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神様機構―悠久なる歯車―  作者: 太郎ぽん太
第 4 部 風鈴 編
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第五十四話:理の再訪



 案内された部屋の空気は、石壁に吸い込まれるように冷えていた。


 新しく組み直された城壁が完璧な防風を果たしているはずなのに、肌を刺すようなこの感覚は、火の国が抱える理そのものの凍てつきだ。


 部屋の隅にある炉には火が灯っているけれど、それは生活を温めるための柔らかな赤ではない。


 ただ消えないように耐えているだけの、細くて、鋭い火の色だった。





 俺は火床の傍に腰を下ろし、爆ぜることもない静かな熱を見つめた。


 掌をかざしてみても、指先に届くのは頼りない温もりだけで、一歩下がればすぐにでもこの国の冷気が肌を刺しに来る。


 隣に座った鈴は、俺の羽織の裾を掴んだまま、じっと火を見つめていた。


「……刀座」


「ん?」


「ここ……本当に、まだ寒いんだね」


 彼女の言葉は、先ほど俺が口にした言葉をなぞるような、静かな確認だった。


「そうだね。でも、火は消えていないよ」


 俺は努めて軽く、けれど嘘にならない温度で返した。


 ちり、と鈴の音が鳴る。


 その音が消えるのを待っていたかのように、廊下の向こうから、重く、迷いのない足音が近づいてきた。


 扉が、無遠慮に開かれる。


 そこに立っていたのは、火の国の王、羅刹だった。


 羅刹は俺たちの正面にどっかと腰を下ろすと、冷徹な眼差しで俺を射抜いた。


 その肩に背負った重圧も、寄せられた眉間に刻まれた険しさも、相変わらず不機嫌そうな王のそれだ。


 けれど、俺の目には今の彼の姿が、いずれ角を削ぎ落とし、柔和な微笑みを浮かべるようになる未来の姿と重なって見えていた。


 今の彼が必死に守ろうとしているこの硬ささえも、あの日々に繋がっているのだと思えば、どこか懐かしく、愛おしいものに感じられた。


「……何者だ、お前は」


 羅刹の声は、低く、地を這うような重みを伴っていた。


「城壁でのあの真似……あれはもはや、人の業じゃない。俺の知る男に似てはいるが、今の貴様から受けるこの感覚は何だ。まるで、この世の理そのものが形を成して座っているような……」


 羅刹は腰の刀の鞘を、軋むほどに強く握りしめている。


 言葉の続きを飲み込み、彼はただ、目の前に座る理解不能な存在を真っ向から睨み据えた。


 俺は、微かに口角を上げた。


「以前はどうだったかな。あんまり器用な方じゃないのは、相変わらずなんだけどね」


 俺は自嘲気味にそう言ってから、真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。


「改めて名乗らせてよ。漢遼迩かんりょうじから来た、緒方刀座。……ただの散歩のついでに、約束を果たすために戻ってきたよ、羅刹」


 俺の言葉に、羅刹の眼光が鋭く跳ね上がった。


「……緒方刀座……。いや、待て。今、漢遼迩と言ったか?」


 尊迩栄そんじえいの王として、聞き流せる名ではない。


 覇権を争う不倶戴天の敵国の名を、あろうことかこの規格外の存在が口にしたのだ。


 俺は、隣に座る小さな背中にそっと手を添えた。


「そっ。それで、こっちが漢遼迩の姫。鈴だよ」


 名前を呼ばれた鈴が、背筋を伸ばし、羅刹の視線を真っ直ぐに受け止めた。


 ちり、と一度だけ清浄な音が響く。


 羅刹はわずかに目を見開き、凍りついたように沈黙した。


 以前より増した、その異様で、毒気すらある美貌。


 さらに敵国の王族まで引き連れて再び現れたこの麗人を、王としての理性が必死に噛み砕こうとしている。


「……ふん。漢遼迩の、姫か……。鼻につくその面も、連れてくる厄介ごとも、毒が強すぎるのは相変わらずというわけか」


 羅刹は吐き捨てるように言うと、ようやく刀の柄から手を離した。


 俺と、鈴と。


 そしてこの「耐え忍ぶ国」との、本当の意味での交渉が始まろうとしていた。

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