダオミはかつて浴びせられた罵声と、喉を焼くような虚無感を思い出す。


「…………」


 白の死神。

 どれほど敵を屠っても、部下たちは一人も帰ってこなかった。

 「白がいれば勝てる、だが白の下につけば死ぬ」

 その結果から逃げるように、サダオミは心に鍵をかけ、誰とも心を通わせない「装置」へと成り果てたのだ。


 サダオミは飛鳥を構え、震える喉で絞り出す。


「……忘れるわけない。俺は、これに逃げたんだ。誰かの死を背負い続けるのが怖くて……ただ敵を処理するだけの『完成品』になりたかった」


 死神は答えない。

 ただ、かつての俺が到達した「効率の極致」をなぞるように、巨大な腕が空間を撫でた。


 予備動作ゼロ。最短、最速の空間抜刀。


「っ……、く、あ……っ!」


 脳が弾けるような衝撃。サダオミは全神経を動員して致命傷を逸らすが、飛鳥の刀身を伝って腕に痺れが走る。


 速い。迷いがない。

 何より、あの日「これ以上は必要ない」と断じたはずの正解が、寸分の狂いもなく襲いかかってくる。

 それは、思考という贅沢を切り捨てた、冷徹な機械の演算だ。


「……っ。……はは、笑えないな。相手からすると、白の俺って……こんなに、冷たかったのか」


 サダオミは、引きつった笑みを浮かべ、地面に吐き捨てた。

 感情を殺し、「名乗らなくていい」と冷たく突き放していたあの頃。

 対話の余地を自ら捨て、ただの死神として君臨していた当時の傲慢さが、今、特大の理不尽となって自分に跳ね返ってくる。


「…………」


 白が一歩、踏み込む。

 迷う余地がないからこそ、その一歩にはサダオミの予測を追い越すほどの速度が宿る。


「……悪いことをしたな。白の俺に『どうせすぐいなくなる』なんて言われて……どれだけ、寂しかっただろうな」


 サダオミは、膝の震えを意志で押さえつけた。


 白はあの戦場での正解だった。

 あれを完成させなければ、自分も死んでいた。

 だが、その完成品は、今のサダオミにとっては超えるべき「壁」に過ぎない。


「白は、あの時の正解で、完成品で……俺が、自分を守るために作り上げた、最強の『臆病』だ」


 サダオミは、飛鳥を真っ直ぐに正眼に据えた。

 決められた最短ルートではなく、傷つき、迷いながらも、その場で「選び直す」一歩を踏み出すために。


「全部引き受けて、俺は次へ行く。……俺はもう、白に自分を預けない。行くぞ、自分」


「…………」


 巨人の腕が、再び空間を撫でた。

 無駄を極限まで削ぎ落とした、死を運ぶ最短距離。

 かつての俺が、生き残るためにこれ以上はないと信じ切った「効率」の壁。


 サダオミは、その絶望的な神速を前にして、不意に笑った。


「……ははっ。無茶苦茶だよ、本当に」


 脳裏に響くのは、かつての師の言葉。


『む? 敵とは常に一対一だろう。刹那に潜り込めぬほど、俺の剣は遅くない』


 理想を捨てず、不殺を貫き、それでいて白のシステムすら置き去りにするあの速度。

 効率を突き詰めて思考を止めるのではなく、理想を抱えたまま、それを上回る速度で動けばいい。

 言葉にすれば子供の理屈。けれど、あの師匠はそれを実践してみせた。


「……ここに辿り着いたのが、師匠と再会した後で良かったよ」


 サダオミの瞳から、迷いが消える。

 不器用な思考のパスが、今、カチリと音を立てて繋がった。


 できない、ではない。

 やってしまえば、それは「できること」になるのだ。


「悪いな、白の俺。――お前が削ったその『無駄』の中に、俺の師匠は立ってたよ」


 巨人が踏み込む。

 だが、サダオミの動きはそれをさらに上回った。

 最短距離を計算する白を、計算の及ばない「意志の純度」で踏み越える。


 刹那。


 空間が、今度こそ本当に爆ぜた。

 白の抜刀よりも早く、サダオミの「飛鳥」が純白の装甲を捉える。


 ガギィィィン、と。

 

 飛鳥の刃が、巨人の胸部――かつてサダオミ自身が閉じこもっていた、中枢の装甲を捉えた。

 衝撃が走り、無機質で滑らかだった純白の表面に、無数の亀裂が走る。


「…………っ」


 次の瞬間、強固な「臆病」の象徴だった装甲が、耐えきれずに弾け飛んだ。

 粉々に砕け、飛散する白い破片。

 視界が白く染まり、その破片の奥から――


 中身が、露わになる。


 膝下まで伸びる金色の髪。ブルーダイヤのような瞳。

 あの川辺で、一人で星を見上げていた、傷だらけの「白の俺」。


 装甲を失った彼女は、立ち尽くしていた。

 手元には、もう大太刀はない。

 ただ、空っぽの手を微かに震わせている。


「…………」


 サダオミは飛鳥を鞘に収めた。

 ゆっくりと、一歩、歩み寄る。


「……もう、磨かなくていいよ」


 その言葉に、白の俺の肩が小さく揺れた。


 サダオミは手を伸ばす。


 誰の名前も聞かず、誰にも名を呼ばせぬまま、ただの装置として孤独に立ち続けていた「白の俺」を、今度こそ自分自身の中に迎え入れるために。


「……お前も、俺だ」


 弱くて。


 怖がりで。


 それでも。


 必死に生きた。


 生きてくれた。


 サダオミの手が、白の俺の肩に触れた。

 

 その瞬間、俯いていた彼女が、ゆっくりと顔を上げた。


 ブルーダイヤの瞳が、まっすぐサダオミを見上げる。

 

 そこには責めも、恨みもなく――。

 ただ、ようやくこの重い鎧を脱げたのだという、小さな、小さな安堵があった。


「…………」


 拒絶はない。

 触れた掌から温もりが伝わった瞬間、白の身体が淡く輝き、静かにサダオミの身体へと溶け込んでいく。


 それは消滅ではなく、欠けていたパズルが埋まるような、確かな充足感。

 かつての冷たさが、サダオミの胸の中で、静かな「覚悟」という熱に変わる。


「…………」


 一瞬、背後に「白の俺」が立っていたような気配がした。

 今度は、誰かを守るための「影」として。


 サダオミは、深く、長く、息を吐いた。

 「息のしやすい」呼吸が、ようやく肺を満たす。


 第三の門が、静かに光に溶けていく。

 サダオミはもう、前しか見ていなかった。

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